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6)心

 イラーナのことは、考えないようにしていた。他の者たちのことも、頭から追い出していた。


 鉱山で日々働き、疲れ果てて一日が終わる。眼の前のことだけを考えるようにしていた。考えたところで、知る方法などないのだ。考えないようにしているうちに、忘れていた。思い出すことすら忘れていた。


 親の犯罪で子供が処刑されるのは可哀想だといった誰かは、ペドロだけでなく他のものたちのことも哀れんでくれたのだろうか。


「どうした。お前」

手が止まりがちなペドロに、鉱夫が声をかけた。

「最近へんだぞ」

「あぁ」

イラーナがどうしているか、他の者たちがどうしているか、ペドロに知る手段はない。考えても無駄なことが頭から離れなかった。


「さては、お前も惚れてたのか」

「違う」

「そっかぁ。お前もあいつらの仲間入りかと思ったが」

鉱夫が顎をしゃくった先では、元気がない鉱夫たちが、互いを慰めあっている。


 ペドロは彼らを馬鹿にすることができなかった。ペドロよりも、彼らのほうが人の心があるとしか、思えなかった。少なくとも、彼らは惚れた女性が他人のものとなったことを嘆いている。


 ペドロはイラーナが生死不明だというのに、忘れていた。イラーナが無事かどうかを知ろうとしなかった。おそらくは知っていたはずの人物に尋ねることすらしなかった。


 年に一度、鉱山にやってくる旅芸人の女に惚れた鉱夫は多い。女は鉱夫の一人と結婚した。毎年旅芸人たちが来るたびに、結婚を申し込み続けた男に、女がほだされたらしい。

「根負けしてあげるわ」

気の強い女らしい言葉だった。


「やっと正直になったな」

鉱夫たちの野太い歓声と祝福の声のなか、ペドロの耳に小さく聞こえたのは、一座を率いる男の声だった。


「あんた、私にあんたの借金払えっての」

最初の年、素気なく断られた男は女のために奮起した。借金を返し、借金を返した後も鉱山で働き続け、女のために金を貯めた。何度断られても諦めなかった男の快挙だ。


 あれから、元気のない鉱夫が数人いる。

「まぁ、女ひとりのために、一財産築いたんだ。ほだされっだろ」

「元気にしてっかな」

「さぁなぁ。あいつは元々は旅芸人じゃねぇからなぁ。なんか大工かなにかって言ってなかったか」

「こき使われてそうだな」

「そりゃお前、惚れた女にこき使われるなら本望なんじゃねぇの。借金取り相手よりゃ」

「そうだな」


 鉱夫たちはペドロへの関心をなくしたらしい。


 イラーナは無事なのだろうか。あの事件では、当時のパメラの派閥の貴族が処罰されている。同じ派閥の子弟とは、付き合いがあった。王族と貴族という身分の差はあったが、友人だった。彼ら彼女らは無事なのだろうか。


 ペドロが、最も罪深い両親の子であるというのに、こうして生きている。他の者たちはどうしているのだろうか。少なくとも、この鉱山で知った顔を見た覚えはない。



 イラーナは無事なのだろうか。


 答えを知っていたはずの人は、去ってしまった。訪ねようとすらしなかったペドロだ。教えてもらえるわけがない。


 考えないようにしていたことが、頭の中で木霊こだました。


 イラーナは無事なのだろうか。


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