それって役職なんですか?
結局、魔王はこの一致団結した雰囲気に水を差したくなくて、転移できることは黙っていた。
フェリシア一行は、おばあさんに熱く見送られ、すぐ近くのヤンさんの家の前にたどり着く。
土鈴をカランコロン言わせながら。
なにかが来るはずの空をフェリシアは何度も振り返っていた。
「あ、開きましたよ」
とファルコが木の蓋を外してくれる。
中を覗き込むと、冷たい風が吹きつけてきた。
苔の町なので、水の気配はそこここから漂っているし、中は暗いのでよくわからないのだが、恐らく下に水路がある。
「灯り、借りてくればよかったですね」
とフェリシアが言ったとき、顔の真横で火が灯った。
魔王がその指先に火をともしている。
青白い炎だが、普通の火よりも、むしろ、周りがよく見えた。
「お忘れのようだが、私は魔王だ」
……そうでしたね。
このエセ大聖女と違って、ちゃんと魔法が使える魔王様でしたね。
魔王はフェリシアに、
「手を広げて上に向けろ」
と言う。
言われた通りにすると、魔王はフェリシアの手のひらにその火を移した。
すると、ぽうっと人魂のような大きさになる。
……いや、話に聞くだけで、人魂をリアルに見たことはないのだが。
「あ、ありがとうございます」
と礼を言いながら、
だが、これだと縁をつかんで下りられないぞ、と思ったフェリシアだったが、魔王はフェリシアを抱き上げた。
「降りるぞ、ついて来い」
とファルコたちを振り返る。
はっ、とファルコが返事をしたとき、もうスライムは飛び降りていた。
人間の男の子の姿だが、スライムらしく、ぽよよんっと着地したようだった。
フェリシアを抱いて、魔王も水路の脇にふわりと下りる。
続いてファルコが下りたのを見届け、魔王は上を見た。
指先をひょいと動かすと、それに合わせて木の蓋が動いて閉まる。
空からの光が消えた。
「すごいですっ、魔王様っ」
とフェリシアは思わず言ったあとで、
「あ、魔王様ですもんね」
と苦笑いする。
そんなフェリシアの顔を魔王は間近にじっと見つめていた。
ファルコが、
「そうしていると、お似合いですね。
フェリシア様、国へ戻られないのなら、魔王様の花嫁になられませんか?」
と笑って言ってくる。
「花嫁……?」
と訊き返すフェリシアの横で、魔王は、
「……花嫁。
なにをする役職だったかな」
と呟いている。
……役職。
「魔王様の子を産む役職です」
と言うファルコに、
役職なんだ……?
と思う。
「いや、私たちは勝手に何処からか産まれてくるから、そういうのは別にいいだろう」
……魔物、勝手に増えるのか。
そういえば、ファルコが、いつか、気がついたら、いた、って言ってたな。
我思う。
ゆえに我あり。
そこにあると思った瞬間、存在したのだろうか?
「あのー、そもそも、私はトレラントの王の花嫁なので」
「そうか。
そうだったな」
と魔王は言ったあとで、
「花嫁とは王妃のことか。
お前を花嫁として迎えるのなら、トレラントの王のように後宮を作らねばならぬのか。
そうだ。
お前は後宮に入りたかったんだったな」
作ろうか、と言い出す。
「……いえ、別に後宮に入りたいわけじゃなかったんですけど」
昔、川だったという水路のほとりに立ち、ファルコは上を見上げていた。
閉まった木の蓋の向こうを窺うようにして言う。
「……ところでなにが飛来するんですかね?」




