5)視察
「私はお前を生かすことに反対だった」
つまり、アキレスはペドロを処刑するつもりだったということだ。物騒な告白にしては、あまりに淡白なアキレスの態度を、ペドロは理解できなかった。
鉱山では、毎日毎日同じことの繰り返しだ。ただ、年に一度だけ、鉱山に旅芸人がやってくる。毎年同じあの芝居だ。鉱山の暦は旅芸人たちの芝居で、一年を刻み、また同じ一年を繰り返す。
時が巡るだけの鉱山とは違い、王国では時が流れている。芝居の中では国王夫婦、王弟夫婦に子どもたちが生まれていた。ペドロは、鉱山に来てから何年経ったなど覚えていない。
何年ぶりかに見るアキレスの顔には何の表情もない。
「お前も含めた子供たちは何もしていないのに、親の愚かな行いのせいで処刑となる。政のために必要なことだとわかっていても、可哀想だと言った者がいたからだ」
何を甘いことをと、思ったが口になどできない。誰かのその甘さのお陰で、今ここにペドロがいる。
「子を巻き添えにするとわかっていたのに、親は罪を犯した。親の行いが故に、子は処刑される。であれば、子を殺すのは親だ。親は、子の命よりも己の策謀を優先した。それだけのことだが、罪を犯した逆賊の子が、それを理解するとは思えない」
アキレスの冷え切った声からは、何も読み取れない。アキレスとペドロと、護衛だけがいる部屋は恐ろしいほど静かだ。
「恩赦に感謝などしないだろう。助命した国王を親の敵と呪うだろう。本当の敵は、子の命を奪うのは、子を巻き添えにした親なのにな。自分たちが処刑される原因は、親にあるということを棚に上げるだろう。政の不安材料になるだけだから処刑すべきだと、私を含め、多くの者はそう思っている」
アキレスの頬に冷淡な笑みが刻まれる。
「今もだ」
では、アキレスはペドロを殺しにきたのだろうか。殺気のなさが逆に不気味だった。
「ライムンド王弟殿下が声を奪われたのはお前のせいだ」
久しぶりに聞く異母兄の名前だ。
「お前があの女、パメラに言ったそうだな。ライムンドが勉強しろというのがうるさいと。あの女なりにお前を愛していたのかもな。口うるさいから、ライムンドの声を奪ったと言っていた」
母の罪を、ここでまた聞くとは思っていなかった。
「お前の声を奪う話もあった。だが、ライムンド王弟殿下が不要だとおっしゃった。自分の声が戻るわけがない。無意味だ。もう過去のことだ。今は王国をどうするかに専念すべきだ。お前のことなどどうでもよい。ただ、異母弟であることは事実だから、まっとうに生きて欲しいとだけ思うとな」
アキレスが伝える異母兄の言葉に、ペドロの胸が苦しくなった。
「シルベストレ国王陛下と私は、お前を処刑すべきだと考えていたが。ライムンド王弟殿下のお考えを尊重することにした。だから、わざわざ皇国のハビエル皇弟殿下に一芝居うっていただいた。あのお方が、お前の処刑に反対し、生きて罪を贖わせることを強く望んでおられるとなれば、それに反対する貴族などいない」
ペドロの耳の底にこびりついていた老いた男の呪詛が蘇ってくる。
死ぬことなど許すか。死んだらしまいや。死んだぐらいで誰が許すか。生きて償え。
あれは、ペドロに恩赦を与えるための芝居だったのか。
「他の者のことは聞かないのだな」
去りぎわの、アキレスの言葉に愕然とした。ペドロがなにか言う前に、護衛が扉を閉めた。
結局お前は、お前のことしか考えていない。お前一人さえよければいいのか。
それを突きつけられた気がした。イラーナ。考えないようにしていた。あの日から、忘れるようにしていた。イラーナ。ただ愛しただけだ。厳しい辺境伯を父親にもち皇国の皇族出身の母親の美貌を受け継いだエスメラルダ、ぞの身を流れる高貴な血とそれ故の気高さがペドロは疎ましかった。
異母兄ライムンドの声を奪ったのは母パメラだと、アキレスは言っていたが。実際に手を下したのは別人だ。イラーナの派閥の男だ。考えないようにしていた。忘れるようにしていた。イラーナ。忘れられるはずなどなかったのに。




