塔で寝ます
岩の塔の中の、ハト様のいない部屋をあてがわれ、フェリシアたちはそれぞれ眠りにつくことになった。
だが、しかし、窓も戸もない。
この辺りの防犯意識はどうなってるんだ、と思いはしたが、四角い穴の向こうに広がる夜空は美しい。
ベッドは硬い岩だったが、ベッドの上に敷いてもらった毛布のおかげで少し寝やすい。
……少し、ほんの少しだけど、とフェリシアは思う。
これでも、
「聖女様に」
とわざわざ一番ぶ厚い毛布を持ってきてくれたのだ。
感謝せねば。
っていうか、この国の人たちは硬いベッドに慣れてるみたいなんだけど。
よくこれで寝られるな。
すごいな……と思うフェリシアの目の前になにかが現れた。
眺めていた輝く星々の前に、ふわりと魔王が現れたのだ。
マントを翻し、空中に浮かぶ魔王を見ながらフェリシアは思う。
そうしてると、実に魔王っぽいな、と。
「入ってもいいか」
「いいですけど。
なんで、空中から来たんです?」
中の回廊を使えばいいじゃないですか、と言ったのだが。
「いや、お前の部屋が真下なのは知っていた。
それで、この窓のような穴から入ると早いな、と思ったんだが。
端に手をかけ、下を覗き込むと、とても怖かったので、空中に浮いて、ここに来た」
ふたつ、みっつばかり、言いたいことがある……。
高い位置にあるらしく、今、ここからは見えない月に照らし出された凛々しい魔王の顔を見ながら、フェリシアは思う。
下を見ると怖い人が、空中に浮くのは平気なんですか。
あと、空中に浮ける人は落ちても怖くないのでは……?
そんなフェリシアの前で、魔王は遠慮なのか、まだ宙に浮いたまま真面目な顔で言ってきた。
「お前の妹に言われてからずっと考えていた――。
魔王がお前を連れて歩くときには、お前を慰み者にしなければならないのだろう?
どうしたらいい?」
「……いや、どうもしなくていいです」
結構です、とフェリシアは断ったが、魔王が少し考え、
「私はお前を慰み者にしたいのかもしれぬ。
お前は美しい。
その心根も美しい」
と言い出すので動揺してしまった。
「け、結構ですっ。
どうぞ、お部屋に戻っておやすみくださいっ」
ここに入っていいのは、ハトだけですっ、と言って、枕元に置いていた伝説の勇者の剣と肉切りの剣を手に取る。
「そうか。
お前がそう言うのなら……」
魔王はまだ首をかしげながら戻っていった。
魔王のいなくなった四角い窓を見ながら、
なんだろう。
ここから下覗くより心臓に悪いな、とフェリシアは思う。
その晩は、二本の剣を抱いて寝た。




