81 竜の村とお別れ
そして、竜の村を出発する当日。
村の入り口まで、村長とその息子のウリュ、そしてティエリ、さらには後ろから着いてきた村人たちが見送りに来てくれた。
隣を歩くティエリにそれとなく聞いたのは、隣町で蛮族の村と呼ばれていたことだった。
実際にこの村に来てみたら、英雄さまと歓迎されたことはもちろん、とても蛮族の村だとは思えなかったからだ。誤解があるまま帰りたくなかった。
竜の血が入っていて異様な見た目というのは、美男美女が多いことを揶揄しているだけだし、村の湖に棲む竜神が花嫁をさらっていくことはない。竜神さまに暴走されて誘拐されたけれど……。年ごろの村娘が外から来た旅人を誘惑する噂は、むしろ旅人が村の美女に惚れてしまうのではないか、と。
「蛮族の村……そう呼ばれていたんですね」
違っていたのなら、声を大にして怒ってもいいことだと思うけれど、ティエリは話をしっかりと受け止めてくれた。
前を歩く村長やウリュは話に割って入ろうとせず、説明はティエリに任せてくれようとしている。
「私たちが旅人を襲うことはありません。この村の結婚事情は、周囲の村の人とお見合いをして結婚することが多いんです。この村の男性に嫉妬するからそんな噂が立ったのかもしれません」
それまでは言葉の少なかったティエリだったけれど、このときばかりはキッパリと噂話を否定した。
「嫉妬から生まれた噂話だったのね。事実がちゃんとわかって良かったわ」
「英雄さまにわかっていただけて安心しました」
ティエリと目が合って、ニコリと笑ってくれた。
美人だから、笑うとさらに美しい。
私が男だったら惚れてしまうくらい可愛かった。
「あの……ご主人さま、あれっ!」
慌てた様子のリアが指を差す。空の方向だ。
遠くに見えるのは、二羽の鳥?
……高度を下げて、こっちに近づいてくる。
ロウも顔を上げて、ハッと目を見開いた。
「あれは――」
「鳥じゃないわ! 竜よ!」
竜といえば……。思い浮かんだのは湖に棲む竜神さまだ。白銀の髪をした美丈夫。
なぜ、竜がそこにいるの?
私の上げた声に反応して、村長たちも空を見上げる。
「りゅ、竜神さまだぁ!!!」
「うわぁ……初めて見た……!」
二体の竜は連なって、私たちのいるところを目がけて、翼を広げて下りてきた。
四足で着地すると、反動で砂埃舞う。
白銀の竜と、黒い竜だ。
全長は四メートルくらいあって、今は折り畳まれた翼もそれと同じくらい長さがあった。
村長やウリュ、ティエリは竜の存在に圧倒されて、動けないでいるようだ。
竜たちは竜魔法で姿を変えて、人間の姿になった。
それでも二メートルくらいはあるので、見上げる形になるんだけど……。
湖で会った竜神さまと、その隣にいる竜神さまは誰なんだろう。黒い長髪を背中に流していて、整った顔立ちに切れ長な目だ。こちらも美形で間違いない。
「ロザリーの姿が見えたから、立ち寄らせてもらいました。兄神に連れられて、出かける途中だったんです」
みんなが注目するなか、口を開いたのは竜神さま。
兄神さま。言われてみれば髪の色は違うけれど顔立ちは似ている。
「竜神さまに失礼がないように頭を下げるんだ!」
村長の声に、村人たちは腰を屈めて頭を下げた。
「貴方がロザリーか。そして、まばゆい力を感じるのがロウだな」
兄竜さまは私とロウを交互に見た。ロウの魔力の強さがわかるみたい。
そして、兄竜さまは頭を軽く下げた。それでも気位の高い竜が頭を下げるのはよほどのことだ。
「弟竜が、ロザリーに迷惑をかけたことをお詫びする。人間に危害を加えたことを重く受け止め、弟竜は降格処分になった。そしてしばらくの間、湖の竜の宮は私が担当することになった」
「わかりました。弟竜さまの暴走が二度と起こらないように、しっかりと教育お願いします」
願うのは、竜神さまの力の安定だ。心を乱されて暴走するなんてことがないように。
「弟竜には竜の里で修行し直させるので、安心してください」
兄神さまは私の目を見て言った。
その彼の隣にいる竜神さまが口を開く。
「みっともない姿を見せました。人間は結婚式までチャンスがあると聞きます。それまでに立派な竜神となって戻ってきます」
「……まだ諦めてなかったのか」
ロウは呆れ返った。軽く睨みながら続けて言う。
「往生際が悪い男は嫌われるぞ。弟にしか見えないって、ロザリーから言われただろう?」
この話を聞いていられなかったのか、兄神さまが「いい加減にしろ」と竜神さまを叱った。
それだけで竜神さまはしゅんと肩を落として黙った。兄神さまには頭が上がらないようだ。
「よく言い聞かせておく。精神の未熟さはすぐに鍛えられるわけではないが、弟は頑張ると言っているので、見守っていてほしい。では、足を止めさせて悪かった」
兄神さまがそう言うと、竜の姿に変えて、二体の竜は空高く消えていく。
ロウは空の明るさに目を細めて言った。
「まったく。最後まで人騒がせな竜神さまだったな」
「そうね……」
ロウの意見に同意だ。結婚式に乗り込んでくる……なんてことがあったら、とんでもないもの!
その後、村の入り口で最後のお別れの挨拶をして、私とロウは並んで歩き始めた。
転移の魔道具を使えばすぐに移動はできるけれど、まだ行き先は決まっていなかった。
歩きながら決めようと、霧を抜けて、運動がてらに緩やかな山道を登る。
「初っ端から、ハードな旅になってしまったわね」
「そうだな。今度は面倒ごとに巻き込まれないといいな。いや、俺が巻き込ませない」
「ありがとう。今回は竜に会いたいって私の希望を叶えてもらったから、次はロウの行きたいところにしようよ」
「俺は勇者パーティ時代にも各地を回ったから、次もロザリーの行きたいところにしよう。まだ、行きたいところがあるんだろう?」
そう言われて思い浮かんだのは、リアから聞いた、ロウの妖精王の娘を救ったというエピソードだった。
「ロウのルーツを巡る旅はどうかしら。リアから妖精王の娘を救ったって話を聞いたことがあるのよ。他にもロウの勇姿がたくさんあると思うの。それを私に教えてほしい」
題して、推しのロウの聖地巡礼。
うん、これは想像するだけでもきっと楽しいわ。
「そうか……それじゃあ、妖精王に挨拶に行くか」
ロウは観光にでも行くかのようにさらりと言った。
「うわぁ。妖精王に会いに行くんですね! お花の綺麗な場所なので、ぜひご主人さまに見てもらいたいです」
リアは瞳を輝かして、もう乗り気だ。
私はやる気に満ちて、顔を上げた。
「妖精王のいるところを目指して行きましょう」
「よし、決まりだ」
私の言葉を聞いたロウは、もう転移の魔道具を手に用意している。
さすが有能ヒーロー。仕事が早いことで。
私はふふっと口を綻ばせた。
(第三部 完)




