悪役令嬢だと言われ、国を追い出されました
「妹の婚約者を狙う悪女めっ。
お前のような奴を悪役令嬢というのだろうっ。
可憐なウィリカの苦しみが少しでもわかるなら。
おとなしく、残忍で好色だと噂のトレラント国の王の元へ嫁ぐがよいっ」
……狙ってませんっ。
妹の誕生日が盛大に祝われている中、ついに、フェリシアは義理の父である王から城を追い出された。
そもそも、妹の婚約者、どれだろな。
気の多い妹、ウィリカの婚約者はしょっちゅう変わる。
そのたび、彼女は、
「今度こそ、運命の相手なのっ。
彼と結婚したいわっ」
と父に言うのだ。
いや、父と言っても、フェリシアからしてみれば、義理の父。
フェリシアの父はこの国の王で、母はその従妹だった。
王家の血を引く者同士の結婚。
だが、王であった父は死に、母は有力な貴族の息子と結婚させられた。
その有力な貴族の莫迦息子がこの今の父で、今の王だ。
母はそうそうに無実の罪を着せられ、最果ての地にある修道院へと追いやられた。
のちにめとった妻が今の王妃で、妹、ウィリカはその連れ子。
ウィリカが出ていけば、もともとの王の血筋の人間は、この城にはいなくなる。
もとより未練もないので、フェリシアは、あっさり残虐非道だという噂のあるトレラント王のもとへと嫁に行った。
「お前がフェリシアか。
何処も悪女には見えぬが」
噂とは違うな、と王の前に立つフェリシアは憂い顔のトレラントの王を見て思った。
彼は生真面目そうな美しい王様だった。
「フェリシア様」
鼻筋の通った堅実そうな若い宰相が前に進み出て言う。
「我が王は残虐非道で好色だという噂が広まっていると思いますが。
それは真実ではないのです。
なにせ、このように麗しいお方。
一目で恋に落ちる女性たちを次々断っていたら、誰も彼も跳ね除ける情のない男だと噂が立ってしまって。
その噂を他国に利用されているのです。
しかも、断っても断っても、近隣の国々から美女が送られてくる。
そして、それらの美女はすべてスパイなのです」
それはどうしようもないですね……。
「極悪非道な王のいる国だから、なにをしても許されると理由をつけ、近隣の国々は、この国に攻め入ろうとしています」
そう宰相は溜息をつく。
「フェリシア様。
我々は噂に苦しめられてきたからこそ、噂は信じません。
あなたが聡明なお方であることは、その瞳を見ればわかります。
――我が国は今、近隣の国だけではなく、魔王にも狙われているようなのです」
「フェリシアよ」
と王は通りの良い声で、フェリシアに呼びかけてきた。
「この危機を、お前となら乗り越えられる気がする」
「王様……」
噂と違い、良い方でよかった。
フェリシアは、ホッとする。
なんの期待も持たずにお嫁に来たけど、ここでなら、もしかしたら、ささやかでも、幸せに暮らしていけるかも。
……いや、ささやかって、城なんだが。
「さあ、お召替えを。
歓迎の宴が開かれますので」
にこやかな侍女たちに部屋に案内される。
「私たち、不安でしたの」
「フェリシア様でよかった。
なんだか恐ろしい感じの姫様が来るとうかがっていたので」
きゃっきゃと楽しく侍女たちと着替えをする。
王はこの国の布で作られた美しいドレスをいくつもあつらえてくれていた。
「そうだ。
みなさんにお土産を持ってきたんです」
フェリシアは侍女や騎士たちにも素敵な刺繍のハンカチや置物、ちょっとした宝石などを持ってきていた。
あの親が嫁入りの支度金など出してくれるわけもないので、それらも、フェリシアの個人的な資産から買ってきていた。
「ありがとうございます、フェリシア様っ」
「喜んでいただけて嬉しいわ」
「あら、これは……」
と可愛らしい侍女の一人がフェリシアの荷物から覗いているものに目を留めた。
白い剣の柄のようなものが覗いているのだが。
普通の白さではない。
太陽を浴び、妙に輝いている。
まるで伝説のオリハルコンのように――。
フェリシアはその見覚えのない剣の柄を握り、大きなトランクの中から引っ張り出した。
見事に輝くそれは、誰が見ても、伝説のナニカだった。
すっとフェリシアは剣を元に戻す。
――が、
「お待ちください」
ガッ、と騎士の一人に腕をつかまれた。