クランチ
『緊急速報!』『緊急速報!』
『たった今入った情報によりますと、突如マイルストーン鉱山からブラックドラゴンと思しきモンスターがエスペランス学園に向けて飛翔しているとの情報が入りました!戦闘経験の有る職員・学生・クロコの皆さんは戦いに備えてください』
「一体何が起きているんだ?」
「せっかく世界が平和になったって言うのに」
「こんな時に勇者が居てくれたなら…」
「助けてくれ〜勇者様〜」
学園内ではドラゴン襲来のニュースにより大規模な混乱が生じていた…
そんな渦中の学園内でただ一人、No.291と名付けられたクロコの青年だけは違った…
青年は深く深呼吸すると、先ほどミニゲームで手に入れた『忘却のマント』は肩で羽織り、『冷魔の結晶』は袋ごと腰にぶら下げた。そして自分の頬を強めに2回程度叩いて、自分自身に気合いを入れていた…
「お前も早く逃げたほうがいいぞ!見た所、戦闘タイプのクロコじゃなさそうだし!ここは逃げる事が賢明だぞ」
青年がいる図書室の管理人である中年男性が、マントを羽織る青年に向けて妥当な一言を言い放つと足速にその場から逃げ出していった。
勢いよく図書室から逃げ出す中年男性とは反対に、この場に残ったクロコの青年は真剣な表情で『何か』を貪っていた。
『ボリボリボリ』
(見た目は柿の種だけど、食べてみると無味無臭だな…白いのが体力の種…青いのが素早さの種…ドラゴンがこの学園に到着する前にこの種を全部だべ終わらないと…)
青年はハムスターが好物のひまわりの種を頬張る様に、不思議な力を秘めた2種類の種を一気に口の中に頬張り、焦る気持ちを押し殺し、丁寧にその不思議な種を胃袋に流し込んだ。
ー 青年がゲームの世界に降臨してからと言うもの、全てシナリオが自分の死に直結していた…そして、他のキャラクターとの会話が不可能で、まさにこの世界には自分一人しか存在しないかのような孤独感を常に体感していた。
しかし、今は違う…裏技の影響により明らかに物語の自由度が開けていた。そう…己の選択肢に『進む』と言う選択肢が追加されたからであった。
『ごっくん』
青年は合計60個の体力・素早さの種を食べ終えた。青年は目を閉じ、自分のステータスを確認した。
(確かに、体力と素早の能力が30づつ上昇しているぞ…なるほど…これならきっと…)
その後青年は、自分が今から何をするべきなのか・何が最善なのかを自分のステータスを元に考えを纏めていた。
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場面は変わりエスペランス学園上空。ブラックドラゴンがその大きな羽を羽ばたかせたまま、空中で一時停止をしていた。
ドラゴンは大きく息を吸い、腹部へ膨大なエネルギーを生成し始めた…そして、ブラックドラゴンは腹部に生成されたエネルギーを腹部から喉、喉から口へ移動させる動きを見せた…
次の瞬間!ブラックドラゴンは、上空から地上にある学園目掛けて口に含んだ巨大な火球を放出させた!
『ドッカン!!』
火球はエスペランス学園ことエスペランス城のエントラスがあるフロアの壁に放たれた…
火球によりエスペランス城に大きな穴を形成し、ドラゴンはすぐさま上空から急降下をし、自身が作り上げたその大きな穴の中を通過しエスペランス城内部へと侵入して来たのであった…
「ドラゴンが城内に侵入してきたぞ〜」
『ドスン!ドスン!』
城内に侵入したドラゴンが自らの羽を器用に折りたたみ、一歩一歩学園の中心部に足を踏み入れて来た。
「ドラゴンめ!これ以上この神聖な学園に侵入させて堪るものか!」
鼻息を荒くしているドラゴンの前に30人ほどの学園教師や生徒、武器を持ったクロコ達が爆音がしたエントランスに集まってきた。
「ドラゴンよ!私達がお前をここから追い出してやるぞ!皆のもの!放て!」
リーダーらしき人物の掛け声と共にそれぞれが、自身の魔法や槍などの飛び道具を使いドラゴンへ一斉攻撃を放った。
『ドカン!ビッシ!』
『……』
クロコ達の攻撃はドラゴンの強靭な黒い鱗によりダメージを一切与える事が出来ずにいた…そんなドラゴンの凄まじい防御力に狼狽える学園関係者の嘆きがフロア全体に響き渡っていた…
『ウォーーン」『ヒュー!ドン!』
ドラゴンは自身への攻撃が止んだことを確認すると、すぐさま自身の得意技である咆哮を放ち、この場いる学園関係者を一斉に吹き飛ばし、30人全員を壁に衝突させて見せた。
その後ドラゴンは何の躊躇なく、エントランスに炎の息を吹きかけ城内を火の海に変えてしまった。
「熱い!これじゃ奴に近づけない」「一体どうしたらいんだ?」
ー 傍若無人に暴れるドラゴン…歪む壁…崩れ落ちるシャンデリア…火の海のエントランス…圧倒的な絶望を見せつけられた学園関係者は、一人また一人と戦意を喪失させられていた…そして、この場にいる全ての人間がエスペランス城の陥落を脳裏に過らせた…
とその時…
フード付きのマントを羽織った一人の青年が、火の海の中央で仁王立ちをしていた。
『!?!?』
「誰だアイツは?」
倒れ込む学園関係者が謎の青年の登場にザワついている中、ドラゴンは青年の存在を認識し、明らかな敵意を青年に向けた。
青年は敵意を向けるドラゴンに全く動揺する事なく、こちらから火の海で暴れ回るドラゴンへ向かって走り始めた。
「アイツ無謀だぞ」「死にたいのか?」
学園関係者の不安を他所に、青年は軽やかな動きで障害物を避けながらあっという間にドラゴンのテリトリーに侵入していた。
ドラゴンは自らの間合いに入って来た青年に対して自身の分厚い腕を大きく振りかぶった…
そんな中、青年はドラゴンよりも一歩先に行動を開始していた。
『シューー』
青年は意表を突き、ドラゴンの両脚の隙間目掛けてスライディングを行った。
スライディングを行った青年は、ドラゴンの攻撃を避けつつドラゴン背後を取る事に成功した。
青年はスライディングの勢いを残したまま、振り返る事なくそのままドラゴンが開けたエスペランス城の外へ繋がるの大きな穴へ一直線に走り抜けようとした…
青年が行った先読みの行動にドラゴンは困惑しつつも、直ちに姿勢を立て直すと、走り去ろうとする青年の背中へ得意の火球をお見舞いさせた。
『ボッム!』
『スン…』
なんとドラゴンの火球が青年の背中に衝突した瞬間…火球は一瞬のうちに消え去り、青年にダメージを与える事なく消滅してしまった。
『ニヤリ』
ドラゴンが放った火球をもろともせずに、青年は目の前にある障害物を華麗に飛び越え、場内に出来た大穴を颯爽と潜り抜ける事に成功した。
城の外へ初めて飛び出すことに成功した青年の一部始終を見ていた学園の教師が一人、青年が起こした奇跡の行動への見解を隣にいた生徒と議論を始めていた。
「もしかしてアイツが装備しているアイテムは、忘却のマント!?未だかつて、誰も手にすることが出来なかったこの学園の宝!それを何故アイツが!?」
驚きを隠せずにいた教師へ、一人の生徒が一つの疑問を投げ掛けた。
「先生!あのマントってどんなアイテムなんですか?」
「あのマントには全てのブレス攻撃を打ち消す効果があるんだ!」
「なるほど…だからアイツは火の海でも普通に立っていらたんですね?」
「それだけじゃ無い。ヤツはドラゴンの攻撃を予見していた!そして、ドラゴンの攻撃が自分に当たらない事を理解した上でドラゴンの眼の前でスライディングをしたんだ」
「凄いですね!まるで熟練戦士だ」
場面は変わり、城の外に存在する大庭園で歓喜する青年が、両手を空に突き上げ、自身の感情を爆発させていた。
「やったぞー!外に出れたぞ!やっぱりこの世界には外側が存在していたんだ…これが三度目の正直だ〜」
『!?』
青年は喜びの余韻に浸る間も無く、何かに気づき振り向いた。
『ドドドド!』
先程まで城内にいたドラゴンが逃げた青年を追いかけようと体をくねらせながら、がむしゃらに走ってきた。
「悪い!お前のこと忘れてたよ」
青年は外に出れた喜びで、強敵であるドラゴンの存在をすっかり忘れてしまっていた。
青年により手球に取られたドラゴンは鼻息を荒くし、たたんでいた翼を大きく広げ空中へ浮上した。
「そのままどっか他の場所へ飛んでってくれると嬉しいんだけど…そうは行かないよな〜?」
ドラゴンは上空で自身の両足に器用に畳んでいた鋭い爪を剥き出しにし、地上にいる青年目掛けて急降下してきた…
(やべ!外に出ることに夢中でその後の事何も考えて無かった この先の展開は全くの無知だから、どうなるか分からないけど…今はやるしか無い!自由を掴んだこの俺には、もう恐れる者なんか何も無いぞ)
「よし喰らえ!」
『ザーーーン』
『…ピッキ』
『…ピッキ』『…ピキピキ』『ツッルン!!』
次の瞬間!立ち尽くす青年の目の前には、鋭利な爪で今まさに青年に襲い掛からんと飛びかかって来た瞬間のブラックドラゴンが氷漬けになって地面に転がっていた…
「アイツやっぱり只者じゃないな?」
学園の教師が青年とドラゴンの戦いを見届けようと、城内から大庭園へ移動してきたいた。
青年の勇姿を目に焼き付けていた教師の後を追うように、先程も教師と一緒に青年について討論していた学生が教師の前に遅れて現れた。
遅れて来た生徒は、教師が目の当たりにした出来事の説明を教師に促してきた。
「いいだろう。我が学園に現れた新たな英雄の誕生を祝して、魔石についての特別授業を開いてあげよう……彼はドラゴンが突撃してくる瞬間に、カウンターで冷魔の魔石を奴の顔面に投げ付けたのだ!すると、一球目でドラゴンの前三分の一を氷漬けにし、二球目で中三分の二…三球目で全身が氷漬けにさせたのだ」
「なるほどですね!ちなみに冷魔の魔石って何でしたっけ?」
「…」
生徒の質問に対して、学園の教師は驚きの余り一瞬、体が固まってしまった。
「…いやお前!授業で習ったはずだけどな?」
「…」「そうでしたっけ?」
「…まあいい!この際だから丁寧に教えてあげよう! あの石の正体は、魔法の力が篭った石…通称…魔石だ!魔石は強い衝撃で砕け散る!そして、砕け散った事により魔石の中に収まっていた魔力が解放され、魔石の属性と同じ魔法が出現する」
「魔石にもグレードがあって、ヒビが入っている魔石はカケラと呼び低出力の魔法を発生させる。ゴツゴツしているのは結晶と呼び、中出力の魔法。丸くてツルツルしているのは宝玉と呼び、高出力の魔法と同じ効果が出せるのだ」
「そして彼が投げた魔石は氷属性なので、冷魔の魔石と呼ばれる種類に分類される!ちなみに解放された魔力の大きが中出力である事から、正式なアイテム名は冷魔の結晶となる」
「最後に氷魔法の特徴も教えてあげよう! 氷魔法は相手にダメージを与えるだけではなく、低確率で追加効果が発生する事がある!その追加効果は凍結という効果で、相手の残りHPに関係なく相手を機能停止させる事が出来るのだ…しかも敵はドラゴン族。ドラゴン族の弱点は氷で、弱点ボーナスにより2倍のダメージを与えられる! そして、凍結の確率も2倍に跳ね上がる」
「…」
「どうだい?思い出したかい?」
「…はい!全部思い出しました」
「…君!留年決定ね」
「そんな〜〜」
『バッタン』
戦いを終えた青年は緊張の糸が切れ、その場で腰を抜かしてしまった。
「…うまくいった!アドレナリンが出まくったお陰でビビる事なくイメージ通り動けだけど、もう同じことは出来ないな…ははは!」
戦い終え、その場で座り込んでいる青年の視線の先で、数名の教師・学生・クロコ達が何やら叫びながら同じジェスチャーをしていた。
「…アイツら何だってんだ?俺の苦労でも労っているのか?…何かを指差してる?」
「…ん?」
青年は聞き耳を立て、クロコ達の声に耳を澄ましてみた。
『…うし…』
「うし?」
『…うしろ…』
「後ろ?」
「…!?」
青年はすぐさま後ろを振り返ってみると…
『ピキピキピキ…」
氷漬けにとなって、機能停止している筈のブラックドラゴンの周りを取り囲む氷塊にヒビが入り始めた…
「…嘘だろ?…確実に機能停止した筈なのに? 逃げないと…ダメだ!!…もう体力も奴に対抗するアイテムも無い…」
『ビリビリビリ…」
ドラゴン動きを封じていた氷塊のヒビが次第に大きくなり、氷の塊が地面にボロボロと崩れ落ちてきたその時!!
『ウォーーン』
復活したブラックドラゴンが放った咆哮により、ドラゴンの動きを封じていた氷塊がドラゴンから全て剥がれ落ちてしまった。
怯える青年の前に、瞳の色を新たに真っ赤に染めたブラックドラゴンが、正気を取り戻し完全復活を遂げてしまった…
『グォーーン』
(…もうだめだ…打てる手は、もう全て使い果たした…俺…よくやったよ… 喧嘩なんか一回もした事ないこの俺が、ここまでよく戦ったよ…もう…終わりか………死にたくない)
「…」
(…やっぱり俺!死にたくない)
(例えここで俺が死んでも、またタイトル画面に戻るだけかも知れない! もう一度同じイベントを繰り返せばいい…けど…今死んだら大事な気持ちまで無くす事になる気がする…他のキャラと初めて喋れた事・初めてクリアしたミニゲーム!その全ての感動が当たり前になってしまうなんて、そんなの嫌だ!)
(…だから俺!死にたくない!!)
何度も死を繰り返すこのゲームをプレイする中で、改めて自分の死についての価値観を塗り替えた青年は、死の寸前で自分の本質を再確認した。
そして、とある願いを大声で叫び出した…
「誰か…誰か助けて下さい!俺はもう死にたいくない!」
青年の魂の叫び声がエスペランス学園に響き渡った…
「ダメだ!彼が殺される…死なないでくれ」
青年を見守る全ての学園関係者が青年の生存の願い・祈りを込めた時、青年に奇跡は起きた…
『ライトニングロード!!』
『ビリビリビリ…ドッカン!!」
突如、天空から雷のような発光現象が発生し、そのまま地上にいるドラゴンの真上に落下した。
正体不明の光の衝撃により、ドラゴンは真っ二つに引き裂から、黒焦げになり一瞬うちに消滅してしまった。
「…す…すごい!あの凶暴なドラゴンがたった一撃で」
尻餅をついている青年の前に、発光している一人の女性が現れた。
「よくこの学園を守ってくれたわね! 生徒代表としてお礼を言わせてもらうわね! ありがとう!」
「あなたは何者なんですか?」
青年は自分の命を助けてくれた見知らぬ女性に素性を尋ねてみた。
「挨拶がまだだったわね!許してちょうだい! 私の名前は、ジエル・インへリット! この学園のエースの一人!皆、私の事を勇者と呼んでいるわ!よろしくね」
ジエルと名乗る女性は、満面の笑みで倒れている青年に手を差し伸べてくれた。
ゴージャスなブロンズヘアーに巻き髪・吸い込まれそうな大きな目!そして、この世界で一番美しのではないかと思われるブラウンの瞳…
しかし…まだあどけなさが残る少女の瞳の奥には、不思議と芯の強さを彼女から感じ取れた。
青年は何の疑いもなく差し出されたジエルの手を握った…
すると、青年の脳裏のとある言葉が降り注いだ…青年は無性にその言葉をジエルに伝えたくなった…
「好きです!」
「…」
「え!?」
「……えーーーーー!?」
青年は初めてあった女性に告白をしてした…