絶望の詩
ー チムニー洞窟での戦い以降、この世界に存在する7人の勇者達からなる勇者連合軍『聖人連合』が凶暴化により瞳を真紅へと変貌さセル魔物達の総称を
『凶暴なる瞳』と命名した…
勇者ラッシュ・クロスロードが月面で元帝国軍の大神官デスペルの陰謀を阻止した戦いを『惑星聖戦』と呼び、その『惑星聖戦』以降に確認された新たな超常現象を『フェノフェロウ』と呼んだ…そんな『フェノフェロウ』の影響によって誕生したのが『EXエリア』である。
『EXエリア』とは、既存のダンジョンの最深部の先に出現した新たなエリアの事を指している。そして、今まさに勇者ジエルがその部下であるアルマと共にEXエリアから誕生した新種の魔物『ナイトメアファントム』と大規模な戦闘を繰り広げていた…
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勇者ジエルは魔装を纏う以前の姿に戻っていた…
そして、部下のアルマと共にナイトメアファントムの攻撃を迎え撃っていた…
アルマは敵の不意打ちにあい、致命傷を負うダメージを受けていたが、自身の懐に隠し持っていたアイテムにより一命を取り留めていた。今現在は回復薬の影響もあり、傷も体力も見事に回復していた。
「ジエルさん!アイツ人間の言葉話さなかったですか?俺…奴の発した言葉をジエルさんの言葉だと勘違いして…結果、奴に背後から奴に斬りつけられてしまいました…」
部下であるアルマの生存が確認出来、一安心も束の間。ジエルはすぐ様お互いの状況を整理するために動揺していた自分自身を押し殺し、自身が感じ取った違和感をアルマに説明した…
「…魔物である奴が言葉を発した事が事実なのであれば、奴の進化の根源は…眷属化に関係するかもしれないわ…」
「…眷属化って何なんですか?」
アルマは自身がこのゲームをプレイしていた時には知り得なかった『裏設定』の様な世界の秩序に毎度頭をかきむしられていた。
「そもそも言語を話す事が出来る存在は、神から与えられし『神の加護』を受け取った神眷属のみなの…無論、私達人間もその眷属の一端と言われているわ…それを踏まえた上で、ここからは私の推測で語らせてもらうわ…そもそも魔物が所持している魔属は一つのみ…言語が話せる種族の共通点に魔属を二つ所持している事が挙げられる…」
「ジエルさん!?もしかして…」
「そうよ!奴…いや…奴らが一つになった瞬間…神が、魔属を二つ所持した魔物に対して加護を与えた…そうやって神の加護を受けて進化を遂げたのがナイトメアファントムなの!!今の奴の見た目は、変化前のナイトメアローブと何ら変わりはない…何より…瞳が赤く染まっていない…」
「それは…もしかして…」
「うん…奴は確実にもう1段階変化する」
『ぐ…グヌヌ…』
「俺たちの勝ち目はあるんですかね?」
先の見えない戦いに、思わず余り尻込みをしてしまったアルマに対して親代わりでもあるジエルは、とある行動に打って出た
「気合い!ちゅーにゅーー!」
『パッチん!』
「イッッッテ〜ー!」
「何するんですか?ジエルさん?」
戦いの最中アルマの隣に駆け寄ったジエルは、真っ先にアルマのお尻に全力の平手打ちをお見舞いした!
「な〜に男子のがビビってんのよ!?それでもブラックドラゴンを倒した英雄?」
「いや!?ブラックドラゴンを倒したのはジエルさんですよ!俺は奴の体力を削っただけですよ!?」
「違わないわ!ブラックドラゴンを倒したのは君よ」
「いいえ!真の英雄はジエルさんですよ!」
緊迫している筈の戦場で繰り広げる水掛論に当の二人は、緊張感のない二人の空間に何故か慎ましい笑いが生まれていた。
「ハハッは…緊張感のある現場で笑いが起きるとやけに面白いの何なんだろうね!?」
「…所であの時倒した真紅の瞳になったブラックドラゴンも新種の魔物だったのかも知らないわね…真紅の瞳が本来の姿で、何か特別な力によりそれが押さえつけられているのかも…それが、危機的状況もしくは死をトリガーに本来の姿を取り戻したのかも…」
「…まぁ〜それなら辻褄が合いそうですけど…」
「不特定の情報が多すぎて新しい情報が入った時にいつも頭がパンパンになっちゃう…だってそれは前例が無い事例なのだから…そう!私たちはとても凄いことを今、成し遂げているのよ!だって!誰にも手が付けられない凶悪な新種の魔物にこうやって、雑談をしながら平然と対応しているのだから…そう!私たちはスゴイの!奴にビビる必要なんて一切ないのよ!何てったって!アルマの隣には私がいる…」
「だって私!主人公だから!!」
圧倒的自己主張により周りの全てを明るくて照らすジエル。彼女が太陽の勇者と言われている本当の理由をその目でその肌でアルマは余すことなく体感していた。
(自信満々に自分のこと主人公だなんて…本当にジエルって人は…え?…ジエル?…)
「…ウッ!!」
「どうしたのアルマ?もしかしてまた頭痛なの?」
突然の再発した頭痛により、またしてもその場で倒れ込んでしまったアルマ…そんなアルマの盾になる為に、ジエルは彼の前方に立ち、ナイトメアファントムがアルマ狙わぬ様に敵の目の前に平然と立ち塞がって見せた。
「…」
(しょうがない…今はアルマを気に掛けていられるほどの余裕は無い…ちょうどMPの回復した所ね…これなら一度フルゴスレイヤーを維持出来るわ)
ジエルはMPの消費を抑えるために一時的に停止させていた魔装をもう一度解放させた!
『シュッ!』
「ハッ!」
二度目の魔装は1回目よりも見た目が変化する時間と速度が段違いに俊敏だった。
魔装を再発動させたジエルは、実際には魔装を解除していたわけではなく、魔装を最小限の出力で抑えていただけだった。その為、見た目は魔装を纏っていない様に見えていたが、彼女の魔属は電魔のままであった。
(…そう言えば、アルマと初めて会った時も、見た目を変えずに魔属だけ電魔に変化させていたっけ!あの時は、一日ぶっ続けで学園へ移動していたから、見た目を変化させられる程のMPが足りなかったんだっけ!本当にあの時はビックリしたな〜まさか、初めて会った人に告白されるなんて思ってもいなかったな〜いま考えると、それがアルマでよかったな〜…何変なこと考えてるの私!?今は戦いに集中しないと!)
戦闘中のナイトメアファントムはジエルが倒れ込むアルマを守る為に隙を見せた事を見逃さなかった…ナイトメアファントムは戦いの緊張感を解いてしまったジエルへ自身の大鎌を振り翳し、珍しく真正面からジエルの心臓を狙い撃ちしようとしたその時…
「喰らえ!クラウド」
謎の掛け声と同時に、ジエル達がいるEXフロアの上空に突如!雨雲が出現し、鋭い雨と雷がナイトメアファントムに降り注いだ!
『グッギーー』
悲鳴の様な雄叫びをあげる敵よりも、火魔と水魔の複合魔法である雲魔法を使用した声の主であるアルマにジエルは驚きが隠せなかった。
「一体どう言うこと?頭痛は大丈夫なの?それと何でその雲魔法の合成方法を知っているの?」
謎が謎を呼ぶアルマの行動に、流石のジエルも動揺するしか他ならなかった…
「説明は後だ!奴がまた逃げ出す前に、ランタンシールドを召喚してください!ランタンシールドを使用した本気のライトニングロードのスピードと技の威力が有れば、奴が逃げ出す前に仕留めることが出来るはず!武器を召喚する時間は俺が作るから、ジエルは俺の事は気にせず召喚の為の意識を集中してくれ!」
「…なるほど!それなら、奴が凶暴化する前に消滅させる事が可能かも…」
ジエルは、アルマの指示を躊躇する事なく飲み込み、剣と盾が一体となった武器ランタンシールドの召喚に必要な詠唱を開始した!
『……』
「いでよ!シルバリオン!」
『シャン!』
ジエルはアルマの援護もあり、順調に『双星シルバリオン』をその手に宿す事に成功した。
シルバリオンは、剣と盾の二対一体で構成された銀色に輝くランタンシールドであり、普段は”白銀の盾”に”銀星剣”を収納して戦いに備えている。
ジエルは直ぐ様、必殺技の一つである剣技『ライトニングロード』の準備の為、自身の体から電魔の魔力を大量に放出していた…
その直後、体全体に電魔の魔力を浸透させる為の精神統一を行なっていたジエルの事を戦闘中のアルマが目視で確認していた。
「よし!もう少しで完成するぞ!」
アルマは、ジエルと意思疎通を取らずにジエルの行動を予測出来ていた。
「まだだ!完璧なライトニングロードを披露するには、俺のお膳立てが必要不可欠だ!」
何とアルマは、ジエルが技を完成させる一歩手前のタイミングで、自身が所持していた特殊な煙玉をナイトメアファントムの周りに発生させていた。
『ボッむ…』
「よし!完成したわ!アルマ!いつでも出せれるわよ…ってこの紫色の煙幕なんなの?これじゃ私の前も見えないじゃないの?」
ジエルのご尤もな意見に、煙幕を発生させた張本人のアルマは、この煙の正体とこの後ジエルが取るべき行動を淡々と説明し始めた。
「あの煙はスモークネット!あの煙の中に閉じ込められたが最後、紫色の煙が無くなるまで如何なる方法でも外へ逃げ出す事が出来なるなる!しかし、その長所が目立つ一方、紫色の煙の影響でお互いの視覚が遮断され、視覚を利用した攻撃の成功率が極端に低下させる短所も同時に持ち合わせいる…」
「けど、フルゴスレイヤー状態のジエルならスモークネットの短所を無効化出来る!スモークネットによって敵の透過のスキルを封じている今なら100%ライトニングロードを的に当てる事が出来る!」
全てを分かっているの様な発言を繰り返すアルマに対して、異様な違和感を覚えているジエルであったが、この後アルマが放ったセリフによって彼女の違和感を上書きされる程の作戦であった…
「そう…ジエルには左目に装備されたバイザーがある!そのバイザーを覗けば、煙の中だろうと相手のステータスを確認出来ます!…そうです!バイザーにステータスが表示されたのなら、そこに敵が潜んでいる証拠なんです…」
「…このバイザーにそんな使い方があったなんて…ホント…君って凄いね!私よりも私のことを知ってるみたい…色々聞きたい事は山ほどあるけど、今はやめとく!戦いが終わったら、私が納得するまで説明してもらうからね…」
天才軍師の様に的確に戦場を支配するアルマに、驚きを抱きつつも確かな手応えをアルマから感じ取ったジエルは、この戦いの行く末をアルマに託す事にした。
早速ジエルは、抜刀術の要領で一体化しているシルバリオンの剣のグリップを右手で掴んだ。ジエルはその状態で、左眼に装備されているバイザーを凝視し煙の中に隠れている敵の位置を探った…
『…』『……』『…ぽあ』
(…見えた!)
「今だ!魔力解放!必殺!ライトニングロード!!」
『ピッかん!』
『…シュン……』
『ザッン!!』
ジエルが膨大な魔力を解き放った瞬間!凄まじい閃光がエリア一帯に解き放たれた瞬間、その場にいたアルマはあまりの眩しさにその場で蹲ってしまう程であった。
『…ビリビリィぃぃい』
『ゴゴゴ…』
そんな激しい閃光が放たれた後、時間差で耳を手で覆いたくなる程の雷鳴が衝撃波と共にダンジョン中に駆け巡った。
閃光・雷鳴・衝撃波が一旦収まった事を感じ取ったアルマは、ゆっくりとその場から立ち上がるとこのエリアの中央で全ての力を使い果たしたジエルがその場で立ち尽くしていた。
「…成功したのか?」
「…うん!私達の勝利だ!」
アルマはすぐさまジエルの元へ駆け寄ると、ジエルの足元には謎の魔石が転がっていた。
「ん?…何だこれ?石?…真っ黒い…魔石?」
アルマはその漆黒の魔石から放たれる唯ならぬオーラに魅了され、その魔石を手に取ろうとしていた…
「ダメ!それに触っちゃ!?」
『ハッ!?』
アルマは一瞬、謎の魔石に魅了され無意識に漆黒の魔石に引き込まれそうになっていた。
「前に魔石について説明した事があったの覚えてる?」
「…はい!覚えています」
「魔石の入手方法は二つ…一つはクオーツからの採取!二つ目は、魔物を討伐した後に稀に手に入る…」
「そう!その通り…そして新たに謎が生まれた…その謎は二つ…一つはその漆黒の魔石が凶暴化する魔物から入手出来た事…二つ目はその漆黒の魔石の情報がどこにもない事…君も肌で感じた通り、その魔石には途轍もない’何か’を感じる…まだその’何か’が分からない状況で無闇にそれに触れるのは、得策では無いわ!」
アルマは、一旦状況を整理するためにジエルから教わったこの世界の秩序をもう一度思い返してみた…
(そう言えば、魔石の種類を判別するには色と形が重要だって教わったけど、この魔石は黒に近い色をしているから、闇魔法の魔石の一種なのか?俺、闇魔の魔石だけ手持ちに無いから、これが闇魔の魔石化判断出来ないな…それなら形で判断するしか無いな…この魔石の形はっと…)
「これは…ひしがた?…」
ジエルは謎の菱形をした魔石を凝視し、自身が知り得る魔石の情報を頭の中で整理していた…
「…闇魔の魔石の色は普通の黒よ!こんな深い黒では無い…それよりも1番の問題は、この魔石の形よ……うーん?こんな形があるなんて聞いた事ないし、どの文献にも載っていないわ… とりあえず、持ち帰って魔石専門の研究者に見てもらいましょう!」
謎が深まるばかりの漆黒の魔石をジエルは研究材料の為にと、慎重に掴み取ろうとした瞬間!!
『ゴゴゴ…』
「え!?何が起きたの?」
『…0…01…111…0…』
「うっ…何かが頭の中に流れ込んでくる…」
『0…Mう…t斗maラ…ハジマリ…ハジマッタ…』
ー アルマの頭の中に理解の出来ない言葉の羅列が流れ込んで来た時、彼らがいるEXエリアにある異変が起きていた…
「何なのこれ?一体何が起きているの?」
ジエルの不安を他所に、”とある”生命体が眼を覚ます為の準備を整えようとしていた…それはチムニー洞窟の最深部であるEXエリアの末端にそれは実在した…末端に存在するそれは…謎の牛の絵が描かれた巨大な壁画であった!!
そんな不気味な壁画は、ただの壁画ではなかった…EXエリアに発生した大きな揺れが収まった後…壁画の中から影の様な魔物?が姿を現した…
『ボアボア…』
『!?!?』
「何だあれは…?一体何が始まったと言うの?…」
混乱するジエル一行に目もくれず、その得体の知れない何かが唐突に語り出した…
「…よくぞ我が裁断に生贄を用意した…礼を言おう…では…早速、頂くとしようか!」
『!?!?』
その魔物?は突如、自身の影の様な体を拡張させジエルの足元に落ちていた漆黒の魔石をあっという間奪い去っていった!
「魔石が奪われた!?」
「何なの一体…それと、この漆黒の魔石って一体何なの?生贄って一体?」
『ガッシッ』
『…パク!?』
突然、影の魔物?は何の躊躇いもなく漆黒の魔石を飲み込むと…自身の体を『ボコボコ』と変形させ、牛を想起させる人型の魔物?に変化してしまった…
「これで封印の一つは解かれた…あと、11…」
ジエル達は混乱する現状に争う事ができずに、ただただ影の魔物?が行う儀式?を眺めることしか出来ずにいた…
「…ふう…肉体を得るなど、いつぶりか…」
壁画から現れた影の様な魔物?は漆黒の魔石を吸収し、自身の肉体をこの世界に誕生させた。
(…奴は一体何者なの?…魔物?精霊?それとも神?少なからず言語を理解していることから、何者かの眷属なのは確か…)
ジエルは得体の知れない’それ’に恐る恐る話しかけてみた…
「あなた…一体何者?」
ジエルの問いかけに、表情を一切変えずにその魔物?は自身について語り出した…
「我は、十二死者の一角、オーロクス!!…我が主人、霊界王の眷属なり…」
「霊界王…そんな…それはただの御伽噺じゃなかったの?」
予期せぬ事態の連続に動揺か隠し切れずにいたジエルに対して、アルマはそっと寄り沿った。
「大丈夫か?一体奴は何者なんだ?」
「…ありがとう!アルマ…でも、ごめんなさい…私も詳しくは知らないの…でも…ひとつだけ確かな事があるの…その霊界王っていうのは、この世界の人間なら必ず目にしてきた御伽噺の中に登場する神様なの…」
「御伽噺…?じゃあ、その霊界王の存在は作り話なんじゃ?」
二人の不毛な会話を流す様に聞いていたオーロクスと名乗る使者は、閃いた様にジエル達に語り出した。
「…お前達のお陰で我は復活出来た…礼として霊界王様に頼んで好きな死者一人、生きかえらしてやってもいいぞ!」
「…」
謎の使者の一言により、先程まで冷静だったジエルの表情が一気に曇りだし…次第にジエルの表情が怒りの感情に変化していった…
「別に貴方のために”それ”を用意したわけじゃない…たまたまこの世界で発生している問題を追っていたら、その漆黒の魔石に辿り着いただけ…」
「…ふん…生意気な小娘め…まあいい!我を解放した褒美として口の利き方を知らないお前を殺す事を一回だけ不問にしてやる」
「そちらこそ、助けて貰っておいてその態度はどうかと思うわ」
好戦的なジエルに対して、この場に溢れ出した緊張感を察していたアルマの心臓は自然と鼓動を速めていた。
「所で、貴方の目的は何の?」
『…』
『…ブッチン』
「トラッシュ!!」
『ジジジ…』
「グッ…」
「…ジエルどうした?」
突如苦しみ出したジエルに対して、アルマは一旦あたりを見渡した…
「!?…影だ…ジエルの影がジエル自身を縛り付けている?…もしかしてアイツの仕業か?」
アルマは当然の如く、攻撃を仕掛けて来たオーロクスを睨みつけた。
「ふん!我が大人しくしておいた事をいい事に!図に乗りおって!この小童が!」
『ビリビリ…』
オーロクスの怒りにより、空気中の魔素の流れが一気に活発になった事をアルマは肌で実感した。しかし、今のアルマには怖いものは何も無かった。
「おい!お前へ!早くジエルを縛っているその魔法を解け!」
「…お前も我に歯向かうのか?いい目つきをしている人間だと感心していたのに勿体無い…どうだ?そいつを裏切り我の部下になれ!そして、我と一緒に霊界王様をこの世界に導こうではないか!?」
「裏切れだ?それは一体誰の事を指しているんだ?」
「勿論その陳腐な人間よ」
オーロクスの憎たらしい返答に、アルマの怒りの沸点が最高潮に達した…次の瞬間!
「彼女は陳腐なんかじゃない!!!彼女は俺の大切な恩人だ!俺はこの命に変えてもジエルを守る!」
アルマは冷静さを保ったまま、オーロクスに芽生えた怒りを糧に、未知なる強敵目掛けて魔石の弾丸を放って見せた。
「…」
(アルマ…君って人は言われて嬉しい事を普通に言ってくれるよ…けど、くっ…やはり動けないし、喋る事ことも儘ならない…どうにかカルマに加勢しに行きたいけれど、アルマの心配をしてあげれる程、私自身の余裕はなさそうね…)
(アルマ…どうか死ななしで…)
ジエルは自身に及ぶ危機を把握した上で、時間の経過と共に自身の体力を底つくとこを懸念していた…その理由とは、先ほどのナイトメアファントムを討伐した時に使用した大技の影響で大量のMPを消費してしまっていた…そんな急激なMPの低下に伴い魔装の強制解除を強いられていた。しかし、魔装を解除したとはいえ最悪の事態を想定し、上書きした光魔の魔属をそのままの状態で維持していた。
しかしその判断が仇となり、今まさに悲劇を生んでいた…そんな光魔属に変化している今現時点のジエルの唯一の弱点属性が闇属性なのだ…オーロクスの影魔法は闇魔法と雷魔法を掛け合わせた複合魔法であるために、有効打では無いものの闇属性の力が付与されている拘束効果がある影魔法に苦しんでいた。
そんなジエルを苦しめている影魔法の『トラッシュ』とは、他者を拘束すると同時に拘束時間に応じて蓄積ダメージを与えることが出来る使い勝手の良い影魔法なのだ。
一方のアルマはというと…身動きが取れずに苦しそうな表情を浮かべているジエルを心配しながらも、自身の体を銀色に染めながら未知の敵であるオーロクスに善戦していた。
「はぁはぁ…」
(今の所は何とかなっているが、流石に相手が悪過ぎる…今俺が相手をしている敵は、本来レベル30の俺が太刀打ち出来る様な相手じゃない…けれど、負ける訳にはいかない…何故なら、俺がモタモタしているうちにジエルの体力がどんどんに削られているのだから…早くジエルの拘束を解除しなくては最悪ジエルは…そう…俺は絶対に負ける訳には行かないんんだ!俺の全てを賭けてジエルに恩返しをするんだ…)
ー 鋼魔法:雷魔法と土魔法の複合魔法であり人や物を合金に変化させる魔法を使用できる。そんな鋼魔法の基本となる魔法は『メタル』である。メタルとは、物や地形を合金に変化させる魔法であり、補助的な役割に使用させる事が多い汎用性の高い基本魔法である。
そして、今まさに鋼魔法を自身の体に施し、物理と魔法の防御力を格段に向上させたアルマが未知なる強豪『オーロクス』に対して善戦を繰り広げていた。
そんな鋼魔法の影響もあり、強敵の魔法を防ぎながら対等に渡り合えているアルマ自身には秘密があった…それは魔法が一切使えない事だ…アルマが魔法を扱えない理由は彼の職業にあった。
彼を含めたこの世界の全ての奴隷には、対象者の能力を制限する『マジック・タトゥー』が刻まれているのだ。『マジック・タトゥー』の影響で一切魔法が使用出来ない体に改造されていたアルマはタダじゃ転ばない性格であった…
彼は自分自身の魔法が使えないというマイナスポイントを理解して上で独自の戦闘スタイルを取得し、それを自身のウィークポインにまで昇華させる事に成功していた。
その後のアルマはというと、自身の基礎体力や所持しているアイテムの少なさを補う為に、エヴォルの森で修行を開始していた…アルマはエヴォルの森に出現する魔物に対して、様々な種類の魔石をぶつけながら複合魔法の発動条件を試していた。
失敗と成功を繰り返していたアルマは時に予想以上の成果を得る事が出来ていた…時には実験対象が魔物ではなく自身の体に対して行うまでに至っていた…を実験台したて新たな魔法の組み合わせを発見するまでに至った。そんな絶え間ない努力の甲斐もあって、鋼魔法の基本であるメタルを自身に施す『メタルコート』を予備知識無しに会得していたのであった…
そんな根気の鬼であるアルマには、原点となる本来の姿が存在する。それは中堅社会人『新堂康二』その人である…
ー 彼はそれなりに長い社会経験から自身の長所と短所を客観的に把握し、自身のメンタルをコントロールする術を身に付けていた。
そんな彼の根幹には根性論があった。もう時代遅れかもしれないが、彼は逆にそれが気に入っていた。何より彼はそれを他人に押し付けることは一切なかった…彼は常にそれを自身に課せながら仕事を励んでいた…そんな彼も仕事をこなす日々の中で、考え方に変化が見られた…それが『ゲーム感覚で仕事をこなす』であった…出世が絡んだ同僚の足の引っ張り合い…理不尽な上司の説教…
それも全て自身のレベルアップに必要なイベントなのだと…どんな辛い体験も結果、自分の糧になる…そう自身に言い聞かせていた…
そして、全ての負の感情を自身の中で咀嚼し好転的に変換する対処法を身につけたお陰で最終的に彼は、他人嫌われず・疎まれず一つの仕事場で長い期間、自身の地位を確立する事に成功していた…良くも悪くも、昔の経験がこのゲームに活かせいることをアルマ自身実感していた…
ー 話は戻り…EXフロア最末端…
(やっぱりメタルコートは、守備力全般は上がるけどスピードは落ちるな…動き回りながら戦況に合わせた魔石を使用して行く戦闘スタイルの俺にとっては、相性の悪い魔法だ…しかし、攻撃力の高い魔法を連発してくる敵には守備力を上げれるメタルコートは必須…)
(それにアイテム拡張袋に収納しているアイテムにも限りが見えてきた…勝負を決めるには今しかない…ここは一か八か、実戦で一回も成功していない『究極の技』を敵にぶつけるしかない…)
アルマは、戦いが終焉に向かう為の火蓋を切る為の着火剤として火魔のカケラをパチンコを使ってオーロクスの腹部に命中させた。
「ワハハ…」
「証拠にもなくそんな低魔法を…痛くも痒くもないわ!」
アルマは敵に火魔のカケラが効果が無い事など百も承知で、立て続けに火魔のカケラを二つ同時でオーロクスの腹部に命中させた…
(奴のスピードはそんなに早くない…それなら俺の命中率でも何とかなりそうだ…)
「今度は中型の火魔法か…しかも腹部ばかり…?」
オーロクスは必要以上に腹部を狙ってくるアルマに対して違和感を覚えていた…
(…何故かあやつの行動に違和感を感じるぞ…何か企んでいるのいか?…まぁいい!奴が扱う魔法は低魔法がほとんど…例え高出力魔法を発動したとしても、それを連発出来なければ我に致命傷を与える事は出来ない…最低限警戒しつつ、奴のメタルコートが切れた所に我の影魔法を与えれば一瞬で勝負がつく!それで、終わりだ!)
オーロクスは気にも留めなかった…たった一つの’それ’がアルマの勝利の執念の火種となり、己の野心と身を滅ぼす巨大な炎になる事ことなど…
「捕らえろ!シャドーウォール!」
『!?』
オーロクスの影魔法がアルマを含む周囲全体を一瞬で包み込んだ。
(これは一体?…視覚が遮られた?待てよ…音も聞けない!くそ…俺には時間が無いというのに…)
アルマはオーロクスの広範囲影魔法により、視覚・聴覚による情報収集の術を封じられてしまった。
(これじゃあ、奴の居場所がわからない…せっかくの好機が水の泡になってしまう…どうしたらいいんだ?…考えろ…何かヒントがある筈だ…)
(…ん?…もしかしたら’アレ’が使えるかも…)
一方、オーロクスと言えば、自身は放ったシャドーウォールの範囲外でアルマの様子を伺っていた…
「奴はこのフロアが全体が影に包まれていると勘違いしているに違いない!実際は奴だけが影に囚われているだけ…どんなにその場から逃げようとしても、お前はその影から離れることはできない!そう!その影はお前自身の影を媒介にして生まれた魔法なのだから…」
2分後…
先程まで流動的な動きを見せていたアルマを包む影が突然動く事をやめた。
「…ほぉ!やっと観念しかた?」
停止した影に対して『ニヤリ』と嘲笑って見せたオーロクスは、ゆっくりと影に包まれたアルマの元へ歩み寄った。
「影魔法は闇を含む…闇魔法の特性の一つに『侵食』がある…闇に触れれば触れるほどに、肉体と精神は破滅する!何より相手が弱ていればいる程に力を増す!そう、気づいた頃には…」
「よし!鋼魔法の効果もすでに切れている頃…今が頃合い!」
勝利を確信したオーロクスは、影魔法の”ダスト”を発動させるための詠唱を開始した…ダストとは自身の影を利用して攻撃する影魔法の基本となる魔法なのだ。
最後の攻撃を行うための詠唱の準備が整ったオーロクスは、自身の腕をアルマに向けて、魔法を解放するための
『名』を叫ぼうとしたその時!
『バーン!』
『!?!?』
アルマを包んでいた影が一瞬に弾け飛び、影の中からパチンコを構えるアルマがオーロクスに向けて攻撃を仕掛けてきた。
「そんな馬鹿な〜』
そんな中、先ほどまで自身の影に閉じ込められていたアルマはというと、師匠であり家族でもあるジエルの金言によって命を救われていたのであった!
______________________________
『ここで問題です!この世で一番戦いたく無い敵はだーれだ?』
『巨大な敵?ドラゴン?違うわ!正解は…闇魔法使いよ!』
『その理由は、闇魔法には弱点がないの!じゃあどうやって…?予想通りの返答ね!』
『ごめん!ごめん!おちょくってる訳じゃないのよ!」
『対処法は一つ…<打ち消す>よ』
『闇魔法の特性の一つに<侵食>があって、攻撃魔法なら肉体と精神両方。拘束を目的にした魔法なら文字通り拘束と精神攻撃…闇魔法は常に精神攻撃がセットなの!結論、闇魔法を打ち消すためには、精神系の魔法を使用して悪夢を打ち消す事よ!』
『…』
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アルマは影の中でとあるアイテムを口にしていた、それは『興奮剤』である。
興奮剤とはそれを摂取した人物の戦闘本能を呼び起こし、一時的に物理攻撃を上げることの出来るアイテムなのだ。しかしこのアイテムには短所が存在し、攻撃力を上がる代わりに、味方の存在を度外視して近くいる生命体全てに攻撃を繰り出してしまうのだ。
しかし!短所は長所でもある。このアイテムの効果が持続している間は、いかなる精神攻撃を無効化する事が可能なのだ!
ー 時は少し戻り…アルマが『興奮剤』の効果によって影魔法の拘束を退いた瞬間、アルマはすぐさま目の前にいるオーロクスを認識すると、素早くパチンコに火魔のカケラを二つ同時にセットすると、あっという間に火魔のカケラを二発同時に発射した…その後、全ての魔石が敵の腹部に直撃した!
「何なのだ奴は!?シャドーウォールを解除した思ったら懲りずに同じ事を何回も…まあいい!そんな痛くも痒くもない攻撃へでも無い…このまま死ね!」
「Mダスト!!」
オーロクスはアルマの連続魔法攻撃を全て喰らってしまったものの、致命傷を負うほどでは無いと判断し、そのまま中出力の影魔法『Mダスト』を自身に飛び掛かってきたアルマに向けて放った!
『グッシャリ!!』
『ギラリ!』
オーロクスがMダストをアルマに向けて放った瞬間、その行動を先読みしていたアルマは、自身の腹部に隠し持っていた魔石を破壊する為の攻撃を繰り出していた…すると!みるみる内にアルマの肉体が鋼へと変貌を遂げていた…
「ハハッは!懲りずまたメタルコートか!それはもう無意味だ!我の魔法は中型魔法!お前の魔法は低型魔法!我がMダストの魔力出力の方が優劣!お前の魔法効果は半減する」
オーロクスは、魔法に存在するランクによる優越が自身が放ったMダストの方が優位である事を理解した上で、勝利を確信していた。
「…」
しかし、現実は違っていた…
(…いや…何かおかしい…)
『!?!?』
「…違う…ただメタルコートじゃない??」
敵が動揺するのも当然、時間経過と共にアルマの形態変化が加速した…
「これはもしや…」
『…』
「やっと気づいたか?これは唯のメタルコートじゃない…”Mメタルコート”だ!」
何とアルマは、腹部に鋼魔法の元になる雷と土の魔石のカケラ。口の中にも鋼魔のカケラを既に仕込んで置いたのだった。
同時に砕かれた魔石カケラ達はアルマの内と外で共鳴を起こし、全身に中出力の補助系鋼魔法のMメタルコートの効果を付与することに成功した。
アルマの快進撃はまだ終わりでは無かった…Mメタルコート効果により、敵のMダストに怯む事なくオーロクスの懐にまで侵入した。
次の瞬間!秘密兵器を隠し持っていたアルマは、最上位の火魔法を使用できる”火魔の結晶”を二つ!オーロクスの腹部に同時に直撃させた!!
『ボ!』『ボボ!!』『ボボボ!!!』
「…やっと成功した!!」
特別な連携攻撃を成し遂げたアルマはすぐさまオーロクスから距離を置いていた…
「効かん!効かんぞ!!たった3回火魔法を我に与えただけでは、何の致命傷にもならない」
連続魔法を喰らったオーロクスは、アルマに受けたダメージを耐え抜いた自分自身に酔いしれていたが、その後自身に発生した超常現象により、オーロクスの驕りは一瞬で灰のように消し去っていった…
「どんなに足掻こうと、どんなに頭を捻らせても、所詮凡人!我ら十二死者の牙城を崩す事などあり得ないのだ!ははは…」
『……ボッ…ボッボ……ボボッボ』
「…」
「…ば…ばか…な」
火魔の結晶が砕け散った3秒後…
「ファイヤ…メガファイヤ…ギガファイヤ…全ての火魔が揃し時…その幻が姿を表す…」
「一人のキャラクターが1ターン中に同じ属性の魔法を、低出力…中出力…高出力の順に連続して同じ場所に順番通りにぶつける事により、”一人連携”が発動する…」
「それはもう、妄想ではない…現実だ!…発動しろ!」
「消滅魔法T・ファイヤ!!!」
「消えて!無くなれーーーー!」
『ギャぎゃーーーー』
オーロクスの腹部から発生した小さな火種は、焚べる物の出現により火力を一段ずつ丁寧に積み重ねていった…
その結果、三つの炎は足し算でも掛け算でも無く…輪廻のような交わりを発生させ、オーロクスを跡形もなく燃やし尽くしてしまった…
『シュン……』
「消滅魔法のやり方!赤い本に書いてあったぞ…ま!お前たちには読むことの出来ない文字だろうけどな!」
ー 幻の消滅魔法、Tファイヤにより未知の敵を激戦の末に討伐する事に成功したアルマは、すぐさまフロアの隅で倒れ込むジエルの元へ歩みを寄せた…
「大丈夫かジエル?俺…やったよ!何とか一人で敵を討伐出来たんだ!」
「…ん?大丈夫か?」
「…」
ジエルの異変に気づいたアルマは、ジエルの表情を確認するために、倒れるこむ彼女か顔を覗き込んだ…
「…ジエル?…?」
「…だれ…」
「…え?」
「…誰を……誰を討伐したって…」
『!?!?』
『グサっり!』
「…う…嘘だろ…?」
ぐったりと倒れ込んでいたジエルが徐に立ち上がり、自身の愛刀であるレイピア『アメジスト・セージ』で愛弟子のアルマの腹部を突如貫いた!
「お前…まさか?」
『サッ!』
「…」
”ジエル?”はアルマに刺さったアメジスト・セージを素早く抜き取ると、ボーッと天井を眺め始めた…
すると…ジエル?の髪の色が金色から黒色へと変貌を遂げた…
「どうだ?愛する者に殺される気持ちは?」
「我…このオーロクス様を冒涜した罪…万死に値する」