所詮、呑気な国の住人
結局、誰が悪のフリをするのかは決まらなかった。
「あとでゲームで決めよう」
と僧侶たちは呑気なことを言っている。
……ほんとうに困っているのか。
所詮、呑気な国の住人だな、とフェリシアは思う。
「ああそうだ、大聖女さま。
街を歩くときなどはお気をつけください。
向こうの間者があちこちに潜んでいるようなので」
「ともかく、狡猾な奴らで、なかなか発見できないのです」
と僧侶たちが話している後ろの扉から獣人が入ってきた。
「一人でも捕まえられれば、芋蔓式に見つけられるかもしれないのですが」
獣人は両の腕に気を失った男を二人抱えていた。
それらを肩に引っ掛けていたロープで円柱の柱に縛り付けている。
「敵にこちらの動きが筒抜けなのは確かなのですが。
今までその姿を捉えたものは誰もいなくて」
獣人は近くにいた使用人を呼びつけると、ガッと腹を殴って昏倒させる。
「まあ、城の中にまで間者はいないと思いますので、ご安心を」
そう笑う僧侶の後ろで、獣人は今、昏倒させた男を別の柱に括り付けていた。
「……そうですね」
とフェリシアは答える。
「ところで、誰が悪のフリをしましょうか」
「お前がいいよ。
お前、悪どい顔してるから」
「そういうお前こそ、昔、私の宿題をとって、自分のだって師匠に見せたじゃないかっ」
狭い国の中で幼なじみらしい僧侶たちが揉めている間に、後ろで事件は解決していた。
あっさり事件が解決したことに僧侶たちは感激し、フェリシアたちの功績を讃えた碑を作ると言い出した。
……いや、私はただ美味しいもの食べてただけで、なにもしてないんですけど、とフェリシアが思ったとき、僧侶たちが微笑み言った。
「騎士さまたちのお名前もぜひ。
碑に刻みたいのです」
「名前……」
獣人は止まる。
「私に名前などありません。
私はただの騎士です」
獣人はありのままを言った。
だが、みな、なんと尊いっ、奥ゆかしいっ。
さすが、大聖女さまの騎士っ、と獣人だけではなく、フェリシアまで一緒に持ち上げてくれる。
小声で獣人が言った。
「いや、ほんっとうに名前ないんですけどね。
人間と違って、我々はいきなりこの世に存在していて。
その場にいるチカラの強いものに従うだけなのです。
魔王さまには、おい、としか呼ばれませんし」
名前などありません、と言う獣人に、フェリシアは、
「じゃあ、お名前をおつけしませんと」
と言った。
「ほんとうですかっ?」
と思ったよりも獣人は喜ぶ。
「魔王さまがおつけになってはどうでしょう?
騎士さまのご主人さまなのですから」
「そうだな」
と言ったあとで、魔王は沈黙した。
「……そういえば、私にも名前はなかった」
いや、今、気づきますか……。




