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10.遠からん者は音にも聞け

 

 目の覚めるような美女の口から零れた物騒なことばにヴィクターは瞠目した。


 彼女の言が正しいとして。


 たしかに有力貴族であるフィーニス辺境伯の名代として王都に来た者を冷遇したとなれば、セルウェイ公爵家の失態なのは間違いない。

 だが彼女は我がセルウェイ公爵家の花嫁として来たのだ。公爵家の流儀に従って貰わねばならない。

 それが戦争になると(うそぶ)くなぞ、大言壮語も甚だしい!

 しかもミハエラは女性で、たったひとりでここにいるではないか!

 ひとりの女性が援軍もなく、なにができるというのだ!


「戦争? バカなことを! きみは、なにを言っているんだ? それにきみひとりで戦争なぞできっこないじゃないか!」


 ヴィクターがそう叫んだとたん。

 ミハエラの纏う気配がガラリと変わった。


「ひとりでなにができるかと、問うのか?」


 若草色の瞳がよりいっそう冷たく光り、うつくしい唇が嗤いの形に歪み。

 黄金色の髪がぶわりと風に揺れた。

 これは風ではなく、彼女自身から溢れる闘気のせい――さきほど声に乗せたそれよりも大量の――なのだが武人ではないヴィクターには理解できない。


「よかろう! 魔戦場の戦乙女の筆頭、ミハエラ・ナスルの力の一端、とくとその目に焼きつけるがいい!」


 ミハエラが左腕を水平に伸ばし、手の平を床へ向けた。

 彼女の足元に翠色に光る魔法陣が出現すると、そこからゆっくりと巨大な長剣が姿を現した。その長さはミハエラの身長と同じくらい。ぶ厚く巨大な両刃の剣はミスリル合金で錬成された彼女の愛刀・魔剣レギンレイヴである。

 ミハエラはその柄をむんずと握ると、軽い木の枝を振るように左手だけで高く頭上に振り上げた。


 振り上げたときの風圧がヴィクターの頬をブウゥンとなぶる。


 ミハエラは流麗な声を張りあげた。


「やあやあ! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! わたしは戦場の戦乙女ミハエラ! そなたたちが望むのならば、いますぐにでも神の御許へ送ってやろうぞ!」


 ミハエラは頭上に掲げた巨大な長剣を真正面に振り下ろした。

 いっそ無造作に。

 だがその一振りが、轟音を伴い大ホールの大理石の床を真っ二つに割った!


 ミハエラの立っていた檀上から、大ホールの一番遠い入り口の扉まで。いや、扉すら真っ二つになって崩れ落ちた。


 轟音とそれに伴う爆風と砂埃を受け、ヴィクターは我が目を疑った。

 彼自身は彼の守護騎士が身を挺して庇ったので、斬撃から逃れることができた。騎士がいなかったら、彼も床と同様に真っ二つだったかもしれない。だが騎士とともに無様にも床に転がるはめになってしまった。


(いまのはなんだ⁈ たった剣を一振りしただけで、こんなことができるのか⁈)


 目の前には、まるで魔獣が通ったかと疑うように破壊された大理石の床。

 それを成し得たのが、檀上で巨大な長剣を肩に担いだ女王……いや、魔王のように禍々しい気を放ちながら嗤う美女だというのか。


「さあ! 我が魔剣。止められる者がいるならば止めてみせよ!」


 ミハエラの巨大な長剣は、今度はブゥウンという虫の羽音にも似た不快な音とともに真横に薙ぎ払われた!


 それと同時に、窓という窓のガラスが次々とすべて、耳障りな破裂音とともにあっという間に破壊されていった。

 大ホール内は阿鼻叫喚の坩堝(るつぼ)と化した。

 幸いなことに(?)この場で立ち上がっていた人間は誰もいなかったので、死傷者は出てない。


「この調子で公爵邸の建造物、ひとつ残らず瓦礫の山にしてやろうか?」


 楽しそうに嘲笑うミハエラの声が響く。

 彼女にとって、この程度の作業は造作もないことだ。

 むしろ、遊びでやっているくらいの。


(あの女は悪魔かっ?)


「公爵。だれかいないのか? わたしを止める者が! 誇り高きセルウェイ騎士団には、我が魔剣レギンレイヴの一閃に耐えうる者はいないというのか⁈」


 ミハエラがヴィクターに向かい挑発のことばを投げかけたとき。


「閣下っ! ご無事ですかっ!」


 セルウェイ公爵家の紋章を付けたセルウェイ騎士団のナイトリー団長が部下たち五名とともに駆けつけた。


「おまえたち遅いぞっ、遅すぎる! 私を護れっ‼」


 ヴィクターは駆けつけた騎士団の精鋭に向かって命じた。

 騎士団長ナイトリーを始めとする彼らは、残念ながら容貌が劣っている。常日頃ヴィクターの側近くに控える守護騎士ができるようなご面相ではない。

 だが実力は折り紙付きで申し分ない。

 今こそ、当主であるヴィクターを守り、自分たちの存在意義を知らしめるよい機会であろう!

 精鋭の騎士団員たちはヴィクターの前に盾のように並ぶと、ミハエラと対峙する。

 その先頭に、ナイトリー団長がずいぃっと立った。


 辺りは急にずっしりとした緊張感に包まれた。




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