1)朝
朝が来る。硬い寝台に横たえていた体を無理やり引き起こし、粗末な衣に身を包む。
「大地母神様のお恵みがありますように」
「あぁ。てめぇにもなぁ」
未だ寝台に身を横たえたままの鉱夫が、あくび混じりに答える。無礼なと、かつてなら怒鳴りつけていた。今は返事があるだけありがたい。
「おめえにも大地母神様もお恵みがありますように」
「お前にもな。それにしてもお前は早いなぁ」
「てめぇが遅いんだろ」
そこかしこで男たちの朝の挨拶がかわされる。
ペドロは最初の頃、誰にも挨拶をしなかった。誰からも挨拶をされなかった。お前は親か誰かに挨拶の一つも教わらなかったのかと言われ愕然とした。学もなく読み書きや計算も理解しない者たちが、憐れむような視線をペドロに向けていた。無学な鉱夫たちを内心嘲っていたのはペドロだというのに。その鉱夫たちに憐れまれるほど、ペドロはものを知らなかった。
この鉱山の鉱夫の多くは、家族のために金を稼いでいる。借金返済のために働く者も少なくない。一部がペドロのように脛に傷があるものだ。刑期が終わる日を数える者たちとペドロは距離をとっていた。ペドロには数えるあてがない。
鉱山の朝は早い。日の出とともに始まる。坑道に入ってしまえば、暗闇の中灯りを頼りに作業するから、日が登っていようが沈んでいようが関係ない。夜の間働いていた者たちと交代で坑道に降りる。毎日が同じ繰り返しだった。食事は一日2回、作業の始まりと終わりだ。皆、ここぞとばかりに食べた。坑内であっても飲水は潤沢にある。それは本当にありがたいことだった。水ごときで満たされる日がくるとは、想像もしていなかった。
いつも何かが満たされなかった。何かが空洞だった。周囲に八つ当たりをした。足掻いた。喚いた。逆らった。全てが空虚なままで、虚ろを抱えていたとき、終わりは突然やってきた。
唐突な終わりだったのに、混乱一つなく、全てが淡々と過ぎて終わった。着々と準備を進めていたのだろう。怒涛の変化だったはずなのに。定められた終わりに向かい、全ては静寂の中進んでいった。ペドロに残ったのは名前だけだった。
ペドロの手のなかには、なにも残らなかった。そもそも全てはペドロのものではなかった。満たされた生活でありながら空虚だったのはそのせいかもしれない。
己のものではないもので己が満たされるわけがない。誰でもない誰にもなれないペドロだけが残った。何のために、まだ生きているのかわからなかった。