朝焼けの逢瀬
始めまして、あるいはお世話になっております。紅葉 紅羽と申します。
今回は『ライトノベル三題噺』の作品の一つとして、『夜明け 恋愛 無言』をテーマに盛り込んだ短編となっております。
朝焼けの中交わされるやり取り、是非最後までご覧いただけると幸いです。
「夜明け前のこの時間にしか現れないってさ、相当変わった趣味してるよね、君も」
「……」
暁の空を見つめながら、僕は隣に立つ少女に問いかける。少女が答えることは無い。ただずっと、僕の隣で同じ景色を見つめていた。
暁の空の中で、夜は消えていくべきものだ。必ず夜明けってのはやって来て、朝が新しい始まりを運んでくる。それは今の僕からするとうざったいものでしかないわけだけれど、それはまあそれとして。
「昨日はすげー雨でさ、そういう時に限って傘を持ってなくて――いつもだったら助けてくれる誰かがいるんだけどさ、ちょうど運が悪い事にそういう人もいなくてね。カバンを傘にしながら帰ったんだ」
「……」
雨に濡れる感覚っていうのはあまりいいものではない。できるなら濡れたくもないし、雨なんて僕が家を出ていないときに降ってしまえばいい。……雨は、正直嫌いだった。
「まあ、それでもここに来れてるからいいんだけどさ」
「……」
少女が何も答えないことをいいことに、僕はさらに話を続ける。かなり冷たい反応と思われるかもしれないが、まあこれでいいんだ。どっちかっていうと、冷たいのは相手の事情を鑑みずに話し続ける僕なわけで。立て板に水なんて言えば聞こえはいいけど、相手がついてこれないのは完全に僕のせいなんだ。
「……僕さ、朝焼けの空が好きだったんだよ。君にもそれは話したことがあるし、知ってくれてるはずでしょ?」
「……」
そのきっかけは、多分本当に子供のころだ。皆が見とれる夕焼けじゃなくて、なぜか僕は朝焼けに夢を見ていた。夜が一切合切なくなって、また新しい光が上る。なんていい事じゃないか……って、妙な感慨を覚えたモノだっけ。
「そんな僕が今じゃ朝焼けを嫌うようになったって言うんだから、本当に不思議なものだよ。……この時間じゃなきゃあ、君には会えないのに」
「……」
そう言いながら、僕は少女の横顔を見つめる。濡羽色の長い髪、何かを憂うような瞳。美人は三日で飽きるなんて言うけど、この顔を見飽きることなんて一生ないんじゃなかろうか。きっと見飽きた人はその人への思いがなくなっちゃっただけなんだ、多分。
僕はこの横顔が愛しくて、大切で仕方がない。この先もその顔が穏やかなものでありますように、幸せで彩られるものでありますように――なんて、ずっと願ってたものだっけ。
……だけど、君の横顔はずっと何かを憂いている。物も言わず、ただ朝焼けの空を見つめている。僕の事なんてまるで気にせずに、君はずっと何か違う世界の中にいるみたいだ。
「……君がイヤなこともつらいことも、僕が引き受けられれば良かったんだけどね」
「……」
この後悔も、よく考えたら遅すぎる。こんな朝焼けの時間に思うことじゃない。そういうことは、もっとはっきりした時間に誓うべきだったんだ。もっと違う時に、君の目の前で。
そうしたら、何か結果は変わったかもしれない。……そうしたら、もっと近くにいられたかもしれないのに。
「……っと、いけないいけない。君の前でしょげた顔ばっかしてちゃあいけないや」
「……」
何せ時間がない。朝焼けが消えて夜が完全に明けたと同時、この時間は終わってしまうんだから。せめてこの時間だけでも、楽しい時間を送りたいんだ。僕にとっても、君にとっても。
こうやって何回も時を過ごすにつれて、朝が来るまでの大体の時間は分かってきた。……その直感が、今日はもうそんなに長くないと告げている。
「朝がやってくる。新しい朝が、始まりがやって来る。……そこには、一体何があるのかな」
「……」
その時間を過ごす君の近くに、僕はいられないけれど。だけど、その時間が幸せだといいなあと思う。たとえ僕じゃない誰かの手によるものだとしても、大切な人には幸せになってほしいんだ。……きっと、それは不思議な感情じゃないだろう?
「……ああ、そろそろだね。朝焼けの時間が、終わってしまう」
「……」
太陽が東の空から顔を出して、朝がその始まりを告げに来る。それと同時に、僕達の時間は終わりだ。次にまた会えるのは、また太陽が一周しかけるころ。……次の、夜明けの時。
「それまでお別れ、か。一日なんてなんてことはないって思ってたけど、本当に長いんだよな……」
「……」
「でも、今日も君が元気でよかった。……明日合う時の君も、どうか元気でいてほしい」
終わりかけに詰め込むようにして、僕はメッセージをたくさんたくさん投げかける。当然のように、それに返事なんて来ない。それでいいと思ってるし、そうじゃなきゃいけない。それは確かに辛い事だけど、とっくにその覚悟はできて――
「――雄介」
「――っ」
いたはずなのに、そう呼ばれて僕の心臓が跳ねる。雄介。……僕の、名前。
「どうしたの優紀、何か辛い事でもあった? 君を苦しめることなんて、僕が全部――」
思わず感情が高ぶって、僕の口はどんどん回る。だけど、少女――優紀の視線は僕に向かず、ただ開け征く空を見つめている。僕にできることは、ただ次の言葉を待つだけだ。
どんな言葉だって良い。最低だって罵ってくれてもいい。ただ、僕は君からの言葉が欲しい。……それだけの願いで、僕は毎日ここにいる。
その願いが、今日こうやってかなうんだ。願った形じゃなくても、それは僕にとって福音で、救いで、一つの到達点で――
「……大好きだよ。今でも」
「……ッ‼」
――そんな考えが、柔らかい笑みとともに放たれた言葉にすべてかき消される。その言葉が僕の胸にもたらした感情は、どんな表現を使ったって陳腐なものになってしまうだろう。だから僕は、せめてその思いを言葉にして返そうとして――
――その瞬間、夜が明ける。僕と君の逢瀬が、終わる。
「――今日はここまで、か。せっかく、嬉しい言葉を貰ったのになあ」
夜と朝が混ざる時間に起きた奇跡は終わって、新しい現実がやって来る。それぞれに受け入れなければならない現実があって、僕達はそれを受け入れて生きていくしかない。
「……だから、今日はさよなら。また、明日ね」
遠ざかっていく優紀の姿を見つめて、僕は大きく手を振る。その姿が見えなくなるまで、ずっとずっと。……そしてその姿が見えなくなったことを確認してから、俺は自分の姿を、現実を直視した。
「……まったく、本当に」
野暮ったい髪形に、センスの欠片もない黒ぶち眼鏡。これと言って特徴もないような僕に、よく優紀はほれ込んでくれたものだ。
「本当に、僕は……」
服装も決してセンスがある物じゃない。ただただ無難に、波が立たないようにって仕上げてきたつもりだ。……ああでも、一つだけ特徴があったか。
「……一体僕は、誰に殺されたんだろうね?」
僕の胴体には、僕の命を奪った包丁が不格好に突き刺さったままだ。まさか死んだ当時の服装のママ幽霊になるなんて、この世の幽霊業界はそこそこ不親切な物らしい。
僕は幽霊。優紀は今を生きる人間。絶対に、もう交われない。冷たいのは僕の体で、交わらないのは此岸と彼岸。そりゃそうだよな、交わったら大変なことになるんだから。
奇跡なんてものは起こらない。僕と優紀の運命はもはや断絶されて、僕達が真正面から言葉を交わすことはもうないって断言しても良いだろう。……だけど、僕はまだ、優紀のことを忘れていない。
「……だからまた明日、この場所で」
優紀はまたここに来るだろう。生前に二人で眺めた景色を思って、独りで何かを思い続けるのだろう。その隣に立つことしか、僕はできないけれど。
――いつかこの場所が要らなくなるまで、僕はこの場所に居続ける。それが、不格好な僕にできる唯一の誓いだ。もうどんな言葉も、優紀には届かないけれど――
「……愛してるよ、優紀」
そう呟いて、朝に飲まれて薄らいでいく意識に身を委ねる。――今日もまた、一日が始まった。
――ということで、いかがでしたでしょうか。叙述トリックというものに挑戦するのは初めてだったのですが、皆様騙されてくれたでしょうか。それとも目の肥えた読者様は見抜いてしまったでしょうか。そう言ったご意見ともども、ご感想としていただけると僕としても嬉しいです。
今回は短編をお届けしましたが、普段はライトノベルの長編を中心に投稿しております。『三題噺』のテーマに沿った小説ももう一本投稿されると思いますので、是非様々な作品をご覧いただければと思います!
――では、またどこか別の舞台でお会いできることを楽しみにしております!




