はたらく魔王
「さあさあ、できましたよ。
召しあがれ」
おばあさんがパイを焼いてくれるというので、その間、フェリシアたちは、まだ採ってきたまま積んであったハーブや野菜を切り分けたり、枝から外したりして、労働していた。
「魔お……、アルバトロス様。
パイができたそうですよ。
――アルバトロス様」
……集中している。
魔王は魔王だからか、なかなか仕事の手際がよく――。
黙々とハーブを切り分け、束にしていく作業にハマっているようだった。
魔王はフェリシアの呼びかけに、ようやく正気に返って言う。
「はっ。
集中していたっ!」
「……そのようですね」
「楽しいな、このような作業というものも。
この世の憂さを忘れそうだ」
魔王なのに、この世の憂さがあるんですか?
そういう負の感情こそ、どんと来いなのでは?
と思いながら、フェリシアは、きちんと出たゴミを掃いている魔王を見る。
そのまま、玄関から外に掃き出していって、戻ってこられなくなり、裏から戻ってきていたが――。
「まあまあ。
巡礼の方に休んでいただくつもりが、こんなに働いていただいて」
「いや、大聖女フェリシアだけ休ませていただけたら、我々は疲れは感じないので」
と魔王は言う。
そんな立派な言葉に、おばあさんは魔王を拝みはじめた。
とんだ邪教の信徒になってしまいますよ、と思いながらも、フェリシアも魔王の言葉に感謝して彼を拝む。
熱いからとファルコがおばあさんの代わりに運んできたパイをこれまたファルコが切り分ける。
どう見ても、フェリシアよりファルコの方が几帳面だったのでお願いしたのだ。
きちんと切り分けられたパイの断面からは甘く煮られているらしい透けるような黄色のなにかが覗いている。
果実にしては、細長いな、とフェリシアは思った。
「さあさ、食べてみて。
あまり甘くないから、殿方にも好評なのよ」
いただきます、とフェリシアたちは、ハーブティーで喉を潤してから、パイに齧り付く。
フォークは木製のものしかないらしく、サクサクのパイは崩れてしまうから、手で持って、齧った方がよいとおばあさんに言われたのだ。
「美味しいっ。
ちょっと酸っぱいところに、ピリリとした香辛料がよく効いてて」
とフェリシアが喜ぶと、
「その香辛料は近くの森で採れるの。
中に入っているのは、この植物を煮たものよ」
とおばあさんは太い茎で葉っぱが赤っぽく、ひょろんと長い植物を出してきた。
「おお、それは。
川辺によく生えているやつですね。
食べられるのですか」
とファルコが問う。
「皮をむいたら、そのまま生で食べられるけど。
ただ、酸っぱいだけなの。
でも、こうしてはちみつと香辛料で煮て、パイの中に入れたり、ジャムにしてパンにつけたりすると美味しいのよ。
道沿いにたくさん生えてるから、いつでも手に入るしねえ」
窓の外を見ると、なるほど、石畳の周りにそれと同じ植物がところどころ生えている。
「サクサクで美味しいです」
とフェリシアが言ったとき、スライムの男の子がピクンと震えた。
あの水晶玉を出してくる。
水晶玉が熱を持ち、光りはじめた。
「フェリシア様ーっ」
と震える水晶玉から声がする。
……この声は。




