70 客人として
「ロザリーは私に叶えてほしい望みがありますか? 助けていただいたご恩をお返しさせてください」
竜神さまはそう言った。
望みを聞いてくれて、嬉しい。
私の望みは……竜の背中に乗って大空を飛ぶこと。
それを言葉にしようと口を開ける。
「ありがとうございます。……確かに、私には望みはあります。でも、少し考えさせてくれませんか?」
とっさに私の口から発せらせたのは保留の言葉だった。
もちろん、竜の背中には乗りたかった。
でも、それはロウと一緒にやりたかったことなのだ。その楽しさを共有したかった。
今は、すぐには答えが出せそうにない。
「いいですよ。ロザリーが望むなら、長居してもらっても構いません。ゆっくりと考えてください」
「ありがとうございます。でも、長居は……外で待っている人がいるので、やめておこうと思います」
「そうですか……」
竜神さまが残念そうに眉を寄せた。
……ん? 何か悪いことでも言ったかな?
客が長居すると迷惑じゃないかな。
……そうよ、きっと私の見間違いだ。
「ゆっくりしてもらった方が私は嬉しいです。ロザリーの長居は全然迷惑ではありません」
「……え? ええ?」
もしかして、私、無意識に口に出してた?
いいえ、それはないはず。
そうだとすると……?
竜神さまからかけられた言葉は、まるで私の心の中を読み取ったようだ。
「そうです。やろうと思えば心の中が覗けるんです。普段は意識して使わないですけれど」
話してもいないのに、会話が成り立ってしまう。不思議。
「そうですか? 竜の宮の住人は慣れているので、ロザリーの反応は新鮮ですね」
頭に思い浮かべただけなのに、それにすぐに返事が……!
ああ、竜神さまばかり話させてしまって申し訳なくなってきた。
「申し訳ない? そんなことは――」
「いいえ、気になります!」
この会話に終止符を打つべく、直感的にそのまま口に出した。
「わかりました。心を覗くのは終わりにしましょうか」
「そうしていただいて安心しました」
「……ああ、そうだ」
竜神さまが手のひらで私の頬に触れた。彼の手は冷たかった。
「口に合わないかもしれないですが、湖の食事を取れば呼吸も楽になるでしょう」
そう言って竜神さまが袖口から取り出したのは、一口大に切られた海藻だった。
「どうぞ」
「いただきます」
受け取ると思い切って口に入れる。息ができるのと一緒で、水中でも食事ができた。
磯の香りと塩味が口の中に広がる。
不味くはない。おかわりが食べられるくらいの味だ。
「それは良かったです」
「また心の中を読みましたよね?」
「すみません。反応が気になってしまって、つい」
竜神さまは弧を描く眉を下げながら謝っている。なのに、どこか楽しげだ。
「もう、どうして反応が気になるんですか?」
茶目っ気のある竜神さまに慣れてきて、軽口を叩いた。
そのとき――。
「どうしてロザリーの反応が気になるのかといえば……ロザリーさえ良ければ、私の妻に迎えたい」
「……竜神さまの妻ですか⁉︎」
「はい。ロザリーにこうして再び会えたのは運命にしか思えません。初めて会ったときから好きです」
「……ごめんなさい。私には決まった人がいるから」
強くそう言ったけれど、ロウのことを思い浮かべた瞬間、竜神さまには私の戸惑いを見抜かれていた。
心の中が覗けるから当然だよね。
「決まった人というのは、ロザリーに隠し事をしているのでは? そして、その隠し事に、苦しんでいるのでは?」
「それは……」
どうせ心の中を覗かれてしまう。悩みも全部話してしまえ!
面白くもないだろうロウとの恋愛話に、竜神さまは飽きもせず相槌を打ちながら聞いてくれた。
「そうですか。気持ちが通じ合っているはずなのに、過去の女性を秘密にされていると。……私に打ち明けてもらえるとは嬉しい限りです。ちなみに私には過去の女性はいませんが」
さらりと竜神さま自身の情報が。
初対面なのに、開き直って恋愛相談してしまったわ。
「ロウはいつか話すって言ってくれたけれど、それがいつなのか気になってしまうのよね……」
「ロザリーが望むならば、ロウの心の中を覗きましょうか?」
彼の赤い瞳が私をまっすぐに射抜いてきた。
竜神さまの叶えてくれる望みのことだ。
魅力的だけど、安易にロウの心の中を覗いてはいけない気がする。
手を出してはダメだ。
というか、心がぐらっと傾きかけた私が恥ずかしい。
「――それはやめておくわ」
「わかりました」
断った理由は聞かれなかった。




