アンチェイン
「…」
「やっとゲームオーバー…」
「これで現実世界に戻れる…」
……
………………
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蒼天…草原…石碑…
そして、空中を彷徨一つの人魂…
(…ここは何処だ?現実世界じゃない…よな)
(もしかして天国か?天国にしては現実的な風景だな)
(俺は一体どうなったんだ?皆目見当が付かない…)
(…もしかして俺、空中に浮いてる?いったい全体どうなってるんだ?)
ただただ空中を彷徨っていた人魂は、現実を受け止められずに混乱したのか、その場で意味不明な挙動を繰り返していた。
『クルクル…ピョンピョン…ジグザク…』
一通り動き回った人魂は我に返ったのか、一拍おいてから何かを考えている雰囲気を醸し出していた。
(…ふう…何とか落ち着いてきたぞ俺…とりあえずこの場所が何処か調べてみるか)
脳内の混乱が一旦落ち着いた人魂は、今いる場所・フアフアした自分を一旦受け入れて、謎が謎を呼ぶこの場所を調査することにした。
『スルスルスル……』
人魂は最初にいた場所から2分ほど直進してみると、謎の石碑に直面した。
「こんな所に石碑!?」
人魂は、何もない草原に存在するたったひとつの石碑をじっと眺めると、この石碑以外にもこの草原に何かが存在するのではないかと考え、石碑の場所を中心に他の場所へも調査を開始しようとした。
人魂は今いる場所から右に15度回転し、もう一度直進した。
しかし、同じく2分経過した頃にまた謎の石碑に直面した。
(もしかしてこれって…さっきのゲームの続きか?きっと、どんなに動いてもこの場所から離れることが出来ないみたいだな…また制限のある空間に引き込まれたか…)
人魂は身動きの取れない現実に、今いる世界が先程まで自分が経験していたゲームの世界の延長であると予測を立てた。その結果、目の前にある石碑以外に目新しい物や建物がない事から、まずは自分の目の前に存在する石碑を調べてみる事にした…
(…これからどうすかな?…とりあえず石碑を調べてみるか)
人魂がゆっくりと石碑に近づき、石碑に触れてみた…
次の瞬間…
草原外側が白く光り始め、その光が徐々に草原を侵食し、一瞬のうちに人魂と石碑と包み込んでしまった…
『ピッタ!』
「……………」
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『パッ!!』
二畳程の狭い部屋の中にあるオンボロのベッドの上に横たわる一人の青年が目を覚ました。
「この場所は…もしかしてゲームのスタート地点なのか?…やっぱりさっきの場所もこのゲームの一部だったのか?」
青年は自身に降り掛かった異様な現実を突きつけられ、唐突にベットから起き上がった。
そう…青年は偶然なのか必然なのか…もう一度『チェーン・ブラッド2』の世界に転送されてしまったのであった。
『ブルブルブル』
目覚めた青年に、すぐさま試練が訪れた…
それは、机の上においてある黒い端末に”あの”メッセージが受信されたのだ…
青年は恐る恐る黒い端末のメッセージを確認した…『図書館に行け』…青年は、みるみるうちに顔が青ざめていた。
「あの時と一緒だ…」
「これは新たなイベントか?それとも初期に戻されただけなのか?」
予想だにしなかった展開に、青年は一旦自身の頭の中を整理する事を試みた。
「もしこれが前回と一緒なら、最終的にはドラゴンに殺される運命なんだ。しかも外へ逃げる事もできずに…」
青年は恐怖のあまりその場から動く事ができなかった。
青年の体は覚えていた…ドラゴンの炎に焼かれて死ぬ時の痛みや苦しみを…一度、肉体が死んで魂になっても死ぬ寸前の痛みを心が記憶しまったからだ…
(結局死ぬ運命なら、俺はここを動かない…)
そう心に決めた青年であったが、青年の祈りは神には届かなかった…
『ギュイーーん』
無情にも青年の周りには”あの”忌まわしき青白い魔法陣が出現した。青白い魔法陣は青年を包み込むと暴れる青年をよそに、問答無用で学園の図書館へ強制転移させたのであった…
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『…』
「やっと来たな!今からお前は、このテーブルの上に無造作に置いてある本の数々を制限時間内に元の場所へと戻す作業を行うのだ!そして合計ポイントを500点中350点以上を取得するのだ」
「…いいか分かったか」
(まただ…またあのテンプレートだ!俺には、拒否する権利はないのか?このゲームは一体俺に何を求めているんだ…)
「では、初め!」
『…』
『……』
「制限時間終了!」
「得点は…0点」
『…』
「得点は…0点」
イベントが終了した図書館には、中年男性の声だけが虚しく響き渡っていた…一方の青年は下を向きその場から動こうとしなかった…
青年の意思とは反対に強制的に始まるイベント…何の成果も得られないまま時間だけが空しく過ぎ去る…
強制転移を繰り返す青年…気づいた頃には、大広間でブラックドラゴンと対峙していた…
一周目と同じ展開…同じ構成でストーリーは進む…やはり青年は下を向きその場から動こうとはしなかった…俯く青年…そんな青年に襲い掛かるドラゴン…
青年の思考や葛藤などを一切度外視したブラックドラゴンが、自身の火球を俯く青年へとぶつけた…
そして、青年は静かに消滅した…
プレイ時間:57分1秒 アンノーン:死亡
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…
蒼天…草原…石碑…そして、空中を彷徨う人魂…
「…」
「またここに戻された…きっと何度やっても結果は変わらない…なんで死ねないんだよ……なんで元の世界に戻れないんだよ…ふざけんなぁ…」
人魂は答えの出ない自問自答を1時間繰り返していた…
「何も楽しくない…楽しかった子供の頃に戻れると思って始めたこのゲームを始めたのに、今はそのゲームに俺は飲み込まれそうだ」
「あの頃に戻りたい…あの胸の高鳴りが止む事なかったあの時代に…」
人魂は心の中で目を瞑った。
…1…2…3…4…5…
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なぁ康二、人間が死んだらどうなると思う?
天国や地獄に行くんじゃないの?
それも正解だな。でもその前だよ。天国や地獄に行く前に人間は人魂になるんだ。そして、上か下・もしくは地上にのこるかを選択するんだ。何より無理して地上を離れる必要はないんだ。
難しくて分からないよ。
ごめんごめん。まだお前には早すぎたな。けど…覚えておくといいよ。人が本当の意味で死ぬ時は諦めた時だよ。だからやり残した事があるなら、それに逆らってもいいんだ。
最後の最後はお前がしたい方を選べばいい…
ー 1年前、俺が勤めていた会社は倒産した…半年前、俺は宅配のバイトを始めた…1週間前、俺は母親に呼び出されて実家に帰省していた…
母親が勤めていた会社を定年退職することになり、社会情勢も相まって実家を手放し故郷で農業をしながら、ゆったりと隠居生活を送るとの事だ。
その為、実家にある必要な荷物を取りに戻ってこいと言われた。
ー 無駄に広い子供部屋…地上波放送が映らないブラウン管テレビ…草臥れ、しみの付いた汚れた畳…無駄に分厚い学習デスク…机の引き出しを開ける俺、そこには分厚い謎の本が出来てた…
その謎の本の表紙には『メガヒットゲーム!裏技辞典』と書いてあるフォント文字が目を引いた。その本を手に取りパラパラと捲ると、この本が90年代後半のテレビゲームの裏技が一同に記してある非公式の攻略本である事に気が付いた。
俺は改めてこの攻略本をもう一度注視して見てみると、とあるページに一枚の紙が挟まっていた
『完全攻略を目指せ』…の文字。
ー 紙が挟まっていたページには、俺が当時小学生の頃に一番ハマっていたゲームの裏技がぎっしりと記載されていた…俺は隅から隅までそのページを読み込んだ。
俺は、気付いた頃には既に片付いているはずの押し入れの中を物色した。押し入れの中には『康二の物』と書かれた段ボールが出てきた。その段ボールの中には、テレビとゲーム機を繋ぐ3色ケーブル・コントローラー2台・黄ばんだ四角いゲーム機本体が俺に当時の記憶を思い出させてくれた…
しかし、俺がハマっていたゲームソフトとメモリーカードもダンボール…ましてや子供部屋から最後まで見つける事が出来なかった…
俺は、何故か見つからなかったゲームの攻略本だけを持ち帰っていた…
ー 3日前…たまたま見たネット記事に大好きだったチェーン・ブラッド2のVRバージョンが突如リリーした情報を目にした。ゲームをプレイするには、ネット環境・最新ゲーム機本体又はパソコン・そしてVRゴーグル。ソフトは必要なくダウンロードのみらしく、しかも無料だそうだ。
ー そしてあの日…ゲームをプレイする準備を全て整った。
ソフトをダウンロード…個人情報を入力…VRゴーグルを頭部に取り付け、いざコントローを握ると…そこには…
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『…………』
人魂は自身の心の目をゆっくり開き、周囲の草原を眺めた。
(ずいぶんクリアに過去の映像が思い浮かんだな…しかも一年前の記憶だけ…そういえばこの景色どっかで見たことあるな?)
(ん?…もしかして!!この広場って、このゲームの一番最初のタイトル画面なんじゃないか?…そうか!ゲーム内でゲームオーバーになると強制的にこの画面に連れて来られるのか?)
(…でも記憶にあるタイトル画面と少し違う気がするな?)
人魂は少し考え込むと、自分の知るこのゲームのタイトル画面と今の景色のとある違いを思い出した。
(俺が知るこの場所の景色は蒼天では無かったはず!…そして、あんな石碑も無かったはず…そうだ!この場所はずっと雨が降っていたんだ)
人魂は着実にこのゲーム特性を理解しつつあった。
(思い出せ!もう一度、何かの手がかりを思い出すんだ俺!)
人魂は集中するためにもう一度心の目を閉じた。
(何かヒントは無いのか?この状況を打破するためのヒントが)
『…』
『ピッカン』『EXスキル:魂の回廊レベル1を取得しました…』
(ん?何か聞こえたぞ?スキルが発動した?)
人魂は無意識に願いを込め、意識を集中させた。すると、またしても一年前の記憶がよりクリアに蘇った。
(…実家に帰省…机の引き出し…攻略本…)
『…!?』
(そうか!攻略本だ!…きっとこの本に俺に必要な情報が記載されているはずだ!)
人魂の記憶はチェーン・ブラッド2の攻略ページまで辿り着いた…
(そうだ!このページ!ここで止まれ!!)
人魂が映像の停止を脳内で願うと、攻略情報は載っているページで映像が一時停止した。
(よし!やったぞ!思い通りになったぞ!もしかしてこれがスキルの力か…?これなら何とかなるぞ)
人魂は攻略情報が載るページを最初から読み上げた。
1:強くてニューゲーム<赤文字>:タイトル画面の背景が蒼天になっている時に入力できる。L1・R1・セレクト同時押し。背景が夜空になったらAボタンで成功。
(…ちょっと待てよ!L1?R1?どうやるんだ?実際に自分の身体でやるとなるとボタン入力が謎すぎるぞ)
(○は行動?✖️はキャンセル?あと十字キーは分かりやすい方だな…一番難解なのはセレクトボタンだな。ほとんどのゲームでも使い道は無いしな…とりあえず今できる一番簡単なコマンドを探そう…)
2:最初から特別な場所に行ける<赤文字>………
(ダメだこれもセレクトボタンが必要だ)
3:ストーリー・アンロック<赤文字>:タイトル画面の背景が蒼天になっている時に入力できる。スタートボタンを押して30秒以内に右右上上上左左左下下下右右、もう一度スタートボタン。背景が夜空になったらAボタンで成功。
(ん?…これなら出来そうだ!スタートボタンの謎をクリアすれば何とかなるぞ)
(よし!まずはスタートボタンの謎を解こう)
(…スタートボタンって確かメニュー画面を出す時に出てくるイメージだな!あとは一時停止もそうなのか?よし!スタートボタンをイメージしてみよう)
(…時間が止まる…ステータスが見える…各種設定が出来る…イメージの世界…)
『!?!?』
『…』
(もしかして…)
何かを閃いた人魂は、自身の心の目をゆっくり閉じてみた…そして、そっと!閉じていた心の目を開いてみると…
『!?!?』
何と!人魂は石碑に目の前に移動していた!
(もしかして目を閉じる=スタートボタン?…きっとそうに違いない!よし!これなら何とか次に繋がったぞ)
(次は十字キーのコマンドだ)
人魂は先ほど暗記したコマンドをその場で実行してみた。
『てくてく……』
(…もしかして石碑の周りを一周したのか?…実際にやってみると、意味がありそうな行動を取っていたんだな…いかんいかん感心してる場合じゃない。時間制限があるんだった!)
人魂は早く気持ちをグッと堪え、一つ一つ丁寧に石碑の周りを一周してみせた。
(右右…左…下…右右)
『パッチ』
全ての行動を終えた人魂は、瞑っていた心の目をそっと開いてみると…次の瞬間…周りの風景が一気に夜に変わっていた。
(よし成功だ!!)
(…やっとここまで来たか!あとは、石碑を触るだけ……ん?)
人魂が目の前に存在する石碑にとある変化がなされている事に気付かされた。
(石碑に文字が浮かび上がっているぞ?…何だこの文字?この世界の文字か?)
「……」
(…よめ…読めるぞ!俺!この文字読める)
不思議な事に石碑に刻まれたその謎の文字は、人魂となった彼にも解読ができるような特殊な文字であった。
『彼の地でお前を待つ 汲々』
(何なんだこれは?)
次の瞬間!人魂がいる草原に突然の突風が吹いた!!
『ヒューーーーー』
(え?待て?まだ心の準備が…)
『ピッタ』
『………………………』
人魂は突然の突風に背中を押され、意図せずに石碑にタッチをしてしまった。
『……』
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二畳程の狭い部屋の中にあるオンボロのベッドの上に横たわる一人の青年が目を覚ました。
「…やっちまった…裏技の内容を読まずに石碑をタッチしてしまった…とほほ…」
「それより、本当に何か変わったのか?…まだそんな雰囲気は何もないけどな」
『…ブルブルブル』
「ふぅ〜早速だな」
青年はベットから起き上がると机の上に置いてある黒い端末を覗き込んだ
『図書館に来い』
「…やっぱり変わってないか」
3度目の同じ展開に青年の心は折れそうになった…そんな中。
『わー』『やー』
部屋の外から活気のある声が聞こえて来た。
青年は咄嗟に声が聞こえる部屋の外へと反射的に体が動いていた。
『バッタン』
「仕事めんどくせーな!いつまで奴らに虐げられなきゃいけないんだ」
自身の部屋の外にある廊下には複数人のクロコ達が日頃の愚痴を言い合い日々のストレスを発散し合っていた。
『グッスン!グッスン…』
青年はこの世界に来て初めて聞く正気の宿るセリフやクロコ達の声に感動して涙を流してしまっていた。
「やっったーー!! 本当に裏技が成功したんだ!」
通路で突然騒ぎ出した青年に対して、冷たい視線を送るクロコ達に対して、そんな冷たい視線を一切気にせず泣き出す青年がそこにはいた。
「何だあのバカは?ストレスで頭がおかしくなっちまったのか?」
『ゴシゴシ』
青年は直ぐに冷静さを取り戻し、涙と鼻水混じりの顔を自分の上着の袖で拭った。
「…ふぅ…一旦部屋に戻るか」
青年はその場で素早く深呼吸をすると状況整理を行う為に、一旦自分の部屋に戻ってみた。
『バッタン』
「…よかった…やっとまともに会話が出来そうな人間が現れて来てくれた!」
『プルプルプル…』
青年はあまりの嬉しさに小刻みに手が震えていた。
「そういえば、人型の状態でもスタートボタンって押せるのか?」
青年は先ほど覚えたテクニックの一つであるスタートボタンを人間状態で出来るか試してみたくなった。
そんな青年は、軽い気持ちで自身の瞳を閉じてみると…
『名前:291号 性別:男 年齢:17歳 職業:クロコ(奴隷)レベル:1/30 HP100 MP10…』
「…」
(何?…何だこれはーー?)
『シュン』
青年は自分のステータスの低さに一旦、自分の能力値を見るのをやめた。
(考えない様にしてたけど、やっぱり俺って主人公じゃなかったんだな…しかも、めちゃうちゃ弱くないか?)
「確かこのゲームのレベル上限は99でHPはマックス9999だったはずなのに!せっかく死からの無限ループは解除出来たのに、全然夢ないな…俺って一体…トホホ)
青年は、メニュー画面開いたまま自分の装備品やスキルを確認した。
(…装備品は上から下まで奴隷装備みたいだな!アビリティも無しっと…あれ?さっきタイトル画面で覚えたスキルはどうなってんの?)
(…もしかしてタイトル画面に戻らないと使えないのか?俺が唯一この世界で頼りになるのは、裏技だけだっていうのに)
(…だとしたら今出来る事で、これから襲ってくるドラゴン対策をしないとまた殺されて始めからやり直しになってしまうな…何か対策を練らないと…えーと?ドラゴンに有効な物…アイテム…)
「…」
(そうだ!今手に入るアイテムと言えば…図書館でのミニゲームの景品だ!…でもアレは何回も挑戦したけど、一回もクリア出来なかった…ん?…待てよ。俺、図書館のミニゲームの裏技知っている気がするな…)
(う〜ん…そもそも俺はこのゲームを一回クリアしてるはずだから、何かのきっかけで思い出す事は可能なはずだ!とりあえず、図書館に行ってみよう)
疑心暗鬼の青年は一旦黒い端末をポケットに入れ、1回目の人生で覚えた図書館へ移動方法を使用し、無事に図書館へ辿り着いた。
青年が図書館に入ると、お馴染みの中年男性が話しかけて来た。
「待っていたぞ291号!早速溜まっている仕事をこなして貰おうか?机に置いてある本を元の位置に戻すだけだ!しかも、制限時間内で尚且つ正確に本を元の位置に戻すことが出来たら良い物をやろう」
(裏技を使った後のコイツと喋ると、人間味のある喋り方になっていて逆に違和感あるな)
『…』
(ん?…やっぱりだ!分かるかも…ちょっと試してみるか!)
何かを閃いた青年は静かに男性の前に歩み寄った…
「よし!準備は出来たな?ヨーイ始め!」
中年男性の掛け声が図書館中に響き渡る中、一向に動こうとしない青年…
「おいお前!もう始まっているぞ!とっと作業をしないか?」
中年男性の注意に一斉耳を傾けない青年…
なぜか青年はその場で足踏みを始めた。
『トン・トン・トン…』
時間だけが過ぎる図書館でのイベントが、9分を経過した頃…青年が急に足踏みをやめ、時間を測っている中年男性に近づいていった…
「何だ?止めるのか?続けるのか?……?」
9分間、足踏みだけをして、黙っていた青年がやっと重い口を開いた…
「答えは三つ目だ!」
『!?!?』
「…」
「…わかった!制限時間を無くそう!だから、とっとと作業を終わらせろ」
男性の言葉に青年はニヤッと笑い40分ほどじっくり時間をかけ、任された作業を終わらせた。
「ふぅー!やっと終わった」
なれない肉体労働を終え、肩で息をする青年だった。そして、中年男性に作業終了を報告した。
「終わったぞ」
『……』
「…あぁ。確かに終わったな…では!得点を発表する…」
「得点は……」
「100点だ!!」
「よしっしゃー!初めてのクリア!しかも100点だ!」
青年はなんと、40分もの時間をかけた作業で最高得点の100点を叩き出したのであった。
「すごいじゃないか?この学園が開講して以来の初のハイスコアだよ!しかもクロコのお前が達成するなんてな」
男性が手を叩き青年を称賛すると、近くの小部屋へ入っていき。三つほどアイテム持って、青年の所へ戻って来た。
「これが今回の景品だ!持ってけ泥棒!……350点:体力の種30個!400点:素早さの種30個!450点:魔冷の結晶3個!!そして、500点:忘却のマント!!!』
「こんなに貰えるのか!やったぜ!」
すると…
『ピッカン』
「ん?なんか聞こえなかったか?」
「…は?急に何を言い出すんだ?」
青年は突如耳に入った”謎の音”が中年男性にも聞こえているのか確認する為に男性の顔色を伺った。…しかし、男性は一切顔色を変えていなかった。
(やっぱりあの音声は俺にしか聞こえないみたいだな…)
すると突然、中年男性がもう一度青年に話しかけて来た。
「何と言っても明日は…」
「あーそれか!知ってる知ってる!もう何回も聞いてるよ!それ!」
青年は中年男性の語りを強引にカットインした。
「…知ってるならいいか…」
(…あれ?会話キャンセル出来た!…もしかしたらこれって、クリア特典なんじゃないか?)
(おっさんの話にもあったけど、勇者が世界を平和にしたって事は、この世界は一度ゲームをクリアした世界線って事だ!だから一度聞いた事のあるセリフはキャンセル出来るってことだろ……
何より今現在この世界は、俺の知る『チェーン・ブラッド2』のクリア後の世界なんだ!そして、俺は一回このゲームをクリアしているから、このミニゲームの裏技の方法を覚えていたんだ!)
ー 先ほどの裏技は、制限時間終了1分前にミニゲームの出題者に声を掛けると、
①止める
②続ける。の他に三つ目の選択肢が出現して、三つ目を選択することにより制限時間という縛りをなくす事ができる裏技であった。
青年には制限時間を知る手立ては無かったが、このミニゲームを3回行った事実と昔の断片的な記憶の結合により、制限時間が10分であることを予測し、ひたすら足踏みで時間を刻み隠しコマンドが出現する9分〜10分の間を見極める事が出来たのであった。
「よっしゃーー!タダじゃ死ねるかバカやろー」
青年はその場で、溜めに溜めたフラストレーションを渾身のガッツポーズで消化した。