苔玉の町
その頃、フェリシアに感化され、もともとゆるい感じだったのが、さらにゆるくなった魔王たちは新しい町に着いていた。
「すごい水っぽい町ですね」
とファルコが言う。
「……他に言いようはないの?」
と苦笑いして、フェリシアは言ったが、確かにその表現が正しい気もしていた。
かろうじて水のない石畳の細い道が蛇行しながら続いている。
その周りはすべて緑の苔だった。
ふかふかしていて気持ちよさそうだが、その上に足を置くと、じわりと染み出してきた水が靴を濡らす。
フェリシアは空を見上げた。
「すごいいい天気なのに、何処から湧いてくるのかしら、この水」
道の周りには丸い苔玉みたいな家がたくさんあって、入り口には発光するキノコが昼間でも灯りを灯している。
「可愛い町ね」
苔玉の家にはそれぞれ意匠を凝らした窓がある。
「何処か休めるところはありますかね?
我々は休まなくてもいいのですが、フェリシア様はお疲れですよね」
とファルコが言う。
「旅のお方」
と腰が曲がった老婆が声をかけてきた。
「うちでおやすみください。
神殿に行かれるのでしょう?」
……神殿?
とスライムを除く三人は小首を傾げたが、そういえば、高台に苔玉の親分みたいな建物がある。
「あれかな」
と魔王がそちらを見上げ、呟いた。
老婆は恭しくフェリシアたちを拝みながら、
「神殿に参られる人をおもてなしすると、ご利益があると言われているのです。
鈴はお持ちですか?」
と訊いてくる。
「鈴?」
とフェリシアが訊き返すと、老婆は家の中から土鈴を持ってきた。
神殿の管轄地の土で作り、焼いたものなのだと言う。
「この鈴は参拝者の証。
神殿が配っています。
これを持っていると、みんなにもてなされますよ」
神殿にはこれを戻す場所があるのだと聞き、フェリシアたちはその鈴をひとつもらう。
振ると、カラン、コロン、と澄んだ音がした。
「ささ、どうぞ、お入りください」
と老婆に苔玉の家に招かれたが、フェリシアは迷う。
「我々は参拝者ではないのですが……」
魔王は、
「まあ、良いではないか。
ちゃんと神殿に参って、これを置き、この老婆の幸せと我々の旅の安全を祈ればいいのだろう」
と言う。
「……魔お……アルバトロス様がいいのなら、それでいいのですが」
神に祈っていいのですか、魔王が、とフェリシアは思っていたが。
魔王ゆえに、心が広いのか。
特に気にしている風でもなかった。
ファルコが、ちょっと笑い、こそっと教えてくれる。
「アルバトロス様は、フェリシア様を休憩させてさしあげたいのでは?」
と。
そういえば、私以外疲れないのだと言っていたな、とフェリシアは思い出す。
「ありがとう、ご婦人」
そう魔王が礼を言うと、老婆は、
「まあまあ、こんな麗しい殿方にそんなことを言ってもらえるなんて。
長生きした甲斐があったってもんですよ」
と言って、ちょっと赤くなり、ほほほ、と笑った。
だが、魔王は家の入り口で止まる。
「むっ。
何故だっ、入れぬではないかっ」




