そういえば、あれは何処に――
少し先の方が騒がしいと思ったら、この街を抜けたところにある街道で崖崩れがあったらしい。
「あー、しばらく雨が降り続いていたからねえ」
近くの露天商のおじさんが言う。
「そういえば、カビ臭いような土の匂いがしますね」
そうフェリシアは言った。
それは大雨のあと、山の方からよく漂ってくる匂いだった。
晴れているのに変だな、と思っていたのだが、数日前まで、この辺りは、ずっと雨が降っていたのだと言う。
「いろいろやってみてるんだけど。
よく崩れるんだよねえ」
「山ごと爆破したらどうだ」
崩れた崖があるという山を見ながら、魔王が言う。
魔王様の力で爆破したら、山が丸ごとなくなって、いきなり平地になるのでは……。
「……山に住んでる鳥とか動物とか困るではないですか」
とフェリシアが言うと、
「そうですよ。
魔族も困りますよ」
とファルコが言う。
魔族も山に隠れ住んでいるのだろうか?
そういえば、魔王様たちもピザ屋の向こうの山に住んでたな。
山の中が好きなのか。
平地は人間がのさばってて鬱陶しいのか。
ガヤガヤと崩れた崖のところで、男たちが話している。
「だから、ここに木を植えようって言ったんだ」
そんなことを言う行商人のような格好をした細身の少年がいた。
「俺たちもよくここ通るから危なくて仕方ないんだよ。
ほら、この木を植えたら、すごい勢いで根を張って、崖崩れを防いでくれるんだ。
安くしとくから」
「困ってるときに商売すんなよ~」
と役人のような男が眉をひそめる。
崖崩れの様子を見に来ていたようだ。
「こっちだって仕事なんだからさ。
なあ、このタネ一粒で、結構根が広がるんだよ」
「一粒しかないじゃないか」
「こっちに実があとちょっとある」
「それにしたって、崖全体を覆うことはできんだろうが」
「この実、この辺りでは、なかなか手に入らないんだって。
また見つけたら持ってくるから」
実のついた枝を手に、彼が言っているのを眺めていたフェリシアは、ん? と思う。
熟れてないのでは? と問いたくなる感じの丸く青い実――。
「あれ、何処かで見ましたね」
「何処かで見たな」
とフェリシアと魔王は言い合う。
足元を駆け回っていたスライムの男の子がその実を見て走っていった。
「うわっ、なんだっ?」
と飛びつかれそうになった行商人の少年が叫ぶ。
「これが欲しいのか?
でも……
ああ、いるのタネだけだから、食べてもいいけど。
タネは返せよ。
こらっ、駆け回るなっ」
あの行商人の少年はスライムに周りをぐるぐる回られていた。
「そうだっ。
あれは、迷路の街で、おばあさんにもらった果実!」
フェリシアが叫ぶと、
「タネは何処にやった!」
と魔王が言う。
「この子があの街の門の外にまいてましたよ」
とフェリシアはスライムを手で示した。
門の外の砂にきっと埋もれている。
「……とってきましょうか」
そうフェリシアは言った。
「戻るのずいぶんかかるのでは……」
ファルコはそう言ったあとで、魔王に、
「すみませんが、魔王様、迷路の街まで飛べませんか?
魔王様だけでも」
と訊いていた。
ひとり、砂の中を漁ってタネを探す魔王を想像した。
それはそれで申し訳ないな。
「……いや、すまん。
今、飛ぶチカラはカラになっている」
と魔王は言う。




