アレンの不安
「あ、レイヴン!!」
「んぁ?」
実践向き魔法の授業をすることになって、私が聖・闇・水・風魔法を、レイヴンが炎、雷、土、氷魔法を教えるように分担した私たち。
夕方まで続けられた授業の終わりに「あー疲れた」と肩をトントン叩きながら訓練場を出ようとするレイヴンを、私はすぐさま呼び止めた。
「アレンは……、元気ですか?」
しばらく会っていないうえ、昨日もバタバタしていて会えなかったし、少し心配だ。
私が尋ねるとレイヴンは少し表情を曇らせてから、
「あぁ……まぁ、元気、ではねぇな。顔色が悪い」と答えた。
やっぱり……。
「ヒーラーに治癒魔法をかけてもらってもダメなんだ。顔色は良くなるわけでもなく毎日フラフラで……。よく倒れては医務室に運ばれてる」
悪化してる……。
ヒーラーの弱い魔力じゃ抑えられるはずがない。
なんてったって魔王なんだから。
急いで聖魔法で抑制しないと。
「ありがとうございます!! ちょっと行ってきますね!!」
「あ、おい!! あいつなら今自分の部屋で休んでるぞー」
「はぁーい」
後ろ手にレイヴンへと手を振り返事をしてから、私は急いでアレンの部屋へと向かった。
この学園の教師は大体グローリアス学園の一部に部屋を構えている。
家庭のある人は自宅から通っている人もいるけれど、それ以外は大体学園で暮らしているみたい。
先生の部屋は学園向かって右側、第1棟の1番上、4階の一番奥。
レイヴンは一個下の3階。
アレンは反対の第2棟の2階、図書室の隣だ。
私は教室のある中央棟から渡り廊下を渡って、第2棟へと渡る。
過去ではシリル君と毎日のように通っていた図書室なのに、妙に懐かしく感じながら、私はその隣のアレン部屋の扉を軽く叩いた。
「ヒメです。アレン、少し良いですか?」
「──ヒメ? どうぞ、入って」
張りのない声が扉越しに聞こえ、私は「失礼します」と言って部屋へと入っていった。
中の広さは先生の部屋と同じくらい。
先生の部屋はグレーの壁紙を基調とした大人っぽい部屋で、入ってすぐの部屋の隅にベッドが置いてあるけれど、アレンの部屋はライトブランを貴重にした落ち着いた部屋で、そこにベッドはない。
ソファとローテーブルという応接セットと、端の方に簡易キッチンや戸棚があるくらい。
「奥だよー」
どこにいるんだろう、とあたりを見渡していると、正面の扉の奥から声がかかる。
あ、続き部屋。
奥の部屋が寝室なのね。
そうか、先生の部屋の寝室部分は元は開かずの部屋。
今は私の部屋になってるから、先生は入ってすぐの部屋にベッドを置いてるのね。
突然に突撃してくる人がいるにもかかわらず。
なんか申し訳ない。
なんならもう一緒に寝るように提案してみようかな。
……いや、やめよう、目で射殺される。
先生には鍵をかけることを覚えてもらおう。
「失礼しまーす」
躊躇いつつも寝室の方へ進むと、ベッドの上で青白い顔をしたアレンが、身体を起こして迎えてくれた。
「あ、アレン!! 寝ててください!!」
顔色悪すぎる……。
やっぱり前にかけた聖魔法が薄れてきたんだ。
継続してかけなきゃ、聖女ではない私にはずっと押し込めることはできないか……。
「大丈夫だよ。ヒメの顔を見たら元気になったから」
「そんな青白い顔して何言ってんですか!!」
私はアレンに駆け寄って彼を布団の中へと押し戻す。
「ごめん、せっかくヒメが初めてここまできてくれたっていうのに」
「大丈夫です!! すぐ帰りますんで!! うちの先生が嫉妬しちゃうので!!」
「ふふ、相変わらずだね、君は」
いつものアレンのようだけれど、やっぱり声が弱々しい。
早くしないと。
「ちょっと失礼しますね」
私はベッドの脇に座り込むと、アレンの細い手を両手で握った。
「ヒメ?」
不思議そうに私を見るアレン。
大丈夫。
すぐに楽になるから。
私はアレンの手に向けて、自分の中の聖魔法をゆっくりと流し込んでいく。
サラサラとした魔力の水が注がれていくけれど、奥に行くにつれて流れがゆっくりになってきた。
きっと奥の方がすでに闇に侵食されてるんだ。
私は聖魔法をさらに注ぎ込み、少しずつアレンの奥の闇を溶かしていった。
1番流れが悪い場所が貫通すると、また流れは一定の速さを取り戻し、彼の中の悪いものを一時的に押し込めることができたようで、アレンの顔色もみるみるうちに血色を取り戻していった。
「なんだか楽になってきた……!!」
驚きながらゆっくりと起き上がり、先ほどまで私が握っていた自分の手をまじまじと見るアレン。
「これで大丈夫。また定期的に治癒させてくださいね」
じゃ、私はこれで、と立ち上がったその時、
「待って!」
とアレンの細く冷たい手が私の腕を掴んだ。
「アレン?」
「僕は……何なの?」
不安げに揺れる、エリーゼと同じアメジストの瞳。
「声がするんだ。時々。何か誘うような……。そちらに行ってはいけないって、本能ではわかっているのに、抗えなくなる。僕の中は、いったいどうなっているの?」
必死で抵抗しようとしていても、限界だったんだ。
不安も当然か……。
でも、ここで本人に、あなたの中に魔王が入ってます、なんて言えるわけが無い。
私はせめて安心させるように、ふにゃりと笑って「大丈夫です」と答えた。
「アレンは少し頑張りすぎているから、身体の中の魔力が安定できていないんだと思います。だから、私に時々こうやって流れを良くさせて下さい。時が来るまで…。大丈夫。もうすぐですから。それまで、もう少しだけ、待っていてください」
耐えろ、というのは酷な話だ。
でもそれしか道がないのだから、私はただ耐えろと言う。
必ず何とかしてみせるから。
「…………わかった。ありがとう、ヒメ。お世話になるよ」
そう言っていつもの穏やかな笑みを見せてくれたアレンに、私も微笑み返して、彼の部屋を後にした。
地味に人気なアレンさんのお話でした!!
景華は最近、彼こそ真のヒロインなんじゃないかと疑っております。笑




