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6.マーキュリー夫人の困惑①

 

 侍女頭であるマーキュリー夫人は日々多忙である。

 現在、このセルウェイ公爵家には女主人がいない。

 よって、本来は女主人がするはずの家政諸々の差配を彼女がしなければならないのだ。


 独身を謳歌しているヴィクター・セルウェイ公爵閣下にどうかと、国王陛下のお声がかりで押しつけられた娘はうつくしかったが、ただそれだけの下層の者。公爵家の正統な女主人になる器ではない。

 使用人たちの報告によると、あの小娘は使用人に接触を計っているらしい。だが小娘がなにを言い出しても無視をするよう通達している。

 いずれ諦めて自ら出ていくか、癇癪(ヒステリー)を起して危害を加えようとするか、厨房へ行って盗みを働くようになるかするだろう。

 危害を加えたり盗みを働くようになれば、捕まえて官憲へ突き出すことにしようと決めている。


 ご当主さまには、あんなどこの馬の骨か分からない者ではなく正式な伴侶を……と頭を悩ませていたのだが。


「マーキュリー夫人! たいへんです!」


 彼女の執務室にメイドが転がり込んできた。


()()お客さまが……っ!」


 血相を変えたメイドから話を聞けば、とんでもないことが判明した。

 マーキュリー夫人も慌てて席を立つと、問題の大ホールを目指す。


 歴史あるセルウェイ公爵家の広大な敷地内にある大ホール。

 かつて先代セルウェイ公爵が健在のころには、大規模な宴会や舞踏会が開かれ王都中の貴族が招待されることを願っていた。

 その誉れある場所を、()()小娘が占拠しているという。

 しかも、国王陛下がご来臨されたときに使われる特別な玉座に、厚かましくも腰かけているのだとか!


 夫人が駆けつけた場所。

 セルウェイ公爵家が誇る大ホールの奥には、王族専用の一段高い檀上がある。

 そこに鎮座した玉座に優美に足を組んで座る女性がひとり。


 黄金の髪と若草色の瞳をもつ美女。

 その姿はまるで女王のようである。


 そして、一段下のホールの大理石の床にはあちらにもこちらにも、跪いて手をつき頭を下げる多数の従僕やメイドたちの姿があった。


「これはいったい、どうしたことです!」


 マーキュリー夫人が驚きの声をあげながらホールに足を踏み入れる。


「あぁ! やっとちょっと権限のある人が来たね」


 女王然として座っていた美女――ミハエラ・ナスルが、嬉しそうに言う。


「あなたたち! なにをしているのですか! 立ちなさいっ!」


 夫人は床に跪き頭を下げ続ける侍従たちを叱咤した。

 このさまは、まるでミハエラ・ナスルに対し忠誠を誓う者どもの集まりのようではないか! 嘆かわしい!


「その人たちはね、今わたしに拘束されている人質なんだ。解放したくば公爵を呼べ」


「は?」


 ミハエラの流麗な声が発した内容に、マーキュリー夫人は虚をつかれた。


「彼らはもともとは、この大ホールの清掃をしていた人たちなんだけどね。いくら話しかけてもうんともすんとも言わない。

 まるでわたしをいない者として扱うんだ。誰に命じられてたのかねぇ?

 しかたないからこの座り心地の良さそうな椅子に座ったらね、今度はなんだか怒って文句を言い出してね。

 うるさいのなんのって。いっそのことわたしの姿を見れないようにすれば彼らも文句の言いようがないよねって思って、ひれ伏して貰ったんだ」


 ひとりの下女のそばに近寄ってみれば、彼女はブルブルと震えている。そして渾身の力を振り絞りやっとという体でマーキュリー夫人を見上げた下女は、目に涙を浮かべ息を切らしながら“動けません”と呟いた。


「これは……! おまえ、娼婦の分際で魔法が使えるのですかっ⁈」


 夫人は悲鳴のような声で問いかけた。

 だれにでも魔力はあるが、一般的には生活魔法がせいぜいで他者に影響を及ぼすような魔法を扱える人間は少ない。ましてや人の動きを拘束する魔法などマーキュリー夫人は初めて見た。


 “娼婦の分際”ねぇ……とミハエラは口の中で呟く。

 残念ながらわたしは()()()()()()()()()()んだけどな、と。


「言ったよね? わたし、今回のスタンピードで活躍して王さまに褒賞を貰ったって。そんな人間が攻撃魔法のひとつやふたつ、使えないわけないじゃん? そう思わないかな。うっかりした? それとも迂闊? 粗忽っていう? あるいはマヌケ?」


 ミハエラは歌うようにやわらかい声で応えた。


「早く公爵を呼んでくれないかなぁ。あぁ、騎士団の出動を要請してもいいよ。わたしを止められる人、いるかどうか知らないけど」


 なにか得体のしれない恐ろしいものを感じたマーキュリー夫人は、さきほど自分を呼びにきたメイドに筆頭執事のスチュワートを呼ぶようこっそりと命じた。


「どうしてこんなことをするのですっ!」


 メイドが走り去る後ろ姿を横目にミハエラへ抗議すると、彼女はキョトンとした瞳を向けた。


「どうしてって……まあ、おおもとは人の話を聞いてくれない公爵のせいなんだけど。つぎにマーキュリー夫人。あんたのせいかな? 主を見習ったのかなんか知らないけど、人の話を聞かないばかりかわたしの存在ごと無視を決めこんだね? 公爵家の使用人全員にそういう通達したんでしょ?

『ミハエラ・ナスルを無視しろ』って。この王さま専用の椅子? これに座ったら、やっと文句を言ってくれたけど。

 それまではだれもかれも、まあこの三日間、ものの見事にひとのこと空気扱いしてくれちゃって。公爵家が危機管理に疎いことを露呈させたからね。警告も兼ねて? かな」


「危機管理に、疎いですって?」


「うん。だってわたしを野放しにしてたじゃないか」



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