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4)鉱山の娯楽

 鉱山に娯楽がやってきた。旅芸人の一座だ。

「女だ」

浮ついた声は、一座を警護する騎士たちの眼光でかき消された。


 旅芸人たちは、何もなかった広場に芝居の舞台を組み立てた。粗末な舞台の上で、夢物語が始まった。舞台の上は王宮だ。かつてペドロが暮らした場所の物語だ。ペドロが知らなかった、知ろうとしなかった出来事が再現されていく。


 王宮にのさばるのは、怠惰な国王と堕落した王妃とその間に生まれた不真面目な末王子だ。


 亡くなった先の王妃を母にもつ勤勉な兄王子たちは、幼い頃から忠臣達と一緒に国王の怠慢で揺らぐ国政を支えた。

「一緒に勉強しよう」

「剣の稽古をしよう」

末王子の将来を心配した兄王子たちが誘うが、末王子は耳を貸さない。堕落した王妃の囁く甘い言葉に従い、怠惰な日々を過ごすだけだ。


 思い出した。


 ペドロはずっと、二人だけで何かをしている異母兄たちに無視されていると思っていた。違う。ペドロが断ったからだ。ペドロが学ぼうとしなかったからだ。ペドロは罵詈雑言で異母兄たちを遠ざけた。ライムンドは悲しそうにしていた。シルベストレがライムンドを慰めていた。


 いつの頃からか、異母兄たちからは誘われなくなった。ペドロは口うるさく言われなくなり、清々していたけれど。あの頃にはもう、ペドロの終わりは始まっていたのかも知れない。


 舞台の上では、王国で過ぎ去った月日が流れていく。ペドロが知らなかった、知ろうとしていなかったことが次々と芝居で再現されていく。


 皇国に旅立った第一王子の一行が土砂崩れに巻き込まれ、行方不明となった。忠臣たちは急遽、第二王子を神殿に匿うことにした。亡くなった先の王妃の魂を弔い兄の無事を祈るためと公表された理由は嘘ではない。ただ第二王子が神官となった第一の理由ではなかった。

「兄上、アキレス兄さん、どうかご無事で」

俗世を離れた元第二王子、若い神官の祈りが、観客の涙を誘う。


「あぁ、これでやっと全てが私のものよ」

王妃の叫びが舞台に木霊し、観客の罵倒が答える。


 強欲な王妃と愚鈍な国王と転がり込んできた次期国王という地位に酔うだけの愚かな末王子。主なき王国が揺らいでいく。自ら瓦解しようとする王国を先王の忠臣達が支え、王国の崩壊に付け入ろうとする周辺国を辺境伯とその派閥が牽制する。


 神殿に匿われていた第二王子が消息不明となり、事態が一気に動き出す。


 皇国の庇護下で生き延びていた第一王子が王国に帰還し、暗愚な国王と残虐な王妃と怠惰な末王子を逆賊として処刑した。大地母神に導かれた旅芸人の娘に助け出された第二王子は、皇国にたどり着く。


 第一王子は辺境伯の娘と、第二王子は大地母神が引き合わせた旅芸人の娘と結婚し、大団円で物語が終わる。


 これが王国の歴史だ。旅芸人達は王国の歴史を知らしめるため、わざわざ鉱山までやってきたのだ。傭兵でなく、騎士が警護していたのはそのためだ。


「生きて苦しめ」

あの日のあのときの声が、また、ペドロの耳元で聞こえてきた。王国の歴史では、怠惰な末王子ペドロは処刑されたのだ。


 もしかしたらいつか誰かがここから助け出してくれるかもと、ペドロは心の何処かで願っていた。だが、王子という身分を奪われ処刑されたペドロが鉱山で生きているなど、誰が想像するだろうか。ペドロはここで、一人の鉱夫として誰にも顧みられずに終わるのだ。


 処刑されて終わらなかったペドロは、死者のまま生き続けるしか無い。

「行きて苦しめ」

あの呪詛の意味が今頃になってペドロに押し寄せてきた。


 ペドロ一人が悄然としたところで、何かが変わるわけでもない。大団円の芝居をみたからか、どこか穏やかで寛いだ雰囲気の鉱夫たちの会話が、ペドロの耳に勝手に飛び込んできた。


「王様も苦労したんだなぁ」

「あれだろ、ここの所有者がアキレス様になってからほら、小屋とかまともになったのそのせいだろ」

「そのせいって」

「ほら、今の王様、王子様だった頃に土砂崩れで、死ななかったけど、土砂降りの中、着の身着のまま、泥だらけで干し肉だけ齧って皇国まで旅して、死にそうになったって」

「あぁそう。前にほれ、同行していたアキレス様は、屋根と乾いた寝床の夢ばかり見たって」

「そうそれそれ。まともな食事がどうとか」

「なら飯もそれでか」

「じゃねぇのかなぁ。食えるもんになったからなぁ」

好意的な声が続いた後だ。


「干し肉あるだけいいだろ」

「干し肉と泥水だけあって、骨の髄までずぶ濡れで泥に埋もれて寝てたなんて、大げさだろ」

せせら笑う声に、戸惑うような雰囲気が広がる。


「大げさではない。私もその場にいた」

旅芸人たちを警護していた騎士の一人の声に、水を打ったように声が消えた。


「当時は殿下であらせられた陛下のお命が狙われていることは、わかっていた。街道など使えない。山の中、道なき道をひたすら歩いた。皇国にたどり着いたときには、物乞いのほうがましな風体ふうていだった。王国の第一王子の一行だと信じてもらえず、皇国への入国には苦労した」

かつてを懐かしむような声だった。


「んならどうやって皇国にはいったのさ」

どこからか聞こえてきた声に、ペドロは焦った。騎士は、罪人などが話しかけて良い相手ではない。

「アキレス様だ。辺境伯イサンドロ様と皇国の騎士姫カンデラリア様の御嫡男は、国境地帯では有名だ」

騎士は、無礼だと怒ることもなく、質問に答えていた。


「あの頃は、仲間と僅かな干し肉を分け合って食べた。おかげで未だに干し肉が苦手だ」

騎士は苦笑していた。


「干してない肉は? 」

またどこからか声が聞こえてきたが、ペドロは先程のようにはあせらなかった。

「焼いた肉は好物だな」

騎士の返答は、笑いの渦を巻き起こした。





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