一 帝城侵入
それから五日間もの間、一行は西を目指して進み続けた。
そしてやってきたのは、地図で見ると西の大陸の最西端に位置する都市――帝都。
帝都の中央、そこに銀色に輝く美しい城、帝城がそそり立っていた。
「ねえ、早速帝城へ行きましょう。一刻も早くよ!」
そう急くヴァレリアに、オーロラはあくまでゆったりとした口調で言った。
「まだ陽が高いうちはだめです。夜になってからこっそり侵入しましょう。……それまでに揃えなければならない物もたくさんありますしね」
はやる気持ちをグッと堪え、ヴァレリアは頷く。
トビーもベルも「それがいい」と反論しなかったので、とりあえず帝都の商店街へ行ってみることになった。
商店街は非常に賑わっていて、互いの肩とかたがぶつかりそうなくらいに人が行き交っていた。
黒豹であるチェルナに乗っているためか、ヴァレリアたちはすごく変な目で見られている気がする。恥ずかしい。
「それにしても揃えなきゃいけない物って何なの?」
ふと気になって訊ねてみると、
「防具です」
と意外な答えが返ってきた。
「え、どうして? その深緑色のドレスじゃだめなの?」
「簡単なことです。こんなフリフリのドレスでは動きづらいでしょう? 帝城には激戦が予想されます。ですからできるだけ身軽な鎧と、攻撃を受けにくい盾も必要です」
さすがに中将の娘は考え方が違う。
皇帝との戦闘に臨むと言うことを簡単に考えていた。生きるか死ぬかの戦いになるはずなのだ。
「……着いたみたいだね」
「うわあ! レリア見て、すっごいの!」
ベルがはしゃぎ、指差すのは武具屋だ。
チェルナから降りて中をよく見てみると、剣から弓から鎧から兜から、様々な物が置いてあった。
「いらっしゃい。おっ、可愛いお嬢ちゃんたちじゃないのさ。何をお買い上げだい?」
初老の女店主が、明るい笑みでそう問うてくる。
すると金髪の少女は壁にかけられていた鎧を手に取った。
「これをお願いします」
青銅製のそれは軽く薄く、それでいて硬い。「お目が高いねえ」と店主も認める上質な武具のようだ。
一方のベルは店の奥へ走り、一つの盾を胸に抱えた。「ベル、これにするの」
獣皮の盾だが、ある程度の強度はあるし、小柄な彼女にはちょうどいいだろう。
トビーも適当な鉄製の鎧と盾を見つくろっていた。
「君は何を買うつもりなんだい? さすがに無手では戦えないよね?」
「そうね……。鎧は重たいし、これにしようかしら」
そう言ってヴァレリアは木の盾を掴んだ。
別に高価でも良質な品でもなさそうだが、使いやすそうである。
一連の武具はかなり高くついたが、ケチってはいられないので仕方ない。
外に出て装備してみた。
「ロラ、とっても似合ってるの! 青銅がピカピカして綺麗なの!」
「ベルさんもなかなか様になっていますよ。トビーは少し重そうですね?」
「うん、重たい……。けどまあ、なんとかいけるかな」
オーロラもトビーも、将軍の子供だからなのか、それぞれ鎧が様になっていた。
ヴァレリアとベルは相変わらず普段と同じで、赤いドレスと空色のワンピース姿だ。
「これで準備は整ったってところかしら?」
「そうですね。……日暮れが近いです。戦いへ赴く前に、軽く夕食を取りましょう」
「困ったことになったの……」
あれから約半時間後。
街の隅っこで夕食を取りながら、四人は険しい顔で話をしていた。
「今夜行くべきじゃないよ。だってさ、今日は厳戒態勢ってことでしょ? 勝てるわけ、ないよ」
「何を弱気になってるのよ! だからこそ、行かなくちゃならないんでしょ!」
言い争っている理由――。それは、街で聞いた噂話にある。
どうやら今夜、帝城でパーティーが開かれるらしいのだ。
なんと、そのパーティーは新しい皇帝と妃の結婚式だという。つまり――。
「妃はプリアンナのことに違いないわ。皇帝の野郎がプリアンナを無理やりに娶ろうとしてるのよ! そんなのを放っておけるわけないわ。今夜行くべきよ。止めないといけないもの」
トビーはかなり怖気があるようだが、オーロラは「そうですね」と頷き、
「確かに厳戒態勢であろうことは充分に予想できることです。ですが、それならなおさら今晩でなければなりません。わかりますでしょう、トビー?」
と宥めるようにして言いくるめてしまった。
「ベルも賛成なの! レリアの妹を助け出すの! 頑張って戦うの!」
ベルは飛び抜けて張りきっている。ありがたいことだ。
「さて、夕食も終わったことだし……行きましょう、帝城へ!」
気づくともう陽は暮れていた。
パーティーがあるから人の出入りが多いのかと思いきや、意外とひっそりしている。
門の前では十人以上の腕っ節の兵士が睨みを効かせていた。
他に入口がないので、ここから入るしかないだろう。
黒豹チェルナは、ゆっくりと大きな城門へ近寄る。
すると兵士の一人が気づいてこちらへ鋭い視線を向けた。
「お前たち、何のつもりだ?」
そう問われ、ヴァレリアは口角を歪め不気味に笑って見せる。
「大事な用事があるの。お城へ入りたいのだけれどいいかしら?」
「だめだ」だが、兵士は間髪を入れず首を振る。
「今日は皇帝陛下の大切な式典の日。余所者は城内に入れぬようにと命じられているのだ。とっとと帰った帰っ……」
「あら、そう。――残念だわ」
一行を手で追い払おうとした兵士。その瞬間、彼の首に赤い宝剣が突き立っていた。
「言ったでしょう。今日は大事な用事なの。だから、強行突破させてもらうわ!」
「こ、この女っ」
血相を変えた帝国兵どもが、一斉にヴァレリア目がけて飛びかかってくる。だが――。
「失礼します。これ以上騒ぎを大ごとにしたくありませんので」
と言って笑うオーロラの手にする鉄球によって、一人残らず頭を打ち砕かれていた。
「えええ! ロラすごすぎるの! 怪力怪人級なの!」
「オーロラは昔からそうなんだよ。僕なんかよりずっと強いんだ」
入口の見張りの突破は一瞬にして成功。
でも次の課題がある。
「この門……どうやって突き破ろうかしら」
城門は固く、高い。いくら怪力のチェルナでも門を飛び越えることはできないだろう。
ヴァレリアが思案していると、「はい!」とベルが手を挙げた。
「ベルが! ベルがやるの! 見ててなの、ベルの力を!」
彼女は黒豹から飛び降り、前に出る。
そしてどこから取り出したのか、小金槌を大きく振り上げ――門へ叩きつけた。
「え!?」
トビーの悲鳴と同時に、門がぐらりと揺れる。そのままバタンと、轟音を立てながら崩れ落ちた。
「やり過ぎたみたいなの。えへへ」
舌を出して笑うベル。だが、そんなことを言っている場合じゃない。
「えへへ、じゃ、ないわよ! 何してるのよ人がきちゃうじゃないのもう!」
長い赤髪を揺すり、ヴァレリアは顔を真っ赤にして怒る。
だって、せっかくできる限りこっそり忍びこもうとしていたのに台なしではないか。
「まあまあ。ベルさんはまだ使い慣れていないんですよ、だってはじめてですもの。……仕方ありません、ともかく中へ入りましょう」
「……あ、やっぱりきちゃったよ」
そうため息を漏らすトビーが指差す先、そこに慌てた様子で駆けてくる兵士の姿がある。
ヴァレリアも内心舌打ちしつつ、宝剣を構えた。
「いくわよ!」
チェルナが軽やかに城門をくぐり抜ける。
こうして、ロンダ帝城での戦いが幕を開けたのである。




