2)終わり
異母兄シルベストレは、皇国から生きて帰ってきた。土砂崩れに巻き込まれ死体すら見つからず、行方不明あつかいだったが実質死んだとみなされていた異母兄だ。
長く伸ばされた艷やかな黒髪が縁取る異母兄の怜悧な美貌に、冬の空のような灰青の瞳の鋭さにペドロの心の臓は凍りついた。隣に立つ異母兄の親友アキレスの放つ殺気に、全てが終わると知った。
父プリニオと母パメラは、若い二人とともに立つ二人の男におびえていた。皇国皇帝の弟ハビエル大神官と、辺境伯イサンドロ、二人の威圧感に誰もが気圧されていた。
辺境伯イサンドロが淡々とあげつらう父プリニオの不作為と不貞に、やはりあの御方とは違うと、今も名君として名高い先王ルシオの名が囁かれた。項垂れる父に、優秀な異母兄たちに気後れしていたペドロ自身が重なった。
次々と明らかになっていく母パメラの罪状に茫然としつつも、どこかで冷静だった。母の数々の不貞にペドロを見る周囲の目が疑いに満ちたものになっていく。誰の胤だという囁きがそこかしこから聞こえた。ペドロもそれが誰かを知らない。疑いつつも、ペドロを見ようともしない父を父と思うしかなかった。
ペドロに微笑みかけることもなかった母親の両手は血塗れだった。子への愛のない母だ。母親が人の命を躊躇いなく奪う女であることにペドロは納得した。
父プリニオの子を孕み、王妃フロレンティナを殺し、自らが王妃となった母パメラは目的を果たした。目的を果たしたのは母パメラの父親だったのかも知れない。いずれにせよプリニオもペドロも用済みだった。それだけだ。
全てが終わった。
王妃を殺害し、正当な血筋の王子たちの殺害を企てた罪で、多くの者が身分も財産も奪われ処刑された。
「ほれ、ペドロ。飯だ」
ペドロの名前は今もペドロのままだ。だが、それ以外はなにもない。誰でもなくなり、子を残すこともできなくなったペドロは、鉱山でただ、死なずにいた。