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ダンジョン

子供の頃にプレイしていた事のあるゲームソフト『チェーン・ブラッド2』のVR版をプレした新堂康二は、このゲームから抜け出すことが出来ずにいた…


紆余曲折を繰り返した彼は、このゲームをプレイしていた時の記憶とゲーム内で使用できる裏技を駆使し、何とかゲームのストーリーを進める事に成功した。

しかし、彼が経験したストーリーは自身が知るこのゲームのシナリオとはかけ離れていた…

彼が裏技を使用して作り上げた新たなゲームシナリオはどのように彼を導いていくのか…


そして、彼は元の世界に戻る事が出来るのか…彼の冒険はまだ始まったばかりである…

『ズッキューーん』


「いっでぇーーーー」


陽が照らしだして間もない早朝…凶悪な魔物が多く存在するローグの森の中で唯一、魔物が寄りつか無い不思議な波動を放出するセーブクォーツが存在する開けた場所から一発の銃声音が響き渡っていた…



「ちっ…血がーーー!!う~…なんなんだよお前は!…普通はまず俺の話を聞くのが筋だろ…」



フードを目深にかぶった謎の男性は、自身の左太ももに一発の銃弾を浴び、膝から崩れ落ち、わめき苦しみながら自身に対して何の躊躇もなく弾丸を発砲してきた青年に対して、恐怖と嫌悪感を抱きながら自身の主張を青年に繰り返し説明した。



「お前!わかっているのか?もし俺を殺したら、行方不明の勇者に関する情報が途切れてしまうんだぞ?」



地面をはいつくばる謎の男性は、銃で撃たれた太ももの痛みに耐えながら現在進行形で自身へ銃口を向け続けている青年に対して、自身との対話がどれだけ重要なのかを促していた…


しかし、銃口を突き付けている青年はと言うと、立場的には優勢であるはずの謎の男性の助言に一切耳を傾ける気配もなく、ただただ自身の主張が全てなのだと言わんばかりの強気な口調で、倒れこむ男性に上から目線を浴びせていた。



「お前と話すことはただ一つ…連れ去った勇者ジエルの居場所を俺に教える事のみ…それ以外にお前に発言権は無い…」



断固として自分の意思を曲げない青年の姿に圧倒されている謎の男性は、完全に青年の醸し出す異様なプレッシャーに飲み込まれそうになっていた…



(コイツぶっ飛んでやがる…何の躊躇もなく、一瞬で俺に殺意を向けてきやがった…コイツ、本当に勇者の事を大事に思っているのか?…そんなことより、この後、俺はどうしたら良いんだ…今の俺にはヤツに対抗出来る武器は無い…どうしたらいい?…きっとヤツは、奴自身が求めている答えを俺から聞き出せなかった時点で俺を殺すつもりだ…きっとそうだ!あの顔は、マジもんの奴マジがする顔だ!!…けど、奴は勇者ジエルの行方を必死で求めている…やはり、主導権は俺にある!…うん…そうだ…俺は是が非でも俺に課せられた使命を全うするしかないんだ!それが俺がこの世界で生き残る唯一の方法だから…)



倒れこんでいた謎の男性は、生き残るための決意を固め、自身の左太ももから流れる血を左手で必死に塞ぎながらゆっくりと立ち上がって見せた…


そして、自身へ躊躇なく発砲した勇者パーティーの一員である青年への最善策を脳内で計算した結果…彼は”自身の主張を曲げなくとも良い”と言う結論に至っていた…



「いいか!もう一度言う…俺を殺したら勇者ジエルの所在を俺から聞き出す事が出来なくなるぞ!しかも、俺には仲間だっている…今現在もお前の周りにいる俺の仲間がお前の命を狙ってる…殺されたく無かったら俺の言うことを聞くんだ!!」


(よし!決まった!!)



謎の男性は、青年が放つプレッシャーに打ち勝ち、自身の主張を青年に突きつけることに成功した。そして、死の恐怖を乗り越え、青年との駆け引きを制する事が出来たと男性は確信した。


しかし、次の瞬間…青年がとった行動は予想以上にストレートであった…



『ズッキューーん』



「ぐっはっ」


(う…嘘だろ!?…コイツ、また銃弾を俺に撃ち込みやがった…いって〜…何なんだよコイツは…まともに会話が出来ないほどのイカれ野郎だったのか…くっそ~こんな死に方、望んでないぞ…)



勇者パーティーの一員である青年は本来は正義の味方である…しかし、この青年にはそのような正義の意思は存在していなかった…何の躊躇も無くリボルバー式の銃から強力な銃弾を無抵抗な男性に発砲し、改めて自分の信念を男性に押し付けた…



「これが最後の忠告だ…ジエルはどこだ?」



強気な青年は、余計な雑音をもろともせず、自身の信念に忠実に行動していた。一方の謎の男性は、一切迷いのない青年の行動に押し切られる形で、自分の意思を曲げ、ここは生き延びいるという選択肢が最善である事を瞬時に理解し、行動に移した…




(だめだ…殺される…いやだ…死にたくない…これ以上は死ねない…)



「……」



「教える!!何でも教えるから、殺さないでくれ!」




異常なまでに自我を通し続けた青年の信念に飲み込まれてしまった謎の男性は、死への恐怖から自身が知り得るジエルに関する情報を洗いざらい青年に話す事を宣言した。



『ピッタ』



謎の男性の心が折れた音を感じ取った青年は、左手で携えていたPSから小規模の時空の歪みを発生させ、男性へ向けていたリボルバー式の銃を握ったまま、時空の歪みに銃ごとその右手を突っ込んで見せた…


その後、PSの上空に出現させた時空の歪みに右手を突っ込んだ状態のまま3秒ほど動きを止めた青年は、何かを探し当てたかの様に時空の歪みから右手を引き抜くと、ゆっくりと謎の男性の目の前まで近寄ってきた…



「なな…なんだよ!やっぱり殺すのかよ…クソ…」


「ほら!これの飲めよ!」


「!?」


何と青年は、恐怖に震える男性に対して自身の所持していた謎の液体状の何を彼に飲む様に促して来たのであった。


「何だよこれ!毒薬か!…ふざけんな!…何で自分で毒薬を飲まなくちゃいけないんだ!」


「ごちゃごちゃ言わずに早く飲め!これ以上時間が経つと出血性ショックで死ぬぞ…いいから早く俺の言う通りこの薬を飲むんだ…じゃないと本当に死ぬぞ」


「…」


薄れゆく意識の中で謎の男性は瞬時に自身に備わっている生存本能を発動させて、気づいた時には青年から手渡されていた謎の薬を一気に飲み干していた…


『ゴクゴクゴク…』


『……むくむくむく』


『カランカラン…』


謎の男性が青年から手渡された謎の薬を飲み干すと、みるみるうちに負傷していた男性の傷が塞がり、彼の体内に埋まっていた弾丸が体内から押し出されるように地面に転がり落ちた…


「……」


「スゲ〜本当に助かった」


薬を飲み干した瞬間に一気に生気を取り戻した男性は、自身の生を実感し安堵した。


だがしかし、青年はすぐさま次元の歪みから頑丈そうなロープを取り出し、安堵の色を滲ませた男性に対して、頑丈そうなロープを器用にさばき、目にも止まらぬなスピードで男性をぐるぐる巻きにしてしまった…


『!?』



(やっぱりこうなるのね!俺って一体…とほほ…)



「さぁ回復はしてやった…これで思う存分、お前が知り得ている情報を教え貰うぞ!」


『……』



- 青年が待つ狂気性とジエルに対する異常な執着心に感服した謎の男性は自身の任務を一旦放棄し、自身の身の安全を守る為に自身に関する秘密を青年に告白する事をこの場で誓ってみせた。


「分かった、話すよ…」


ロープによって両腕と胴体を一纏めに拘束されていた男性は、首の上下運動の勢いのみを利用して自身が被っていたフードを勢いよく脱がして見せた…


『スッ』


「俺の名前は…『ニゴ』…金で買われたただの奴隷だよ…」



『!?……』


(コイツも奴隷だったのか…)



今まで顔と名前を隠していた謎の男性の正体は、単発の黒髪で瞳の色はブラウンで無精髭が印象的な奴隷の青年であった…


「俺の任務は二つ…【勇者の生け捕り】と【勇者が所持しているPSの奪取】だ。…そして、俺達にそれを命令したのは…バミルと言う盗賊だ」



(バミル…盗賊…)



「俺…いや、俺たちは任務の一つである勇者の確保に成功した…だが、アジトに帰る途中で仲間の奴隷の一人が勇者の所持品をチェックした時に勇者が所持している筈のPSが無い事に気づき、バミルの手下である3人の奴隷中で新参者かつ一番貧弱な俺が、PSを所持しているであろうアンタが眠るこの場所に戻らされる羽目になっちまった…奴隷の中でも順位付けされるなんて悔しいにも程があるぜ…」



「やはり仲間がいたんだな」



「あぁ…俺はお前にこの場には仲間がいるとウソをついた…自分を強さを強調する為に…俺以外の二人は、先にボスが待つアジトに帰っていったよ…しっかし、よく俺のハッタリを見抜いたな!さすが勇者パーティーの一員なだけはあるよな!!」


『……』




自身の不幸を語る姿の中にどこか悲壮感が感じさせるニゴの言動に、直感で彼の言葉には嘘がない事を感じ取った勇者パーティー青年は、躊躇なく彼を拘束していた縄を解くことにした。


『シュッシュ』


「何だよ…もう縄を解いちまうのか?」


「お前、本当に弱そうだし、縄を解いてもきっと害はないだろう」


「おいおいおい…随分ハッキリ言ってくれるね!」


「…けど、それだけじゃない」


「”けど”…」


「実は俺もニゴと同じ奴隷なんだ…」


「何だって!?」


「俺の名前は、アルマ・インヘリット…勇者ジエルに命を救ってもらった彼女の部下だ」


『……』




ニゴと自身の境遇を重ね合わせ、ニゴの境遇に感情移入したアルマは、彼の拘束を解き、ニゴと対等な立場で対話する事を望んだのであった…



「俺とお前は同じ奴隷…しかし、お互いの境遇は全然違う…俺は勇者ジエルに…お前は盗賊に…お前の孤独や貧困は俺には理解出来ない程の苦痛だっただろう…しかし、俺にとってジエルは命の恩人以上の尊い存在…同じ奴隷であるお前よりも彼女の命は重いんだ…」



ジエルに対する思いを語っている時のアルマの嘘偽りのない澄んだ瞳に、ニゴはアルマの人となりがある程度理解することが出来た。


そして、アルマから発せられたとある一言がニゴの人生を大きく左右する事となった…


「そこで、ニゴに頼みたいことがあるんだ…」


「…頼みたいこと?なんだよ?頼みって!?」




「……ジエルを救出する手伝いをして欲しい」


「はぁ!?俺に仲間を裏切れって言うのか?」




敵である筈のニゴに自身の味方に付いてほしいと懇願するアルマの姿に、一瞬心を許した自分が妙になさけなくなってしまったニゴがそこにはいた…



「確かに俺はバミルに金で買われた存在…アイツには特に恩もなければ義理もない…けど、俺と同じくボスの下につき、ヤツの言いなりになるしか生きる道が無かった奴隷の先輩たちを裏切ることは、俺には出来ない!!」


同じ奴隷に対する仲間思いの一面をニゴの言葉から感じ取ったアルマは、改めてニゴとは仲良くなれると確信したのであった。


そんな人情味のあるニゴの性格を考慮したうえでアルマは一つの提案をニゴに提示した。



「それなら、大丈夫!俺とジエルがお前たち奴隷を開放してやる!」



「開放…本当にそんな事、可能なのか?」




アルマから発せられた『解放』という言葉がニゴを縛り付けている枷をほんの一瞬、軽くする事となった…




「俺が、お前たちの主人である盗賊バミルが所持している契約書を奪い、契約書の内容を改ざんしていやる!それが成功するば、お前達は晴れて自由の身だ!!」


「俺たちが自由だって!?ちょっと待ってくれ…契約書?…知らなかった…そんなものが俺達、奴隷に課せられていたのか…?」





「お前も俺と同じで奴隷契約書の存在を知らなかったのか…なら教えてやる…奴隷契約書とは奴隷に課せられた見えない鎖の様なモノ。簡単に説明すれば、行動に制限を加える呪いの様な契約書が奴隷には刻まれているんだ…その制限の内容は奴隷によって様々だ…」


「そうだったのか…じゃあ、アルマにもその契約書が存在しているんだな?」


「……いや…もう俺には奴隷契約書は存在しないんだ」


『……』


- 奴隷出身のアルマは自分と同じ境遇であるニゴにも自身と同じく奴隷の契約書が存在している事を理解した上で、バミルの下につく奴隷たちの開放を元奴隷である自分の手で成し遂げようと画策していたのであった。



「俺に植え付けられた鎖を破壊し、自由を与えてくれたのは他でもいない…勇者ジエルなんだ!!そう……今度は、お前と同じ奴隷である俺が、お前たちを救ってやる!!」


「アルマ…」


「勇者ジエルには叶えたい夢がある…それは、今現在もこの世界のどこかで、奴隷として苦しんでいる人間たちを開放し、彼らに真の自由をもたらすこと…それが勇者ジエルの理想であり、俺の理想でもある…」




アルマと勇者ジエルにとって奴隷とは、従える存在ではなく、横並びとなり共に歩んでいく存在なのであるとアルマは説いた。


『……』


そんな、アルマの言葉に感銘を受けたニゴは、涙を流しながら敵である筈のアルマの願いを聞き入れることにした。



「ウオォぉぉ…お前、いやお前達って凄い良いやつだな…俺は今、猛烈に感動している…分かった!ぜひ協力させてくれ」



「はははぁ…協力してくれるのは嬉しいが、泣くことか?」



先程までお互いを殺してやろうと思っていた二人が、偶然にも同じ境遇であり、互いにお互いの運命に共鳴しあったことにより、彼らは一瞬でうちに友と呼べるほどの間柄まで昇格する事となった。


年甲斐もなくギャン泣きするニゴの姿に少し引いてしまっているアルマの姿を目の当たりにしたニゴは、一瞬で冷静さを取り戻し、滝の様に流した涙の涙腺をすぐさま閉鎖させ、自身がアルマに対して行える最大限の手助けを彼に提案した。




「悪い悪い…つい感動してしまった…所で、今から俺はお前の事を友として認知させて貰う。だが…アルマ…お前は俺の敵である事も変わらない……だから、あくまで中立的なポジションでお前に協力させて貰う…異論は認めないぞ」




「友であり敵か…好きにしろ…」




友という言葉に少し照れ臭そうにするアルマの姿に、気をよくしたニゴは、自身が思いついた契約書の奪取とジエルの奪還を同時にこなすことが出来るであろう作戦をアルマに伝える事にした。




「今さっき、いい作戦を思いついたんだ…それが成功すれば、俺達を縛る契約書も、アルマの恩人である勇者様も同時に奪還出来きる最高に効率の良い作戦だ!」


「作戦?…大丈夫か!?なんか凄い不安なんだが?」


今までニゴの言動から、彼のポンコツ具合からニゴが提案する作戦の内容がどうしても不安でしょうがなかったアルマであった…




「まぁとりあえず聞いてくれよ!…その作戦っていうのはこうだ…さっきアルマが俺を縛っていたロープを逆にお前に縛る…俺はそのロープの先を引っ張りながらお前を俺たちのアジトに連れて行く…勿論ロープは緩めておくから、ベストなタイミングでお前が自力で縄をほどいて、油断したバミルを逆に拘束するんだ!その後、バミルを脅して俺達に課せられた奴隷契約を破棄させる!そうすれば自然な流れで勇者も助けることが出来る!どうだ!一石二鳥なすごい作戦だろ!?」



自信満々に自身が思いついた作戦をアルマに伝えたニゴであったが、アルマから帰って来た返答は言わずもがなだった。




「だろうな!」


「え!?え~!?」



「それが目的でお前を仲間に引き入れたんだ…自分で言うのもなんだが【ありきたり】な作戦だと思うがな」


「そうなのか!?そんなに簡単な作戦だったか!?でも…そんなありきたりな作戦ならバミルにも予測されているんじゃないのか?」



この作戦の核心を突くようなニゴの発言に少し驚かされたアルマであったが、彼の中ではそんな事などさほど重要な要因ではなかった…


「まぁなんとかなるだろ!」


(おいおい…俺はコイツを信用して大丈夫なのか??)



緊張感があった先ほどとは打って変わって、急に間の抜けたアルマの発言を返してきたアルマの様子に、急に不安に襲われたニゴであったが、ここは全てにおいて貧弱な自分よりも自信満々なアルマに全乗っかりする事が無難だと判断し、ニゴはなすがままにアルマの言う通りに行動することにした…




---------------------------------------------




30分後…



アルマは結び目がゆるゆるなロープに縛られていた…


一方のニゴは、アルマを拘束したロープの先端を掴みながら、互いの疑問を解消する為のQ&Aを答えながらアジトへ向かって歩き続けていた…



「なぁアルマ…そもそもどうして俺が一人だっと気付いたんだ?お前が俺よりも強かったとしても、複数人相手なら流石に部が悪いんじゃないか?」



ニゴは、自身の脅しにも何の躊躇いもなく突貫したアルマの姿に、彼が秘めていた何かしらの作戦に興味を抱いていた…しかし、当のアルマの返答はというと、予想以上にシンプルであった。



「あーあれか…アレは感だよ!感!!敵に囲まれているとか関係なく、ジエルを攫われた事に関する怒りや焦りによって我を忘れてしまったんだ…」


「……」


「アルマって本当にイカれてるんだなぁ…それにしても、どんだけ勇者の事が大事なんだよ…」



「俺は…あの人の全てを愛している…だから、あの人に関わる全ての不幸が許せないんだ…」



「アルマ…」




狂気なまでにジエルに執着しているアルマの姿にニゴは改めて恐怖を覚えつつも、ジエルに対するアルマの純粋なまでの愛に、最初に出会った時よりもアルマという人間の本質を理解することが出来た。




(なるほど…だからあの時のアルマはあんなにも怒りを露わにしていたのか…)


アルマが見せる冷静な喋り口調の中に秘めた強い意志と凶器が混ざった勇者ジエルへ愛が、報われないラブストーリーの様に感じ取れたニゴは、図々しくアルマとジエルの関係性を本人に尋ねる事にした…



「…ちなみに勇者はお前の事どう思ってるんだ?」


『……』


二人の関係性の核心を突いたニゴのストレートな質問も、少し笑いながらも悲しそう表情でジエルとの関係性を打ち明けてくれた。



「ジエルは最後まで俺の事を異性としては見てくれなかった…そう…彼女は俺の事を異性というよりも最後まで自分の息子の様な感覚で俺に接していた…それに彼女には他に好きな人間がいるんだ。俺が割って入れないほど彼女の愛は軽いものじゃないなかったんだ…」


年もさほど変わらないはずのアルマの分をわきまえた大人の発言に、ニゴは驚きつつ、アルマとジエルの関係性が自分とバミルとの関係性に違いがありすぎて驚くしかなかった。



「そっか…これが報われない恋ってやつか…それにしてもジエルって呼び方、随分仲良いんだな?仮にもアルマの主人だろ?呼び捨てに出来るほど信頼関係があるなんて羨ましいよ…俺とボスなんて何の信頼関係も無いからなぁ…まぁでも俺には同じ奴隷の仲間が居るし、意外と俺の環境も悪く無いのかもしれないな…」


「お前がポジティブな人間でよかったよ…」


アルマは、同じ奴隷出身である自分とニゴの生い立ちの違いに、改めてこの世界の奴隷システムの改善を深く考えることとなった。




(ニゴは自分の事を捨て駒と呼んでいた…俺という奴隷はまだ恵まれていたのかも知れない…元々、衣食住には困っていなかったみたいだし、何よりジエルと出会えた…もしも、俺が生まれた環境が違かったのならジエルとも出会う事なく、ただただ心が腐っていったのかも知れない…)



自身の何気ない質問により重い空気になってしまったこの場の雰囲気を変えるため、ニゴは自身が知りえる処世術の中で一番ベターな方法で話の流れを切り替える事にした…




「所で…アルマは何処出身なんだ?…俺は、気づいた時からバミルの手下で、故郷のなんて記憶にないからさぁ…故郷がある奴に憧れがあるんだよ!」



当たり障りのない出身地の話で少しでも重い空気を打破出来ればよいと考えたニゴであったが、この話が思わぬ方向で奴隷である自身の秘密を再認識することとなった…




「俺は…エスペランス学園出身なんだ」


「へ〜アルマはあのエスぺランス学園出身だったのか…なんか羨ましいな…」


「?…おいニゴ!記憶がないのに何で学園の事を知ってるんだ?」


「あれだ…あれ!先輩に聞いたんだよ!奴隷の先輩たちとも出身地の話になって、そこでエスペランス学園の話になったんだ!あそこは、奴隷の行き先の中で一番待遇がいいって!」


「…その話は俺も聞いたことがあるけど、そんなに奴隷界で有名なあるあるネタだったんだな…」


「そうなんだよ…だから、先輩にも奴隷の仲間が出来た時に出身地の話をしとけば、ある程度話が盛り上がるって聞いていたから、ついアルマにも聞きたくなってさ…」




― 同じ奴隷であるニゴとの世間話から、このゲームのプレイヤーであるアルマこと『新堂康二』は、自身が操作しているアルマを含めたエスペランス学園で暮らすの奴隷達は、この世界に存在する他の奴隷達よりも明らかに優遇されている事を改めて実感する事となった…そして、改めてこのゲーム世界において、奴隷という存在がどういう意味を持つキャラクターなのかを再認識する事となった…





そもそも、この世界の奴隷には昔の記憶が存在している奴隷もいれば、ニゴの様に過去の記憶が欠落している奴隷も多く存在している…そんな奴隷達はこのゲーム世界にはなくてはならない特別な存在だとゲームのプレイヤーであるアルマは確信していた…そんな奴隷達には、大きく分けて二種類の奴隷が存在しているとアルマは考えていた…




まず一種類目は【過去の記憶があり、名前を持った奴隷】…アルマは、そんな名前を持った奴隷たちは、この世界において重要な”キャラクター”なのだと見立てていた…そもそも【奴隷】とは、いわばこの世界の職業の一つなのだ!そんな奴隷の中でも名前と過去を持ったキャラクターはこのゲーム世界のストーリーにおいて重要な役割持った存在だとこれまでの体験の中で実感していた…


二種類目の奴隷は、【名前もなく、過去の記憶もない奴隷】…そう…そんな奴隷たちはゲーム用語を使用するのであれば、そう…【モブキャラ】である。アルマと記憶のないニゴは、まさに奴隷という職をもっただけの只のモブキャラなのである…


そんな、奴隷の中でも格差が存在している奴隷界の中でも共通している制約が設けられているのである…それは、奴隷契約書である!!



奴隷契約書とは、自身と奴隷の主人との間に様々な制約が交わされた契約書の事である…アルマとエスぺランス学園の学園長・ニゴと盗賊バミル…このように奴隷には雇い主が存在する。奴隷誓約書の内容は様々で、奴隷を買い取った主人がその奴隷に対して自由にルールを記載する事が出来る書物なのである。



過去、勇者ジエルによってアルマの奴隷契約書は破棄されたことにおり、アルマは晴れて自由の身であるが、一方のニゴはというと…盗賊バミルによって定められた契約により、本人にも理解できていない”縛り”によって自由を奪われているのが現状である…



お互いに名前が与えられ、モブキャラから一つのキャラクターへと昇格したアルマとニゴ…同じ境遇の持ち主である両者であるが、明らかにニゴの方がアルマよりも生まれた境遇が劣悪であった…そんなニゴに対して、共感よりも同情が勝ったアルマは、深く考える前に直感で彼を仲間に引き入れることにしてしまっていたのであった。







― そんな中、ニゴの疑問が消化されたタイミングで、今度はアルマから敵でもあり友でもあるニゴへ、とある疑問をぶつける事にした…



「今度は俺の質問に答えてもらうぞ…」


「答えられるヤツなら何でも教えてやるよ」


「そうか…では、どうして俺とジエルの居場所が分かった?」


アルマは、この事件の中核を成す質問をニゴにぶつける事にした。




「…昨日、ミコットの街に勇者が現れたと言う情報がボスの耳に入ってきて、その後、ボスの”能力”も借りながら俺を含めた3人の奴隷は、ミコットの街の周辺を血眼になって勇者を探したんだ…その結果、ローグの森で勇者の身柄を確保することが出来たんだ…」


「なるほどな…」


ニゴの説明により、新たにバミルの能力に関する謎が浮き彫りになった次の瞬間…何故かバミルと面識が無いはずのアルマの口からバミルに関する情報が語られ、逆にニゴを驚かせる事となった…


「なるほど…俺たちの居場所がバレたのは全て、バミルの動物を操る『ビースト・テイマー』のスキルの力が原因だったのか!」



「!?!?」



「嘘だろ!?どうして会ったこともないボスのスキルの事を知ってるんだ!?」


名前以外知り得ていなかった敵の情報を知らぬ間に収集していたアルマの行動に驚かされたニゴは、アルマの”能力”に圧倒されてしまっていた…



「ちょっと待ってくれ…どんなトリックを使ってボスの情報を仕入れたんだ??」


「その事なんだが…実は、ニゴにロープで縛られる前にPSでバミルについて調べておいたんだ」


「あの短時間で…ちょっと待ってくれ!?PSってそんな使い方もできるのか?」



アルマの分析能力の高さに圧倒されたニゴは、この後も続々と飛び出すアルマの高水準の推理と便利アイテムのPSの多機能に、ただただ驚かされる結果のとなった…



「今回はたまたまバミルって名前に心当たりがあったがら念のため調べてみたら、運よくPS内の魔物図鑑にバミルの情報が載ってたんだ」




「魔物図鑑だって…PSにそんな機能が搭載されていただなんて知らなかったな…所でその『魔物図鑑』にはボスのどんな情報が掲載されていたんだ?」


「全てだ!」


「”全て”ってどうゆう意味だ…?」



「まぁ聞けよ…【盗賊バミル。種族:人獣族。弱点属性:火魔・雷魔。人獣族が習得できる『ビースト・テイマー』のスキルを駆使し盗みを働く子悪党。操ることの出来る対象者は魔属を持たない動物のみである】…これが俺が調べた盗賊バミルの正体だ…因みに、過去に勇者ジエルと盗賊バミルには戦闘経験があったんだ。だからこのPSにバミルの情報が載っていた。魔物図鑑は一度戦ったことのある敵の情報を自動で登録することが出来るからな。…今説明した事が事実だからこそ、バミルはミコットの街でジエルを探し出すことが出来た…まぁ、こんな感じかな!」




魔物図鑑を使用して、自身も知りえていないバミルの情報を引き出したと同時に、ジエルとバミルの関係性も予測したアルマの優秀さに目を真ん丸くさせながら驚くニゴの姿を確認したアルマは、続けてニゴを含めた奴隷が自分たちをいかに見つけ出したかの推測を当事者であるニゴに向けて語り始めた…



「ミコットの街で俺たちがスライムと対峙していた時、周りには一才の野次馬は存在していなかった…人間たちが出現したのは、スライムを討伐した後だけだ…俺たちはスライムを討伐した後にスライムの体内に閉じ込められていた人間達を開放した後、すぐにジエルの『クリアー』と呼ばれる対象者の直近の記憶を消すことの出来る魔法で、あの場にいた全て人間に施していた…だから、あの場にいた人間で俺たちの事を覚えている人間は誰もいない…あの場にいたのは、俺達と”ある”動物のみ…そう、上空を滑空していたワシ以外には…」



『!!』



戦いが終わった後に、勇者があの場所に居たという情報が漏洩されないように、アルマたちは戦闘が終わったタイミングでキッチリとリスク管理を施していたのであった。




「戦いの後、バミルは自身が操っていたワシを継続的にコントロールし、勇者ジエルを尾行した…その後、ローグの森まで追い詰める事には成功したが、上空からじゃ森のどの場所に俺たちが潜んでいるは確認できない…だから、部下である奴隷3人を現場に向かわせた…そうだな!」



ニゴが放った一言によりアルマは、過去・現在に至る敵の動向をズバリ的中させて見せた。そんなアルマの姿に敵でもあるニゴは目を輝かせるほど感動を覚えていた…



「すげ〜アルマって頭いいんだな!」




「情報は、強力な武器と同等の価値がある。そんな貴重な情報を記録したり・取り出すことが出来るこのPSを盗賊であるバミルが欲しがるのは当然の事だ…バミルに限らず、ジエルに及ぶ全ての危険を事前に食い止めるべく俺は、ジエルが脅威に晒せれないように彼女の正体を工作していた…しかし、ミコットの街でジエルは本能的にあの場にいた人間達の声援に応えるように自身の正体を晒してしまった…本当…人間をコントロールするのが一番難しいよ…もっと俺がリスクへの視野を広げていれば今回の様にジエルが危険に晒される事なかった…」



自身の不甲斐なさを吐露し、落ち込むように反省の弁を述べるアルマの姿に、彼の友になったニゴがアルマの行った行動の肯定した上で、彼なりの尺度で現実と向き合うアルマに向けてアドバイスを送った。



「いや…アルマのサポートは十分すぎるよ…ジエルもきっと感謝しているはずだ!世界には危険が溢れてる。そんな全ての危険に対応するなんて不可能だ…そうなるリスクを下げる為に仲間がいると思うんだ…俺なんかが偉そうに言って申し訳ないが、アルマはもっと頼れる仲間を作った方がいいよ!俺みたいな!はははああぁ…」


「……仲間か…」


「そこ笑う所だろ!!まぁいいや…一人で出来る事には限度があると思うんだ…勇者のパーティーは二人…ボスのグループは俺を含めて四人とボスが操れる数多くの動物達…きっと実力ではアルマ達に分があると思う…けど、盗みに関しては人数が多いボスのグループに分がある。だからこれから人数には人数だと思うんだ。そう…アルマには俺の様に頼り甲斐のある仲間が今後必要になる…それは間違いないと思うぞ!」



「…あははは。まさかニゴに論破されるとは思ってもいなかったよ!」


「…やっと笑ってくれたな!」


「自分の事を頼り甲斐があるって!…本当、面白いなニゴは…まぁ確かに、このほぼ何でもありな世界には絶対は無い。様々な危険を回避する為にはそれなりの仲間が必要だって事は、今回の事件で思い知らされたよ」




初めて見たアルマが笑う所を見たトモヤは、アルマに対する考え方が変わった瞬間でもあった。



「所でアルマにとって仲間の条件って一体何なんだ?」


「そうだなぁ…俺よりもバカな事だ!」


「はぁ!?なんだそれ!」


「そう…ニゴは俺の仲間にピッタリってことだよ」


「ふざけんな!バカだったら何の役にも立たないだろ?」


「そんな事ないぞ!今この世界はステータスよりもどれだけ優秀なアイテムを所持しているかによって、その人物の能力が決まるんだ…だってお前達、バミルの手下も特別なアイテムを使用してジエルを拉致したんだろ?」


「…え?…またか…本当なんでもお見通なんだな、アルマは…」


またしても徐にアルマの口から披露された自分たちの秘密に、ニゴはアルマという人間の危機管理能力や先見の明に改めて驚かされることとなった…




― そもそも、このゲーム世界では特殊な力を秘めた道具を使用できるキャラクターは限られいた…それと付随するように行動パターンをプロブラムされたゲーム世界のキャラクター達は、自分たちの行動や自分たちに降りかかる現象の全てがプログラムである事に気が付くものなど存在しなかった…しかし…突如、彼らの行動制限や使用できる道具の制限が解除される”とある現象”がつい数か月前に唐突に行われていたのであった…




その”とある現象”というのが…【裏技】である。



古くから各テレビゲームで隠し要素として存在していた裏技がこの『チェーン・ブラッド2』の世界にも存在した…このゲーム内で使用できる裏技の中でも、特に重要な裏技『アイテム・アンロック』と【ストーリー・アンロック】である。この二つの裏技が重なった時…このゲーム世界が存在した古い秩序が崩壊し、新たな世界へと生まれ変わったいたのであった…



何を隠そうこの裏技を使用した張本人がアルマ・インヘリットこと、【新堂康二】その人である…



― 今現在のこの世界は、アルマが使用した『アイテム・アンロック』の影響により全てのアイテムの使用が解禁された事により誰でも強力なスキルを付与されたアイテムを装備する事が可能になっていた。その為、ニゴのようなステータスが低い奴隷でも強力なスキル持ちのアイテムを駆使すれば、強力な敵に対して対抗する事が可能になっていたのだ…






「お前達のボスは、泥棒だ!…即ち、特別なスキルが付与されたアイテムを数多く所持していても何ら不思議では無い…それらのアイテムを部下である三人の奴隷に持たせ、今回のジエルの誘拐とPSの奪取の任務を命じられた…違うか」


「…これまた正解だよ!ここまで正確に当たられると、いろんな意味で恐怖を感じるよ!」




アルマは改めて、自身が行った裏技によってこの世界の道具やアイテムに関する摂理を崩壊させた事により、ニゴ達の様に新たな秩序に適応できる存在を新たに生み出してしまった事や、この世界の住人によるパワーバランスが崩れをすでに懸念していた…そして、今現在それが自分たちの首を絞める結果となって自分たちに降りかかってきていた…


近い将来アルマは、力を持たない者が力を得た時に発生する【暴動】や【心の闇】がこの世界を埋め尽くし、筋書きのない混沌がこの世界に覆いかぶさり、罪もない人々に降りかかってくる事を今のアルマは知る由もなかった…




― 最初の要件を解決したアルマは、二つ目に気になっていた事をニゴにぶつけることにした…



「じゃあ次の質問だ!」


「どうせ、またしんどい質問だろ?…早く楽になりたいから、さっさと質問の内容を教えてくれ!」


「.……それは…お前への他にいる奴隷たちの事についてだ…」


『……』


アルマがニゴ以外のバミルの手下である奴隷達に関する質問をしたとたん、先程まで終始笑顔で対話を繰り返していたニゴの表情に曇りの表情が現れ、真剣な眼差しでアルマの返答を突っぱねた。


「悪い…それはお知られない!ボスには何の義理もないし信用もしてない…けど、俺以外の奴隷達の情報は売れない…わかってくれ」


「……わかった」


「本当か!?」


「あぁ…とりあえず聞いてみただけだ…」


「なんかあっけないな…まぁいいか!どうせ、何時間粘られようとあの人たちの秘密をバラスつもりはなかったしな!!」



アルマは、根が明るいニゴらしからぬ気難しい態度も相まって、すぐさまニゴに対する質問を終了することにした.…


その後の二人はというと、特に変わったことは無く、淡々と盗賊バミルのアジトに向かって歩みを続ける事となった…





そんなアジトまでの道のりの道中、アルマにはどうしても引っかかていた懸念点を自己処理する必要があった…それはというと…ニゴに課せられた奴隷契約の内容であった…








(ニゴ…アイツにはまだ秘密がる…とっいうよりも、ニゴに課せられた奴隷契約書の内容に違和感がありすぎる…

もしもニゴの言うとり、ニゴの主人が盗賊バミルなら、何故ニゴは簡単にバミルの名前を口に出すことが出来たんだ…

俺がもしニゴの主人だったら、部下であるニゴへの奴隷契約書の内容を自身の秘密をバラさないように他言無用の制約を契約書に記載させておくはずだ…なのにニゴと言ったら、平気でバミルの情報を吐露してしまっている…

そもそもニゴには奴隷契約書など存在していないのか?…だとするとニゴを一人で行動させる訳はない…一人になれば最弱なニゴは高確率で出来に捕まる…そして、自分が不利になる発言を敵にバラしてしまう…実際バミルの情報を俺にバラしてるしな…笑…

敵がバカなのか、それとも敵のアジトに俺をおびき寄せる作戦が本筋なのか…今の所、敵に作戦の全容は俺にも理解できない…しかし…今の所、理解できるのはニゴはバカってことだ…

バカな奴は大概、誰かに利用される…そう、捨て駒ってことだ…だが、捨て駒も悪いもんじゃない…捨て駒だって裏返れば強者にだってなれる…そう…要は使い方だ。俺だったら敵よりもニゴをうまく使いこなせる…ニゴの”ボス”よりはな…)




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ニゴを先頭に据えながら1時間かけて盗賊バミルのアジト件ダンジョンの入り口に到着したアルマとニゴであった…



「よし!到着したぞ!こっからは完全に捕まったふりをして貰うからな…」


ニゴは周囲に聞こえないほどの小声でロープで拘束しているアルマに話しかけた後、盗賊団のアジトがある”孤高の洞窟”の入り口に足を踏み入れた…すると!



「え!?どういう事だ!昨日はこんな状況じゃなかったはずだ!」



トモヤが昨日振りに”孤高の洞窟”へ戻ってきてみると、洞窟の入り口に当たる開けた空間に今まで存在していなかった戦闘の痕跡が無数に散りばめられていた…



「ちょっとまて、血痕がある…もしかして、洞窟内の魔物が暴れたのかも知れない…」



何者かと何者かが争った形跡に動揺しているニゴとは反対に、アルマはいたって冷静に今の状況を受け止めていた。


「…洞窟には魔物が住んでいるのか?よくそんな危険な場所にアジトを構えているんだな」




冷静なアルマの態度に触発されたのか先程まで動揺を隠しきれなかったニゴも、すぐに冷静さを取り戻し、アジト兼ダンジョンに関する詳細をアルマに提供する事にした。




「…ボスに聞いた話では、数年前に勇者ラッシュ・クロスロードがこのダンジョンを攻略してからこの場所には魔物が出現しなくなっていたらしい…その後、ボスがこの物毛の殻だったこのダンジョンを新たな拠点にしたらしい…」


「なるほど.…それ以外に魔物に関する情報に心当たりはないか?」


「それ以外.…それ以外…そうだ!!思い出したぞ!たしか、最近になってダンジョンの奥に新たな魔物の気配が感じられる様になったって話していた事を今思い出したよ…」



ニゴによる”孤高の洞窟”に関する過去と現在の状況を聞いたアルマの脳裏には、彼が今現在最重要に位置付けているミッションの内容とこのダンジョンの異変が重なっている事に気付くきっかけとなった…



(…確かこのダンジョン、俺が子供だった時、このゲームのプレイヤーとしてクリアした事があったぞ…きっとこのダンジョン…EX化してる…それならこちらとしても好都合…だが、魔王の眷属の封印を解く為に必要な”漆黒の魔石”はまだ俺の手には無い…しかし、今後の為にもこのダンジョンを一度、調査をしてみるのもありかも知れない…)



EX化というのは、アルマが新たに命名した既存のダンジョンに新たなフロア【EXフロア】が出現し状態の事を指す。そして、そんなEXエリアには今まで登場しなかった強力な敵や未知のアイテムが数多く出現するのだ。そんなEX化したダンジョンは、このゲームの二周目以降に挑戦できるこのゲームのやりこみ要素の一つなのである。何よりも、このダンジョンに封印された特別な魔物の封印を解く事が今のアルマにとって最重要の目的なのである…




「今現在の状況と、ニゴが説明した内容が一致しているのなら、この場所を荒らした人物の正体は、ダンジョンに新たに出現した魔物の仕業とみて間違いないだろう…」





このゲーム世界に転生したアルマに幾度となく試練を与えてきた魔物がいた…それは、普段の瞳の色とは違う【真紅の瞳】を携えた魔物達である…そんな真紅の瞳を持った魔物の特徴として重要なのは【狂暴化】である…元々がどんなにひ弱な魔物だとしても、真紅の瞳を携えた魔物に変化した途端、その魔物は本来以上の能力や魔法を駆使し、破壊の限りを尽くすのであった…今現在も謎が謎を呼ぶ狂暴化した魔物がより多く出現しているのがEX化したダンジョンなのである…そんな凶暴化する魔物と密接に関係するEXダンジョンが今まさに、アルマたちの目の前に生誕していたのであった…




「俺の予想では、このダンジョンからは高確率でミコットの街を半壊させたスライムと同等の強さを持った魔物が出現する…もしそれが事実なら、この場所に連れ去られたジエルを含めた盗賊団の一味も命の危険に晒されているはず…」


「そ…そんな…”みんな”が心配だ…」


「仲間意識あったんだな…」


「いや…みんなにはボスは含まれていないさ…」


「…ほぅ」


「先輩の奴隷の一人にイチゴって女性の奴隷がいたんだけど、その先輩は最後まで優しかった…あの人が居なかったら今の俺は無い…そう断言出来る…だからあの人だけは救ってあげたいんだ」


「…なるほどな…お前は盗賊団に加担する本当の理由がそれか?」


「あぁ…だから、アルマ!お願いだ!力を貸してくれ…一緒にこのダンジョンの中で助けを待っているであろう俺の恩人を救い出してくれ」


「別に助ける人間が一人増えたぐらい、どうってことないさ!」


「じゃあ…」


「あぁジエルを救うついでにそのイチゴっていう奴隷を助けてやるよ!!」



「ありがとう…アルマ」







― アルマとニゴの二人は、このダンジョンで出現したであろう狂暴化した魔物の存在を想定し、警戒心を広げながらダンジョンの探索を開始する事にした…しかし、警戒心を強めた意味もなく、一切の魔物の気配も人の気配も感じられないまま、ダンジョンの奥に設けられた盗賊バミルのアジトまで難なく辿り着いてしまったのであった…




(おかしい…ダンジョンの入り口はあんなにも争った形跡があったのに、ここまでの道のりには魔物が暴れた痕跡が一切見当たらない…もしかすると、争いの痕跡を作った人物はEXエリアから現れた魔物ではないのかもしれない…)


アルマがこのダンジョンの入り口と中の様子の違いに頭を悩ませているうちに、盗賊団のメンバーであるニゴは、アジトの中に一人侵入し、自身が知りえているアジトの様子と違和感がないか念入りにチェックし始めた…



ニゴがアジトに侵入して15分が経過したとき、アジトの中から頭を抱えたニゴが足取り重く、ロープで縛られたアルマの元へ舞い戻ってきた…



「だめだ…誰もいない…しかも、ボスが集めていたお宝を保管していた倉庫のカギが破壊されていて、倉庫の中が全て空っぽの状態になっていた…一体アジトに何が起きていたんだ?」


アジトから戻ってきたニゴの報告を聞いたアルマは、自身が感じ取った違和感の答え合わせをする為に、この場にいるニゴに自身の開放を宣言した…


「もういい…ニゴ!捕まっている演技はもうやめだ!」


「え!?」


『サッ』


アルマは、あっという間に自身の拘束していたロープの結び目を自身の力で振り解くと、すぐさま自身のポケットに入れていたPSを取り出した。


『ドゥイン』



「捕まっているフリはもういいのか?もしかしたら突然ボスが姿を現すかもしれないぞ!」


「その可能性は極端に低いぞ…もし仮にバミルが現れたとしても、交戦するまでだ!」


戸惑うニゴと裏腹に、終始落ち着いているアルマは、PSから次元の歪みを発生させた…そして、すぐさまその次元の歪みの中に右手を突っ込み、一瞬のうちに次元歪みからコンパスの様なアイテムを取り出した。


『ジリジリじり…』


その後のアルマは、コンパスの様なアイテムを自身の掌に乗せて見せた。



「これは?」


「これは『永遠のコンパス』というアイテムで、登録した人物の居場所がどんなに離れていようが結界があろうが探し当てる事の出来る最強のコンパスだ!!」





「そんな便利なアイテムを持っていたのか」


「…黙ってて悪かった…実は俺一人でもジエルの居場所が分かったんだ」


「…そうだったのか…本当は俺の案内なんて必要無かったのか…」




真実を知り、しょんぼりするニゴの表情を確認したアルマは、改めてニゴに寄せている自分の思いを少し照れながらニゴに打ち明けた…



「俺はお前と仲良くなりたかったんだ…」


「え!?」


「その為には、この場所に来るまでの道のりで、お互いの事を知る必要があった…お前と会話する事が出来たおかげで、俺とお前はずいぶん仲間らしくなったと思うけどな…お前はどう思う?」


普段はクールなアルマから熱い言葉をかけられたニゴは、照れくさそうに自身の気持ちを答える事にした…


「確かに…色々な話が出来たおかげでアルマとの距離は縮まったと俺は思っていた…アルマも同じだったんだな」




「あぁ…せっかく同じ境遇の奴隷が目の前に現れたんだ、少しでも心を通させたいと思うのが普通の事だと俺は思うけどな…そもそもお前と最初に出会ったあの場でお前を殺していれば、永遠のコンパスを早々に使用し、ジエルだけを救う事は出来る…でもそれじゃあダメなんだ…きっとジエルを助けた後に俺がジエルに怒られちまう…『なんで私の事よりもニゴ達を救ってあげなかったの?』ってな!俺は今後も彼女の意思を尊重したい…ちょっと行き過ぎた行動もあったが、きっとジエルなら俺の考えを理解してくれるはず…」




お互いの気持ちを確かめ合った男二人は、急にこっぱずかしいそうな表情を浮かべ、互いに明後日の方向を眺め、フワッとした空気が自然と鎮静化するの待っていた…



勇者ジエルの命よりも自身と距離を縮める事を優先してくれたアルマの心遣いに感銘を受けたニゴは、改めてアルマが『永遠のコンパス』を使用した目的を問いかけてみた。



「ところで、なんでこのタイミングでそのコンパスを使用したんだ?もしかして、勇者はもうこのダンジョン内には居ないのか?」


「俺がこの永遠のコンパスを使用するに至った経緯なんだが…それは今現在の様に想定外の事態が発生し時と決めていたんだ…」


「想定外の事態だって…」


「本来であれば、盗賊バミルが待ち構えているこのアジトにはバミル部下である奴隷が二人…そして囚われたジエルがこの場に戻ってきているはず…なのにアジトには誰もいず、ものけの殻。そして、ダンジョンの入り口からこのアジトまでの道のりまでに争った痕跡は一切ない…人がいた痕跡は、アジト内の宝が詰め込まれた部屋の扉が壊されていた事と、ダンジョンの入り口が崩壊していた事…その二つから俺は、この事態に第三の勢力が関与している事を懸念している…それが想定外の事態の全貌だ!」


「第三勢力だって!?」




アルマの口から語られた、第三の勢力の存在により、この場に異様な緊張感が走った…





連れ去られたままの勇者ジエル…ダンジョン入り口に存在した謎の血痕…目的や所在が一切不明の第三勢力…



この先に、アルマとニゴ一体何が待ち受けているのか…二人はまだ知る由もなかった…





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