89 極北の修道院にて
次に私とディディが目指したのは、極北の修道院だった。
そこは勇者パーティのソニアが一時的に収容された場所で、私が足を踏み入れるのも、その出来事以来だ。
今は鋭敏な修道院長によって、粛々と運営されていることだろう。
修道院の入り口まで転移すると、ディディは身震いした。
「寒いわっ」
雪がチラついて、吐く息は白い。
「ここは年中雪に閉ざされているからね。薄手のワンピースでは寒いわよ」
私はロウの収納の魔道具からコートを取り出して、ディディの背中にかける。
「はい」
「ありがとう……」
ディディはコートの袖に通すと、フードを目深に被る。
私も収納魔道具から防寒着を取り出して、手早く着替えた。
修道院の入り口で呼び鈴を鳴らすと、しばらくして扉が開き、若い修道女が現れる。
彼女を見た瞬間、私は懐かしさのあまり涙が出そうになった。
「ロザリーさま、お久しぶりでございます」
「ライザ! お久しぶりね!」
深々と頭を下げたのは、修道女見習いのライザだった。今はもう、見習いではなく修道女に昇格されているようで、正式な修道服を着用していた。
「ロザリーさまもお元気そうで」
「ありがとう。修道院長に会いたいんだけど、約束していなくても会えるかしら?」
「もちろんです。ご案内いたします」
ライザは私たちを先導して、修道院の中に入る。
廊下を歩きながら、私はライザに尋ねた。
「ライザは神官庁には行かず、ここに残ったのね」
「はい。修道院長の教えを学んでから、神官庁へ修行に出ても遅くない……と思いまして」
「それは良い判断だわ。必ず得るものがあるはずよ」
「はいっ」
尊敬する師を崇めるように、キラキラとした瞳で見つめられた。
そんなライザに案内されて、院長室の執務室へ通される。
「ロザリーさま、お久しぶりです」
執務室で出迎えたのは、以前と変わらず、眼鏡をきりりとかけ、髪を後ろに引っ詰めた修道院長だった。
「ミランダさま! お元気でしたか?」
私は彼女に歩み寄った。
「おかげさまで、元気にしております」
修道院長は目を細めると、私とディディを応接テーブルへ招いた。
「ロザリーさまがやってくるのを待っていました」
彼女は私たちが来るのを知っていたようだ。
そして、修道院長はディディのフードの奥をじっと凝視した。
「あなたは……」
ディディが戸惑いの顔を見せたので、私が代わりに応じる。
強気な彼女らしくないが、修道院長に緊張しているのだろうか。
「彼女は訳あって顔をお見せできませんが、私の大切な友人です」
「……そうですか。わかりました。では、本題に入りましょう」
修道院長は居住まいを正すと、私たちに向き合った。
「あなたたちが探しているのはこちらですね?」
修道院長が合図をすると、修道女の一人がハンカチに包まれたものをテーブルに載せて差し出した。
そして、慎重に包みが解かれ、中身が露わになった。
「これです!」
私の声が弾む。探していたロウの心のカケラがそこにあった。
突然、心のカケラが光を放ち、お約束とばかりに映像が写し出される。
『だって、ロウが嫉妬してくれたってことでしょう? 私だって、ロウの過去の女の話が出てきたら嫌な気分になるわ。彼と同じ気持ちだって分かったから、それ以上に嬉しいことはありません!』
私の映像の声がやけに反響する。
これって、もしかして、あの時の……。そう、地下牢に囚われたロウを助けに行った場面!
それに……魔王ネアちゃんの売り言葉に買い言葉で勢いづいて、ロウに公開告白してしまったシーンじゃないの!
この場は静まり返った。
「あ、あの……」
ライザが不安げに私を見つめてくる。
お、おおう。まさかこの場であのシーンを振り返ることになるとは……!
まさしく、公開処刑! ……沈黙が痛い。
私がいたたまれなさに緊張していると、無情にも映像の続きが流れた。
『おのれ、ネアちゃんめ……。俺がせっかく告白のシチュエーションを用意していたものを全部ぶち壊しやがって……』
ロウが悔しげな顔をしたところで映像は終わった。
「……私がロウさまを助けに行っていれば、私にもチャンスがあったってことかしら」
ディディはぽつりと呟いた。
「ディディ……」
私は思わず、ディディのフードの中を覗き込んだ。彼女は泣くのを我慢しているようだった。
「嫉妬、してるわよ。私はずっとロウさまのことが好きだったんだから」
ディディはコートの袖で、ごしごしと涙を拭う。
「でも、ロザリーがロウさまの事を大切に思ってるんだって分かって良かったわ。私はまだまだね」
「私は……」
「私の方がちょっと……いや、だいぶ前に出会っているのよ? だからすぐに追い抜くわよ」
そう言って笑うディディの笑顔には、どこか寂しさがあった。
「でも、ロウさまの事だから、今までもたくさんの女性とお付き合いした経験があると思うの。あなたは大丈夫なの?」
「う……」
私は思わず言葉に詰まった。
「……ないとは言えないわね」
「ほらね」とディディは肩をすくめたが、すぐに表情を改めた。
「でも、ロウさまはあなたを選んだのよ? そんなあなたなら、私は安心して応援できるわ」
あっけらかんとした口調に、私は少し救われた気がした。
「……ありがとう」
「でも、まだ諦めていないからね?」
ディディは悪戯っぽく笑った。
「望むところよ」
私は力強く頷く返事をしたのだった。
私たちは心のカケラを受け取ると、持っていたカケラと合わせた。ピタッと合わさり、一つの塊になるが、まだ窪みがあった。
「心のカケラはこれでほとんど集まったけれど、まだ足りないわね」
ディディがそう言って、私も頷く。
ライザが修道院の入り口まで見送ってくれたので、別れを告げた。
「これからどうする?」とディディが聞いてくる。
心当たりのある場所は探したから、闇雲に探すよりは、冷静になるべきだ。
「そうね……」と言いながら、私は既に考えていたことを話した。
「一度、妖精王のところへ戻りましょうか」
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