我らの戦闘に水を差すとは……
それから二週間後。ボッコボコの荒野の僻地に郵便屋さんが来た。マジご苦労さんだぜ。
届いた手紙は、第二王女こと姫さん宛。
「おお~い! 姫さんっ、姫さ~んっ!」
両手を振って大声で呼び掛けると、『ヒャッハー!』していた姫さんがこっちを振り向いた。そして、オーガキングやリザードマンの隊長に断って、こちらへ向かって来る。
「どうしましたか?」
のほほんとした口調で俺へ問い掛ける姫さん。
本っ当、アレだよなぁ。姫さん、闘ってるときと素のギャップがすごいわ。ま、姫さんの師匠譲りっちゃ師匠譲りでもあるけど。
「我らの戦闘に水を差すとは……」
と、鋭い視線を向けるのはオーガキング。
「やー、そろそろ休憩した方がいいんじゃね? アンタらはかなり頑丈だけどさ、姫さんはこれでも人間よ? ちゃんと食事と適度な休息が必要不可欠なワケよ。姫さんが身体壊したら責任取れんの? アリシアさんブチ切れちゃうよ?」
「っ! ……これが人間だと? 我らが主と殴り合いができる奴が本当に人間なのかは怪しいものだ。第一、姫にも疲れた様子は見えないが?」
一瞬の動揺を無かったことにして、オーガキングが鼻を鳴らす。
「え~? 知らないの~? これだから人外ってやつは、全く」
やれやれだぜ。
「人間はなー、食事と睡眠、適度な休息を怠ったり過度な苦痛に晒されると、その代わりに寿命が削られて減ってくんだぜ? 無理し続けるとガタが来て弱くもなるしよ。お前らが姫さんを労らないせいで、姫さんが早死にしたらどうすんだよ?」
ただでさえ姫さんは、苦痛に強いというのに・・・
「……致し方なし。休息を認めよう」
と、面白くなさそうに休憩の許可を出すオーガキング。
「どうもー。んじゃ、姫さん。飯食おうぜ」
「はい。お気遣いありがとうございます、ヴァーグさん」
姫さんが被っていた兜を脱ぐと、肩口で切り揃えられた白い髪と煌めく金色の瞳が現れた。相変わらず、『ヒャッハー!』中とのギャップが凄い。
「ははっ、用意したの俺じゃないけどなー」
「ふふっ」
「お前らも適当に休憩すればー?」
「そ、その、わたし達もご一緒しても宜しいでしょうか?」
と、もじもじと俺を伺うのはガタイのいいリザードマン……いや、リザードウーマンの隊長。
「おー、いいぜ。ま、人数増えると一人当たりの取り分が減るから、その辺りは適当に話し合ってくれ。あ、言っとくけど、俺らの分の飯は譲らねぇから」
「え? で、でも、リズリーさん達にはお世話になっていますし……」
「いえ、姫様。兵站は貴重ですからね。少量でも、分けて頂けることに感謝致します」
「あと、血塗れで食卓囲むの禁止なー? うちにはおっかねぇシスターがいるからなー。ばっちい格好で飯食おうとすると、即行で鉄拳制裁かまされんぜ」
けけけと笑うと、
「ハッ、その辺は重々弁えております!」
「わ、我は行かぬぞ!」
「あ、手洗わなきゃ、アリシアさんに叱られちゃう!」
おっかないシスターを思い出したのか、リザードウーマンの隊長ことリズリーさんとオーガキングの顔色が変わる。姫さんは楽しげな笑顔だ。
「おー、んじゃ、まずは汚れ落としてから行くか」
「はい!」
「ほい、クリーン」
と、洗浄の魔術を使って姫さんの全身鎧に付着した……土や雑草に加え、誰ぞの血飛沫や肉片だとかをまるっと浄化する。
「相変わらず便利ですね。ヴァーグ殿、わたしもお願いしても宜しいでしょうか?」
「おー、クリーン」
「我も」
「はいはい、クリーン」
リズリーさんとオーガキングの汚れも落としてやる。
「そんじゃ、行くか」
「はい!」
途中の湧き水で手を洗ってから向かったのは、火竜の棲み付いた火山内の洞窟。
俺らパーティーも、ここに棲み付いている。俺がめっちゃ魔術使って、そしてリズリーさん達が手伝ってくれて住居環境を整えた。普通の洞窟よりは断然暮らし易い。
「あら、お帰りなさい」
慈愛溢れる笑顔で出迎えてくれたのは、おっかないシスターことアリシアさん。
うん。こっちも相変わらず美人さんだ。そして、シンプルな修道服に隠れている……というか、隠せていないダイナマイツなボディを持つセクシーなシスターさんだ。
「ふふっ、今日はちゃんと手を洗って来たのね。偉いわ」
「はい! ヴァーグさんに注意されました」
「ヴァーグ君もお利口さんね」
「はは、どうもー。つか、腹減ったわー」
「ごはんは用意できてるわ。それじゃあ、皆さんで頂きましょう」
「はい!」
「おー」
「感謝します」
と、そそくさとアリシアさんから逃げ出したオーガキング以外の面々で食卓を囲む。
「では、召し上がれ」
太い声で料理を用意したのは、元々姫さんに付けられた護衛のおっさん。戦闘や護衛としての腕はいまいちだが、今じゃ俺らパーティーに欠かせないおさんどんだ。
護衛のおっさんと俺。そして、シスター・アリシア。この三人が、姫さんの火竜退治に当たって付けられたメンバーだ。普通に、一国の姫に付けられるような面子じゃないだろ、これ。許可した奴、絶対頭おかしいぜ。
侍女とか、お世話係も無しとかさ? ちょーヤバくね? 辛うじて、アリシアさんが女性だけど。それでも、パーティーメンバーだから、姫さんのお世話係じゃないし。
とは言え、この面子だからこうして、この火竜の棲み家と化した火山内の洞窟で一緒に暮らしてんだろうけど。
今日も今日とて美味しい食事を食べ、更にデザートまで食べ終えてから、
「あ、そだ。思い出した。ほい、これ姫さん宛の手紙な」
ぽんとテーブルの上に、先程郵便屋さんが命懸けで届けてくれた手紙を乗せる。
「これ、は……」
サッと姫さんの顔色が青ざめる。
「なんか、お城からの手紙だとよ。さすがに、郵便屋さんから手渡しされたら無視するワケにもいかねぇからさ。一応、見せとかなきゃって」
「そう、ですか……」
「姫、わたしが確認しても?」
「はい……」
おっさんの言葉に沈んだ顔で頷く姫さん。
「では、失礼します」
と、ペーパーナイフで手紙の封が切られ……
「ひっ、姫様っ!?」
おっさんが太い声を上げた。
「姫様には、このまま火竜の監視役を命じるとのことです! このまま、火竜がこの火山から出ないよう見張っていろ、と。そう書かれております!」
「ほ、本当ですかっ!?」
嬉しそうに頬を染め、涙を浮かべる姫さん。
「おー、よかったな? 姫さん」
「……はいっ!!」
「あらあら、どういう風の吹き回しでそんなことになったのかしら? ねぇ、ヴァーグ君」
読んでくださり、ありがとうございました。