禁じられし呪法
穴から覗く赤い目に、みな固まっていた。
「悲鳴を上げぬのか?」
「は?」
魔王に唐突にそう言われ、フェリシアは彼を振り返る。
「デカイ目が覗いているぞ。
本体は更に大きいだろう」
「そうですね。
先ほどの羽ばたきのような音はこのイキモノから聞こえてきてたんですかね?
どのくらいの大きさなんでしょう?
これが着地したのなら、周りの家に被害が出てないでしょうか?」
「……冷静だな。
お前が驚かぬと私が驚けないではないか」
「魔王様、驚いたんですか?」
とフェリシアは魔王を見る。
「……いきなり目が覗いてれば、誰だとて、驚くだろうよ」
「私も驚きましたよ」
とファルコに言われ、魔王は、俄然、勢い込んで言い出した。
「そうだっ。
驚くのが当然の反応だろうっ。
怖いとか、怖くないとかじゃなく、いきなり現れたのだからな。
だから、悲鳴を上げても悪くないと思うのだが、お前が上げないから、私が上げるわけにはいかないじゃないかっ」
魔王はそんな感じにフェリシアに文句を言ってきた。
「驚きすぎて、声も出なかったんですよ。
どうぞ、魔王様、驚いてください」
そう言いながら、フェリシアは、
……魔王も悲鳴を上げるのか、と思っていた。
あの目を見上げ、フェリシアは分析する。
「大きいし、羽ばたいてたし。
これ、もしかして、ドラゴンじゃないんですかね?」
「……別の大きな羽根のあるイキモノかもしれないぞ」
ドラゴン、嫌いなんですか?
と思いながら、フェリシアは言った。
「……羽根のあるイキモノ。
ハエとか蚊ですかね?
それか……、蜂?」
「そのどれが巨大化しても嫌ですねえ。
むしろ、ドラゴンの方がマシですよ」
といろいろ想像しているような顔をしながら言ったファルコだったが、スライムが落ちていた石を巨大な目に向かい、投げようとしているのに気づいて、
「やめなさいっ」
と慌てて止めていた。
そのとき、水晶玉がスライムのズボンのポケットで光った。
「地下にいても、通じるんですね」
と言いながら、フェリシアはそれを手に取る。
サミュエルが出た。
「フェリシア様、ドラゴンが西に向かって飛んでいったという目撃情報が次々集まってきてますが、大丈夫ですかっ」
「そのドラゴン、今、ここにいるわ、たぶん」
通信はかなりマシになっていた。
「あの金印、魔王の寝所の鍵だと言いましたよね?
その昔、魔王の寝所のひとつだと言われている繭の中に、カタリヤの王族が悪いドラゴンを閉じ込めたんです」
「ああ、そういえば、そんな伝説があったわね」
と言うフェリシアの後ろで、魔王は、
「……何故、勝手に私の寝所にそんなものを閉じ込めるのだ、人間」
と青くなっている。
「禁じられし呪法を使い、何者かがその封印を抉じ開けて、ドラゴンを解き放とうとしていると密偵から連絡があったらしいのです。
王はそれでドラゴンが寝ていて鍵が開いていることに気づかぬうちに、再び封印をしようとしたらしいのですが。
鍵をかける前に、ドラゴンが飛び出していってしまったらしくて」
……封印解かれてても気づかなかったのか、ドラゴン。
実は居心地がいいのだろうか。
まあ、魔王様の寝所というくらいだから、立派な場所なのだろうが。
「ドラゴンはおそらく、カタリヤの王族に深い恨みを抱いています。
自由になれたと知ったら、まず復讐に来るかと――」
「だったら、とりあえず、王宮を襲うんじゃないの?」
サミュエルの後ろに、襲わせたいのかっ、という顔をしたランベルトが映っていた。
「ええまあ、さっき、来たんですけど。
いにしえの王族の血を引く直系の者がいなかったので帰りました。
たぶん、匂いをたどって、フェリシア様の方に行ったんじゃないかと思いまして」
「来てるわねえ、たぶん……」
とフェリシアは今、まばたきした赤い目を見る。
「でも、ここから出なければ、とりあえず、大丈夫そう」
水路は狭く、ドラゴンは大きい。
この中には入って来られないだろう。
「それにしても、誰が封印を破ったのかしら?」
とフェリシアは首を傾げる。




