魔王サマ、オカエリナサイマセ
「あっ、魔王様っ、お帰りなさいませっ」
花咲き乱れる森の中、いきなりドアが開いたみたいに、空間が開いて、屈強な獣人が現れた。
いや、今、何処から現れたんだ……とフェリシアが思ったとき、
また、違う空間が、パカッと開いて、ちっちゃいスライムみたいな魔物が現れた。
「魔王サマ、オカエリ ナサイマセ」
いや、なんで反対側を向いて、しゃべってるんですか。
ドアを開けたら、反対向きに出てしまった、みたいな感じだった。
近くで、ふたたび、パカっと空間が開く。
今度は、なんの言葉もなく、はっはっはっはっ、とただ息が荒い。
犬だった。
ちょっとバカ犬っぽい感じの素直そうな大きな犬だ。
尻尾を振ってやってくる。
荒い息を吐きながら、魔王に近づき、撫でられてそのまま機嫌良く、またさっきの場所に戻って消えた。
「……あの~、どうなってるんですか? ここは」
とフェリシアは魔王に訊いてみた。
そのあとも扉が開いては魔族が突然現れたのだが、みんな思い思いの方向を向いている。
「扉がどう繋がるかは、出てみるまで、わからんのだ」
と魔王が教えてくれる。
それで、みんな魔王様に背を向けてるんですか、と思ったとき、最初の獣人がフェリシアを見て言った。
「その方は、奥方様になられる方ですか?」
一番形が人間に近く、話が通じそうだと思ったが、ある意味、一番通じない。
女だったら、奥方とか、とフェリシアが思ったとき、
「いや、伝説の勇者だ」
と魔王が言った。
魔物たちがざわめく。
いやあの、伝説なのは剣であって、勇者ではないのでは?
まだ私、なにもしてませんしね、とフェリシアは思う。
「勇者が魔王様を倒しに来たのですかっ!?」
と慌てた獣人が訊いてくる。
「いや、ピザを食べに来たらしい。
人間の金はあるか」
「拾ったのがございます!」
「ちょっと一緒にピザを食べてこようと思う。
この勇者は森の入り口のピザ屋に来るついでに、私を退治しようとしたようだ」
「退治はしませんって。
魔王様おごりますよ」
あ、魔王様におごりますよは無礼だったかなと思ったが、魔王は、
「いやいや、勇者とはいえ、女。
私がおごるのが礼儀だろう」
と言う。
魔王、紳士だな。
魔王なのに……。
獣人が持ってきた泥のついたお金をみんなで泉で洗い、人間に変身できるものだけ連れて、ピザ屋に行った。
魔王はほぼ人間なので、服装を普通にしただけで違和感はなかった。
獣人はイケメンの騎士となり、スライムは可愛らしい男の子の従者になった。
彼らは隣のテーブルについたので、このテーブルは魔王とフェリシアの二人だけだ。
あの予言者? の言うとおり、ピザは絶品のもちもちだった。
ソースは甘酸っぱく、フルーティな香りがして、上に載っているしょっぱめの燻製の肉との相性が絶妙だ。
「それはなんだ」
魔王がピザを口もとに運ぶフェリシアの手首を見て言う。
「ああ、これは魔除けのジェットです」
光沢のある美しい黒い宝石のブレスレットだ。
ジェットは古来からある魔除けの石で。
長い年月海底にあった樹木の化石だ。
「私を除けたいのか……」
「……魔でしたね」
魔王は、なかなか見ないような美しい高貴な感じの顔をしているので、『魔』である、と言われも、いまいち、ピンと来ない。
「ところで、魔王様は何故、あの場所にいらしたんですか?
あそこは魔王の森から見たら、最果ての地では?」
「うむ。
実は、私は、神のお告げであそこに行ったのだ」
「……神のお告げで?」
魔王なのに……?
「そしたら勇者に出会ってしまったのだ。
あの神は、私を殺すつもりだったのだろうか?」
「……神様ですからね」
そう言いながら、もちもちのピザを食べる。