仲間
俺は、ジエルが亡くなったあの日から同じ夢を見るようになった…
夢の中での俺は、顔が見えない二人の女性に腕や足や首を掴まれ身動きが取れなくなっていた…
一見、悪夢のようなその夢も、今となってはその身体中の縛りも居心地が良い程にまで感じられるようになっていた…
何故ならその縛りには痛みも苦しみも感じなかったからだ…あるのは一定の束縛だけ…
俺はその適度な束縛に守られている事に気付かされたのだ…本来この世界には存在してはいけない筈の俺が、彼女らの束縛という名の鎖によってこのゲーム世界でフワフワしていた自分自身がやっと地に足が着く様になったと感じていたからだ…
透明でもなく白でもない、ましてや善でも無いこの俺は、この世界で成し遂げなくはならない使命がある…その為には自分自身を捨て去っても構わない…俺は最強の非主人公になってみせる…
全ては初恋だったあの人の為に…
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「おーい、アルマ!聞いてるのか?…そろそろ本当の事を話してくれないか?」
『パチパチ…パチ…パチパチ……』
月明かりが差し込む暗闇の森で、冒険者らしい二人組の男女が互いに別々の切り株に座りながら焚き火を囲みながら、何やら大事な話をしている様子であった…
「悪い…何も聞いてなかった」
「まったく…ではもう一度話すぞ!…最近のお前はずっと生き急いでいる様じゃ…しかし、今日の出来事以降、お前はやっと本来の落ち着きを取り戻した!そこでじゃ!以前からワシはお前に聞きそびれいた話がずっと心の中で消化できずにモヤモヤしていたお前の秘密をワシに理解出来るように説明するのじゃ!」
「何だよ今更…別にお前と俺はそんな深い関係じゃない筈だろ…とってつけた様な関係…お前との距離感は今ぐらいが一番心地いいんだ…」
「………」
見た目に反して年寄り口調が印象的な若い女性が、自身の仲間である筈の黒髪の青年『アルマ』に対して、今まで自身が胸に秘めていた疑問の回答をアルマに詰め寄っていた…しかし、当のアルマはと言うと、当然の様に年寄り口調の女性の質問に真剣に向き合おうとはしていなかった…
「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるわい…」
「……」
一向に埋まる事の無かった二人の溝に嫌気がさした年寄り口調の女性は、アルマが今一番嫌がるであろう”とある”行為をほのめかす事にした。
「なぁアルマよ!もしもワシがいなくなったらどうする?」
「何?」
「言葉通りの意味じゃ!お前はワシに依存しておる…そんなワシがお前の元から離れてしまったら、これからのお前はどうなるかな?」
「………」
女性の脅しとも取れる発言により、これまで顔色を崩す事の無かったアルマの表情に初めて曇りの色が見られる事となった。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「あぁ勿論じゃ!ちなみにワシが取った決断は、ワシの中に眠る勇者『ジエル・インヘリット』の見解でもあるのだぞ!」
勇者の気持ちを代弁していると主張している女性の意見を聞いたアルマは、自身から溢れ出す怒りの感情をコントロールしないままの荒い口調で女性を威圧するしか無かった…
「気安くジエルを語るんじゃない!!それに、さっき程の茶番は何だ!何故、俺の命令以外でジエルを憑依させた?お前はあくまでもジエルが復活するまでの寄生木でしか無いだ」
「…」
先程からアルマに詰め寄られているこの女性には、大いなる秘密が存在していたのであった…その秘密というのは、彼女は人間では無いという事実である…
そんな彼女の正体とは、カーバンクルと呼ばれる光属性の召喚獣であった…
以前、死の寸前であった勇者ジエルは、自身が所持していたカーバンクルの召喚魔石と共鳴した事により、自身の中にカーバンクルを召喚し、体の主導権を召喚獣に移し替える『転生召喚』という禁断の召喚方法を互いの同意の下、使用してしていたのであった。
その後、転生召喚を行ったジエルの体内からジエルの魂は完全に消滅した事により、改めてカーバンクルはジエルの新たな持ち主となったのであった…そして、ジエルとして人間界に降り立ったカーバンクルは自身の名前を『ボタン』と名乗り、ジエルの部下であったアルマの指示の元、共に世界を回る旅に出かけていたのであった…
「…確かにあの時、ジエルは死んだ…しかし、ワシの中には記録としてのジエルが確かに存在している」
そう、ボタンの言っている事は、間違えでは無かった…ジエルが死の寸前に自身の中にカーバンクルを召喚した瞬間、確実にジエルの記憶や人格はカーバンクルとシンクロしていたのであった。その結果、ジエルの全てを知り尽くしたボタンと言う存在がジエルの中に誕生したのであった。
そう…ボタンこそ亡くなったジエルの全てを受け継いだ真なる後継者であった!
「ミコットの街で偶然発動したジエルへの歓声によって、ワシの中の此奴が、か弱き人間達にエールを送りたいと姿を現したのじゃ…」
あの時あの瞬間、ボタンが演じたジエルの姿を目の当たりにしたアルマは、確実にジエルの言葉に惹きつけれていた。
…しかし、アルマはボタンが演じたジエルを認める訳にはいかなかった…
「確かにあの時のお前は、ジエルそのものだった…しかし、あくまでジエルを憑依させたのはお前の判断だ…本当のジエルは俺の目の前にはもう居ない…例えお前が、ジエルの魂と共鳴した存在だとしても、お前が俺の正体を知りたいと言うのは、お前の考えであってジエルの考えではない…何よりこの世界の住人は俺のような『不純なる者』と関わってはいけないんだ…」
「不純なる者か…」
ー 召喚獣カーバンクルことボタンは、このゲーム世界の設定上に存在する神々によって生み出された概念の生命体であった…そしてボタンは、自身の生みの親である神々が知り得るこの世界の秩序のほとんどを理解しうる存在でもあった…そんな原初の秩序を知り得ていたボタンでさえも、アルマの様にこのゲーム世界の元となった『チェーン・ブラッド2』のデーターに存在してはいけないイレギュラーな存在『不純なる者』については情報は一切、自身の記憶には無かった…
「…チムニー洞窟のEXエリアでワシとお前が倒した影の魔物『ダーク・シャドー』が、散り際に発した『不純なる者』についての内容は、我々召喚獣やこの世界の神々も知り得ていない、この世界に新たに誕生した特別な存在…もしかするとこの世界は今、大きな変革を迎えているのかも知れん…」
このゲームのプレーヤーでもあるアルマは、この世界の住人であるボタンが、このゲーム世界の秩序や理が少しずつ変化している事を気づき始めている事を理解した上で、その原因が自分ある事を打ち明けられずにいた…
(俺はあくまでも、プレーヤー…そして、ボタンはゲームのキャラクター…本来プレーヤーとしての俺は、この世界に関与してはいけない存在…ましてや俺の存在をゲームのいちキャラクターに教えるなど、あってはならい事…)
このゲームのプレーヤーであるアルマこと『新堂 康二』は、子供の頃大好きだったこのゲームの設定や世界観を壊したくなかったのである…
ボタンから言い放たれたこの世界の秩序を崩壊させる程の重大な質問が、このゲームの世界観を壊したくないと願うアルマに大きくのしかかっていた…
そんなある時、ボタンから発せられた意外すぎる一言がアルマの考え方を180度変える事となった…
「…よくよく考えたら、ワシの存在も『不純なる者』なのかもしれん!」
『!?』
「自分で言うのも何じゃが、そもそも転生憑依って何じゃ?…突如ワシの頭に急に流れてきたこの用語は、もともとこの世界に存在しない用語…なのにワシはそれを昔から知っていたように語っている…最初は全く理解出来なかった…だがしかし、今ならちゃんと理解出来る…一体ワシの体に何が起きておるのじゃ」
(どう言うことだ…この世界の理が上書きされているとでも言うのか…もしかすると…)
『パッ』
何かを思い立ったように、アルマは自身が所持している白い端末こと『PS』の操作を開始した…
アルマは、PS内に内蔵されているこの世界の専門用語が確認できる『用語図鑑』と表記されたアプリを開く事にした…
(…ここには無い…ここでも無い…!?…あったぞ!…『憑依召喚』の表記も『バグ』の表記も『用語図鑑』の末端にちゃんと表記されている…けど…表記されているのを発見したところで、この二つが全くの新語だと言う証明にはならない…)
アルマは、この世界で起きているであろう、目に見えない革命的変化を確信に変える為に、PS内に内蔵されている『用語図鑑』とは別のアプリ…『魔物図鑑』の操作を開始してみる事にした。
(『魔物図鑑』と『用語図鑑』を見比べてみれば、何か大きな違いが発見できる気がする…)
アルマは『魔物図鑑』のアプリを開くと、『魔物図鑑』の画面を一通りスクロールしてみた…
(スライム…ゴブリン…エンシェント・バタフライ…ダーク・シャドー…そして、ジエル…)
『魔物図鑑』とは、このゲームの主人公の一人であるジエルがアルマと出会う以前に討伐した魔物のデータが自動で『魔物図鑑』に記載される仕組みであった。そして今現在は、ジエルのパーティーメンバーであるアルマが倒した敵のデータも元々の『魔物図鑑』のデータに上書きされる形で掲載されていた。
(懐かしい…確か、エンシェント・バタフライは試練の洞窟で、ジエルが勇者になる為の最終試験で戦った光属性の精霊…この『魔物図鑑』には、敵として勇者の前に現れた魔物や人間の情報が記載れていくんだ…)
一通り『魔物図鑑』を確認したアルマは、『魔物図鑑』に掲載されていた”ジエル”の情報から自身がプレイしていなかったこのゲームの二週目の内容を予想していた。
(…ダークシャドーに操られたジエルの敵データがこのゲームに存在しているという事は、二週目以降に男女それぞれの主人公が敵になるシナリオだったのかもしれないな…俺はこのゲームの二週目をプレイしていないから、敵としてのジエルが存在していたなんて、全く知り得なかった、もしかしたらあの悲惨な展開もこのゲームのシナオリ通りだったのか…)
子供の頃に自身がこのゲームをプレイした時の思い出を思い出しつつ、アルマは今現在自分に降り掛かった悲惨な出来事が全てこのゲームのシナリオなのでは無いかと疑心暗鬼に陥ってしまっていた…
そんな中、アルマは『魔物図鑑』と『用語図鑑』の決定的な違いを見つける事となった!
(ん?…『用語図鑑』にこんな文字、記載てあったか?…)
<15/15>
(15/15?…これは一体?…?…!?)
(…そうか…これは、『魔物図鑑』のページ数だ!最近は色々ゴタゴタしていて、『用語図鑑』も『魔物図鑑』もサラッと一回だけ流し読みしただけで、この二つのアプリを深く観察する事を怠っていた…クソ…やられた!この二つのアプリの違いが、俺が今のこのゲームでどう言った状況に置かれているか確認する為の重要な指標だったんだ!)
アルマは『魔物図鑑』の画面右上に表示されている『15/15』という文字を発見した事により、彼の頭の中に様々な推測が次々と脳内を駆け巡っり、最終的にとある結論を導き出される事となった。
(…そうか…やっと理解出来た!この世界は今、現在進行形で進化している…)
アルマは、『魔物図鑑』に表記されいるページ数の存在が、このゲームの世界においての魔物や敵の存在が増えていない事を物語っていた。一方の『用語辞典』にはページ数の表記が存在していなかった…その二つの事案を照らし合わせ結果…このゲーム世界のストーリーや秩序を公式的に拡張する事ことが出来るようになったと読み解く事にが出来た。
(俺がこのゲームに施した裏技によって、このゲームの可能性が広がったんだ…その成果の一つが、ジエルの体にカーバンクルの人格を召喚する『転生召喚』だったんだ…そう…『転生召喚』がこのゲーム世界の秩序と繋がっている『用語辞典』に記載されたという事が何よりの証拠なんだ!)
ー アルマが実行した裏技、『ストーリーアンロック』がキャラクターの行動制限を解除させ、『アイテムアンロック』がこのゲームのアイテムに関わる制限を撤廃させた…この二つの裏技が重なった時この世界の見えない理を崩壊させ、このゲームの可能性を解放する結果となった。
(…きっと『転生召喚』は本来、このゲームには存在しない要素だったはず…そんな『転生召喚』は俺が使用した裏技を元に、ジエルと召喚獣カーバンクルが生み出したこの世界の『バグ』…そんな”バグ”から生まれたボタンはこの世界に存在してはいけない存在…そうか…そうなんだ…俺とボタンは同志なんだ!)
ジエルが消滅したあの日から、アルマは常に孤独と闘っていた…自分はこの世界に存在してはいけない『不純なる者』…そして、この世界の住人では無い自分の存在や自身の苦難や葛藤が誰にも理解してもらえない物だと勝手に決めつけていた…
しかし、現実は違っていた…ジエルが消滅したあの日から、自分の隣を離れる事なくずっと寄り添ってくれていたイレギュラーな存在ボタン…彼女は実は自分と同じこの世界の不純物であり、同じ悩みを分かち合う事のできる存在…『不純なる者』である事を…
「…分かったよ…俺の秘密を教える」
『!?』
「どうしたのじゃ?急に!」
「何言ってんだ!求めて来たのはお前の方だろ?」
「いや…そうじゃが、頑固なお前がワシの助言なんか聞くわけないと思っていたのじゃ!?」
「期待していないの聞いてきたのか?…全くお前って奴は本当…めんどくさい奴だよ…でも…そんなヤツの方が、俺のパートナーに相応しいのかもしれないな…」
自己完結が済み、やっと自分の中でこの世界への孤独感を消化することが出来たアルマは、ずっと自身に秘めていた悩みと孤独を解放する事を決断する事が出来た。
「今やっと理解出来たんだ…俺たち二人は”同志”だ!」
「何を今更…」
合理的なアルマとその時の感情で物事を判断するボタン…決して相性の良い訳ではない二人であったが、アルマはそんな相容れないお互いの関係がやっと受け入れられるようになった…
「いや…そういう意味じゃない…けど、それでいい…俺はやっと本当の仲間を見つける事が出来た…これも全てジエルのおかげだ…」
改めて自己完結が多いアルマの言動にボタンは次第にイライラを募らせていた。
「おい!またワシを置いてきぼりにするつもりか!?これ以上モヤモヤするのはごめんじゃ!とっととお前の秘密を教えるのじゃ!」
「悪い悪い!ちゃんと話すよ…けど、覚悟して聞いてくれ…この話は俺だけじゃない…この世界の存在そのものを崩壊させる禁断の話なんだ…」
「…」
目の前にいるボタンに、真摯に向き合う事を決めたアルマは、真剣かつ物々しい表情で自分自身を含めたこの世界の全てを曝け出す事を心に決めた…そんな真剣なアルマの表情を汲み取ったボタンは、いつも通り飄々とした態度でアルマの問いかけに答えた。
「覚悟ならお前と初めて会った時から既に出来ておる!お前はこの世界の異物…そして、ワシもその一人…我らは『不純なる者』…共に同じ景色を観ようではないか!」
「俺たちは異物…そう…俺たちは似たもの同士…このゲームに存在してはならない”バグ”なんだ」
「ゲームじゃと?」
「あぁそうだ!俺はこの世界の住人ではない…俺は現実世界からこのゲーム『チェーン・ブラッド2』の世界に迷い込んだプレーヤー『新堂 康二』だ!」
ー アルマこと『新堂 康二』は、自身が迷い込み、抜け出せなくなってしまったこのゲームの世界がどの様な立ち位置で存在し、どのように変化していったかをこの世界の住人であるボタンに説明し始めた…
「今俺たちがいるこの世界は、本当は存在しない世界なんだ…そう…この世界の正体は…空想の世界をリアルに再現したデータの世界なんだ!」
「データじゃと?」
「この世界の正体は、精密に作れられたプロブラムの世界……簡単に説明するとこの世界は”偽りの世界”なんだ…」
「この世界が”偽りの世界”じゃと…」
「あぁそうだ。そして、俺の正体はこのプログラムの世界に迷い込み、その後この世界から抜け出せなくなった現実の世界の住人なんだ」
「……」
「そうだよな…理解できる訳ないよな…」
「ありがとう」
『!?』
「はぁ!?何で…何で感謝するんだ!お前達この世界の住人は、ただのプロブラムなんだぞ…本当はこの世界自体、作り物なんだぞ!」
アルマは、自身が発した突拍子もない発言により、ボタンが現実逃避を行なってしまうのではないかと予測していた…しかし、当のボタンはと言うと、すんなりとアルマの言動を受け入れ、アルマの予想とは真逆の感謝の言葉をアルマに述べていた。そんなボタンの発言により、大いに面食らってしまったアルマはただただアタフタするしかなくなっていた…
「何をアタフタしておる!ワシはただ、本当の事を”話してくれてありがとう”っと言ったまでじゃ!お前が教えてくれた秘密のおかけで、やっとワシの中に生まれた違和感がやっと解消されたのじゃ!そんなお前に対して感謝の言葉が出て騒然じゃよ!」
「……」
純粋するぎるボタンの思いがけない感謝の言葉に、アルマは独りよがりだった自分の考えを改める事となった。
(何で俺はこんなに自分の秘密をひた隠しにしてきたんだ…もっと早くボタンに秘密を打ち明けていたのなら、こんなにもこの世界を憎まずに済んだのかもしれない…)
「悪かったよ…」
「お!初めてじゃな!お前からワシに謝るなど…」
明らかにボタンの返答により、アルマとボタンの関係性がより深みを増す事となった…
「所で、この世界がゲームの世界なら、お主は”このゲーム”を楽しんでるのか?」
唐突なボタンの質問に、明らかに表情を強張られせたアルマは、俯きながらこのゲームにおける自身の立ち位置と、このゲームを実際に体験した時の自身の感情の起伏をボタンに説明する事にした。
「何を今更…勿論楽しい訳ないさ…俺は元々このゲームの主人公になる為このゲームをプレイした…なのに現実は主人公はおろか、ただの奴隷でしか無か…そもそもこのゲームの本来の主人公は女性主人公の”ジエル・インヘリット”と男性主人公の”ラッシュ・クロスロード”の二人から選べる仕組みなんだ…結果、主人公になれず脇役として女性主人公であるジエルと出会い、ジエルを目の前で失った…その後の俺は、そして俺は、亡くなったジエルを引き摺ったままこのゲームをプレイしている…そんな俺は、大切な人も助ける事も現実世界に戻る事も出来にずに、ただただ俺はこのゲームに縛り付けられている…そんなゲーム、楽しい訳ないだろ…」
「お前にとってこの世界は楽しくないのか…残念じゃな…ワシはお前と出会えてからと言うのも、生きている実感を噛み締めながら楽しくお前と共に冒険をしておるつもりじゃったのに…」
ボタンは、アルマと出会ってから今までの彼の言動を思い出し、アルマが背負ってきた数多くのしがらみや苦悩を理解した上で、彼女なりのアドバイスをアルマに伝える事にした。
「ワシは、作り物だったこの世界の事は嫌いじゃないぞ!」
『!?』
「正確言うと、”今のこの世界は”じゃがな!肌感覚じゃが、お前と出会ってからワシを含めたこの世界の全てが生き生きしておる。もしかして、これもお前の仕業なのか?」
この世界に起きた目に見えない大きな変化がアルマが引き起こしている事を見抜いたボタンは、改めてこのゲーム世界の理を変革したであろうアルマに事の経緯を説明するように促した。
「ボタンの想像通りだよ…俺がこの世界の理を”裏技”を使って書き換えたんだ…」
「やはりそうじゃったか…通りでただの奴隷だったお前が奇跡を連発出来る筈じゃ!」
「俺は、この子供の頃プレイしたこのゲームの知識と現実世界の住人しか読む事のできない『エニグマ』で記載された裏技の方法が載った”赤い本”こと『CTブック』を駆使してこの世界を俺の都合のいい様に改変したんだ」
ボタンは、アルマがどうやってこのゲーム世界で使用出来る裏技を知り得る事が出来たのかをジエルの記憶を元に答え合わせを行った。
「そうか…グシップの街で手に入れたあの”赤い本”にはそんな秘密が隠されていたのか…もしや、突如手持ちのお金が大量に増えたのもその裏技を使ったお陰なのか?」
「そうだとも!それだけじゃない。俺たちが今装備している『エアーシューズ』も本来は俺が装備出来るアイテムじゃなかったんだ…これも『アイテム・アンロック』と呼ばれる特別な裏技を使用した影響によるものなんだ」
ー アルマが使用した『アイテム・アンロック』の影響は凄まじく、このゲーム世界の住人が使用出来るアイテムの制限を無くす事に成功し、ただの村人でも強力な武器や装備品を装備する事が可能になっていた。その一例として、先程アルマとボタンがミコットの街で常識はずれの跳躍や高所からの落下に耐えられたのも他の街で入手しておいた『エアーシューズ』を事前に装備していた事が影響していたのであった。
「『アイテム・アンロック』の効果はそれだけじゃない。この裏技は全てのアイテムの使用方法の制限を解除し、アイテムの可能性を無限に引き上げている。今なら理解出来る…召喚魔石と呼ばれるアイテムだったお前と普通に会話が出来ているという事実がどれだけこの世界にとって貴重な体験なのかを…」
『……』
「そうだったのか…元々はワシはこの世界ではただのアイテム一部に過ぎなかった…それが、アルマが発生させた裏技とやらの影響により、ワシがこの世界に誕生したのじゃな…」
アルマが解説した『アイテム・アンロック』の説明によりボタンは、この世界に存在する数あるアイテムの一つでしか無かった自分が『アイテム・アンロック』の影響によりジエルの身体を元にこの世界に転生出来たのだと初めて知る事となった。そして、今の自分が存在出来ている要因が目の前にいるアルマのお陰である事に気付かされた…
「お前が『ボタン』としてこの世界に誕生したのは『アイテム・アンロック』の影響によるものが多いが、それだけじゃお前はこの世界の理の扉を開く事は出来なかった…お前にこの世界の転生を選ばした要因は、何を隠そうもう一つの裏技『ストーリー・アンロック』なんだよ」
「ストーリー・アンロック?…」
「『ストーリー・アンロック』とは、この世界に生きる全ての生物の行動に”自由”を与える事の出来る裏技なんだ…この裏技は俺が一番最初に使用した特別な裏技…俺はこの裏技によって自分の行動範囲を広げ、決めらたストーリーから外れる権利を得たんだ」
ー 実はゲーム内でアルマが死亡すると、このゲームのタイトル画面に強制転移させられてしまっていた…まだ名前も存在して居なかった時の初期のアルマは、常に強力なボスとの戦闘が強制的に定められていたのだ…アルマはボスと戦う事もその場から逃げ出す事も出来ないまま何回も死亡し、ゲームのタイトル画面に強制転送され続けていた…そんなゲーム内からもゲーム外へも逃げ出すことが出来ずに、ただただ死亡を繰り返していたアルマに一筋の光が差し込む事となる…それが自身の記憶であった。
アルマこと『新堂康二』は、自身の記憶を頼りにこのゲームにおける全ての行動の制限を破棄する裏技『ストーリー・アンロック』をタイトル画面で思い出す事に成功していた…
「そう…ジエルとボタンが交わす事の出来た約束は『アイテム・アンロック』と『ストーリー・アンロック』が合わさっと時に生まれた、お前達二人がこのゲームに抗った証なんだ!その事実により、もうこの世界はただのプロブラムで作られた世界では無いと言う事が証明されたんだ…お前が誕生したあの日からこの世界には自由が生まれたんだ!…改めて言おう…ボタン!お前と言う存在は、不自由だったこのゲームに生まれた唯一無二のオリジナルキャラクターだ!」
『………』
アルマから語られた自身の出生の秘密を知ったボタンは、改めてこの世界に生きている事を実感する事が出来た…
「なるほど…やっと自分の存在が理解できたわ!ワシもアルマと同じ『不純なる者』なのじゃな!」
「あぁそうだ!」
全てを理解し、その全てを飲み込んだボタンは、作られた世界で生きる自分の存在を認めて上で、自身がこれから何を成すべきかをアルマに求めた。
「…ワシがこの場所に居られるのも全て、アルマのお陰じゃったのだな…そして…ワシもアルマも、この既に完成された世界に存在するはずのない存在…『不純なる者』…だかしかし…ワシとアルマには決定的な違いがある…それは、創造主としての力」
「……」
「アルマいや…創造主様…改めて、我の数々の無礼をお許しください!そして…これから貴方様は何を成そうとお考えなのでしょか?そして、我に何を求めますか?」
ー ボタンは自身の体の元々の持ち主である勇者ジエルの思想や記憶を引き継いでいる。今までのボタンは、アルマの保護者でもあったジエルの『アルマを導いて欲しい』と言う約束を全うする為に、彼女の忘れ形見であるアルマに同行していた。しかし、今現在のボタンは、自分というキャラクターを誕生させた言わば神というべき存在へと昇華したアルマへの恩義を汲み取り、ジエルの意志では無くボタン個人としてこの世界の理を作り変えたアルマに忠誠を誓う事にした。
「何だよ急に改まって…そうか…お前と言う『不純なる者』をこの世界に生み出したのは俺だったのか…でも…ボタンがこの世界に転生召喚したのは全てお前とジエルの意思…俺の裏技はきっかけに過ぎない。だからそんなに改まらなくていい…今まで通り生意気なボタンで構わないよ」
「…」
「かしこまいりました…では…アルマよ!早くワシにお主の野望を教えるのじゃ!」
「…はははぁ…お前は本当に急だよな…まぁいい。改めて俺の野望をお前に教えてやる!」
ボタンは、アルマの粋な計らいにより、再構築されたこの世界を作り出した創造主としてのアルマの存在を一旦飲み込み、改めて本来の二人の関係に戻ろる事にした。
イキイキしたボタンに促されるように、この世界でただの奴隷であったアルマが静かな森の中で一人、ジエルへの愛と自身の野望を高らかに宣言した。
「…俺の意思は変わらない…俺の目的は現実世界に戻ることでは無い…ましてやこのゲームをクリアする事でも無い…俺の目的はただ一つ…恩人でもあり、俺が初めて愛した最愛の人…勇者ジエルを復活させる事だ!」
「俺たちは、この世界に復活した霊界王の眷属11体を復活させる!そして、その先の霊界で待ち構える『魔王シバルバ』にジエルの魂を復活させて貰う!そしてボタンには今まで通り俺のサポートをしながら一緒に霊界王の眷属を復活させる為の手伝いをして貰う」
「やはり霊界にいるシバルバに会いに行くのじゃな…しかし我々は、霊界王の眷属を既に1体消滅させておる…魔王シバルバが自身の眷属を倒した我々の言うこと素直に聞き入れるとは到底思えない…」
「それなら大丈夫だ…俺に作戦がある」
「ほぉ、その作戦とは一体なんじゃ?」
「それは…言えない」
「言えないじゃと?またか…本当にお主は自分一人で抱え込むのが好きじゃのぉ…どうじゃ?同志である我にその悩みを打ち明けてはくれぬか?」
ボタンの説得にも一向に口を割ろうとはしないアルマの姿に、彼を神と崇めているボタンは、ここは一旦アルマの意思を尊重する事にした。
「しょうがない…ワシの負けじゃ…じゃがその凝り固まった考えはいつかお主を滅ぼす事になるぞ!本心を言えば、もう少しワシを信用してくれても構わないのじゃぞ!何故ならワシはお前の味方なのだから…」
「…」
「ありがとう…お前に秘密を打ち明けて良かったよ…今後お前の存在は、この世界を飛び回る俺達にとって欠かせない存在なんだ…きっとこの世界には勇者にしか入れないダンジョンや施設が数多く存在する。それをボタンという名なのジエルが俺の側に居てくれるのなら、俺が成すべき天命を叶える最大の近道になると確信している」
「…改めて、よろしくな…我が同志よ…」
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ー お互いの胸の内を曝け出し、やっと二人の心の溝が埋まったこの夜に、アルマは久しぶりに同じ夢を見ずに夜を越す事が出来た…
しかし…目を覚ましたアルマの前には同志であるボタンは姿を消していた…神隠しにでもあったかの様にキレイに姿を消しているボタンの姿にアルマは混乱しつつも冷静にこの場の状況を整理する事にした。
「ボタンが消えた…」
自身の目の前から姿を消したボタンの姿を探す為、アルマは一旦野宿をしていたローグの森の周辺を探索する事にした。
(もしかしてボタン奴、俺を裏切ったのか…いや…昨日の今日でそれは考え難い…誰かに連れ去られたにせよ、争った形跡も無いし、誰かが近寄ってきた気配もしなかった…一体俺が寝てる間に何が起きたんだ…)
アルマは行方不明になったボタンの事を考えながらローグの森周辺を一通り調べ終えると、自身が寝泊まりをしていた場所にもう一度戻ってみる事にした…すると!
『!?』
「よ!ゆっくり休めたか?」
戻ってきたアルマ前にフードを被った謎の人物が切り株に座りながらアルマの帰り待っていた。
「もしかして、アイツが消えた原因はお前か?」
「そんな怖い顔するなよ!俺は争いに来たんじゃ無いんだ!」
男性らしき謎の人物は、座っていた切り株からゆっくり立ち上がると、アルマのズボンのポケットを指差した…
「俺の目的は、勇者ジエルじゃない!俺が本当に狙っている獲物はそう…お前が所持している『PS』だよ」
飄々とし態度でアルマの所持しているPSの強奪を言い放った謎の男性…彼の行動の真意とは一体…