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五 決死の海渡り

 次の朝、空はすっきりと晴れ渡っていた。


「今日もいい天気ね」


「そうですね」


 船は今もゆっくりと進んでおり、双子が二人でオールを漕いでいる。

 ヴァレリアは先頭に立ち、何か怪しい物はないかと目を光らせていた。


 波は依然として高く、船がグラングランと揺れて気を抜いたらこけてしまいそうだ。


 ヴァレリアはちらと地図を確認。

 現在、東西の大陸のはざま、中間地点よりやや東寄りの場所にいる。

 目指す方向は真西、西の大陸の海岸だ。


「そのまままっすぐ船を進めて」


「わかりました!」


「ねえ君、代わってくれないかな。僕腕がパンパンだよ」


 泣き言を言うトビーを、「男の子でしょ。しっかりしなさい」と叱りつけ、ヴァレリアはふたたび海を眺める。

 ザブンザブンと音を立てて揺れる海。無数の魚が飛び跳ね、イルマーレ王国のことを思い出してしまう。


「あの国に帰りたいわ……」


 青い海、魚が泳ぎ回る深海の世界、王城、親しい人魚たち。

 そして、お母様――アントニオ女王の顔を思い浮かべる。

 彼女はきっと、ヴァレリアとプリアンナ、二人の娘のことを心配しているのだろう。

 母にはどれだけの迷惑をかけているか計り知れない。だからプリアンナと一緒に必ず帰還して、少しでも報いたい。


「何を考えているんですか?」


「ああ、ちょっとね。イルマーレのことを」


「イルマーレ。……海の王国のことですか?」


「そうよ。とても綺麗で、美しいの」


 そう言うヴァレリアに、オーロラはうっとりと微笑んで言った。


「わたくしも一度、行ってみたいです。憧れの人魚の方々が暮らしているなんて、考えるだけで夢みたいですもの」


「そう? じゃあいいわ。すべて片づいたら連れて行ってあげるわね」


「ありがとうございます! トビーもいいでしょう?」


「ぼ、僕は……」


 困ったような顔をするトビーをよそに、オーロラは大はしゃぎである。


「ああ、楽しみです。今からソワソワしてしまうくらいに」


 きっと無事に何もかもが終わったら、約束を果たそう。そう心に誓い、ヴァレリアは海に向き直ったその瞬間。

 ――ふと空を見上げ、視界に飛びこんできた物を見て彼女は絶句する。

 そこに、明らかに異常な、漆黒の雲が広がっていたからだ。しかも目に見えて、どんどんこちらへ近づいてきていた。


「ガルルルル」毛を逆立たせ、チェルナが突然に威嚇の声を上げる。


 双子も突然の異常事態に気づいて、オーロラはため息を漏らし、トビーは狼狽え出した。


「これって明らかに、『暗雲立ちこめる』って感じなんだけど……」


「嵐になりそうですね。……さて、どうしましょうか」


 直後、ぽつりぽつりと雨が降りはじめる。しかしそれもすぐに、土砂降りへと変わった。

 容赦なく船を叩きつける雨のお次は、ビカビカッと空に閃光が走り、悍ましい音を立てて何かがまっすぐに海へ落ちる。


「きゃっ。あ、あれは何なの?」


「あれは雷です。あたれば船が全壊するどころか、わたくしたちの命もありません!」


 ゴロゴロ、ゴロゴロ。

 雷と呼ばれるらしいそれは一度鳴ったら止まらず、黒い雲の隙間から飛び出して、何度も何度も海へと降り注ぐ。あまりの恐ろしさにヴァレリアは悲鳴を上げ、トビーなどうずくまって頭を抱えこんでしまった。


 風も一段と強く、波も高くなって、船が大きく揺れる。


「ミャアッ」


 怖がるチェルナの鳴き声も、ヴァレリアには届かない。

 猛烈な雨が真っ赤なドレスをずぶ濡れにし、暴風がヴァレリアの長い赤毛を揺する。雷はバリバリと音を立てて船のすぐ近くに落ち、船が絶え間なくグラングラン揺れた。


 『暴海季』。その恐ろしさを、このとき彼女たちは、はじめて味わった。


 バシャバシャ。ゴロゴロバリバリ。ビュービュワン、ザブンザッブン。様々な音が不協和音を奏で、荒れ狂う。


「このままでは船があらぬ方向へ流されてしまいます! トビー、一緒に漕ぎますよ!」


 だが、だめだ。トビーはうずくまったままで全然訊いていない。


「ヴァレリアさん!」


「わかったわ!」


 船の上、転びそうになりながら走り、ヴァレリアはオーロラの元へ。そしてオールを握り、船を漕ぎはじめた。

 昨日彼女はあまり漕ぎ手としての練習をしていなかったのだが、見ていればある程度のコツはわかるものなのだ。


 嵐の中を、小型漁船がえっちらおっちら、頼りなく進む。

 波に押し戻されては抗い、漕いで漕いで漕ぎ続ける。


「でもだめだわ! 風がきつすぎる!」


 二人で一生懸命操縦するが、この嵐ではもはや何の意味もない。船は暴風に流され、流され、流され続けて――。


「――あ」


 大きな衝撃とともに、巨岩と激突した。





 海から顔を突き出す、灰色の巨岩。

 普通なら余裕で避けられるそれが、操縦不可能の船と衝突し、船底に穴を開けた。


「わ、わあ」


 穴から大量の海水が溢れ出し、すでに暴雨で水浸しの船をさらに水で満たしていく。

 やがて船はゆっくりと沈みはじめる。


「ああ、三十万ロンの船がぁ……。お、オーロラ、どうしたら!」


 叫ぶトビーに、オーロラは決死の表情で言った。「海に飛びこみます」


「でも!」


 人間は人魚と違って泳げないはずだ。泳げないのでは溺れてしまうではないか。


「このまま船が沈んでも同じことです! さあ早く!」


 オーロラに手を引かれ、ヴァレリアたちは海へ。

 チェルナも後を追った。


 久々の海は心地よい――と言いたいところだが、そうも言ってはいられない。

 ヴァレリアの四方には白い閃光が輝き、ともすればこちらを焼きつくさんとしているからだ。


 脅威はそれだけではない。


「あぷっ。あ、ぶ、おぷ」

「ごぷっ。お、ぷ、あぷ」


 やはり人間には『暴海』は厳しいらしく、オーロラもトビーも苦しげに呼吸を求め、四肢をバタバタさせていた。

 チェルナも水が嫌いなのだろう、「ガルルルル」と呻き、もがいている。

 それを見かねてヴァレリアは二人を引っ捕まえて、チェルナとトビーを自分の背の上に、オーロラの手を引いて泳ぎ出す。

 泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。泳ぐ。

 尻尾をくねらせる。身を美しくよじり、水をかきわける。

 西を目指して泳ぐ。雷から、嵐から逃げるようにして暴れ海を泳ぎ進んだ。

 しかし――。


「ああ!」


 大波がヴァレリアの小柄な体を軽々と持ち上げ、宙へ放り投げる。そしてそのまま土砂降りの雨が彼女を海面へ叩き落とした。

 そして、チェルナとトビーが一緒になって背中からずり落ち、オーロラと繋いでいた手が離れてしまったのである。


「オーロラ、トビー、チェルナ!!」


 絶叫し、彼らの元へ行こうとするヴァレリア。だが、暴風雨と波に阻まれてしまい、将ことができない。

 一方の二人は、なすすべなく海を流されて行く。


「ヴァレリア、あぷっ、さん!」


 オーロラの声が届いたと同時に、彼らの姿は波に呑まれ、見えなくなってしまった。


「ああ」


 このままでは、オーロラもトビーも、それにチェルナだって溺れ死んでしまう。

 ヴァレリアがそばにいなければならないのに。どうしたら、どうしたらいい。

 私には何ができるの、そう自問しながら波に抗い、泳ぐ。

 けれど進めない。でも、


「諦めないわ! 絶対に! おりゃりゃああああああ!」


 なんとかかんとか波を乗り越えた、そのとき。


 漆黒の空が、眩く輝いた。

 ゴロゴロゴロゴロゴロ。轟音を立て、閃光が迸る。


「ああっ!」

「わあっ!」


 悲鳴。

 海の彼方、そこでもがき苦しむ仲間たちの方へと、雷がまっすぐ落ちていく。


「だめ!」


 叫んでも無意味だ。あまりにも遠過ぎる。

 そのまま雷が彼らの命を焼き尽くす――寸前。


 青い何かがはぜ、オーロラたちを海へ引きこんだ。





 息が苦しい。息が苦しい息が苦しい助けて誰か助けて。苦しい死ぬ死にたくない死にたくない死にたくない――。


 海に投げ出されたトビーは、しょっぱい海水を呑み、むせ返りながら、呼吸を求めて口をパクパクさせていた。

 息が充分に肺に入ってこない。苦しい。一体自分は今どうなっているのだろう。どうして自分はこんなに苦しまなければならないのか。

 オーロラはどこだろう。近くにいるのはわかるが、無事なのかどうか、確認する体力がない。


 溺れる。溺れてしまう。こんなところで死ぬのは嫌だ。息が苦しい。あの人魚はきてくれないのだろうか。お願いだから……。


 その瞬間、空が光った。

 あ、と思う隙間もなく、雷がこちらへ向かって一直線に落ちてくる。


 焼かれる。焼け死んでしまう。


 そう思ったとき、声が、した。


「危なーいっ」


 そしてトビーの体が、突如、海に沈められる。

 息苦しさの中目を開けて見ると、トビーの目の前に、女性の柔らかな胸部があった。


「うわあ!」


 思わずのけぞり、声を上げるトビー。

 胸部はブラジャーをしているものの、なかば丸出しになっており、男の子的にやばい感じだったのである。


「暴れないでー。いい子いい子ー」


 そう言っている間にも潜っている。水の中へ深く、深く潜る。

 だがすぐに上昇し、水面から顔を突き出した。


「ふぅ、ふぅ」


 やっと許された呼吸に、トビーは大きく胸を息をついた。

 なんとか窒息死の危険を脱した彼だが、ほっとしている暇はない。


「き、君、誰なんだ?」


 女性の片腕にきつく抱きかかえられているらしい身をよじり、顔を上げて相手を見る。

 ――そこに、美しく整った顔があった。


「アタシっ? アタシねっ、ブルノっていうんだっ」


 そう笑うのは、藍色髪の女性だ。

 否、ただの女性ではない。それは下半身の感覚でわかる。

 トビーの足が、人間の足ではない硬い鱗に触れていたのだ。

 つまり彼女は――。


「人魚!?」


「まっ、わかるなんてすごいっ。人間って人魚のこと、見ないで気づけるんだっ! 驚きっ。あっ、言ってる場合じゃなかったねっ。そっちの人間ちゃんも大丈夫っ?」


「ええ。大丈夫です。またもや人魚にお会いできるなんて、感激です!」


 女性――人魚ブルノの姿に、緑瞳を輝かせて答えるオーロラ。でもそんな彼女とは違って、トビーは驚きに声を漏らす。


「どうし、て、人魚が……?」


 頭が朦朧として、よくわからない。その疑問たちは、すぐにどうでも良くなってしまった。

 遠くで叫び声が聞こえた。


「あなた……、もしかしてブルノ!?」


 聞き覚えのある声。恐らくヴァレリアのものだろうか。

 息ができると安堵した瞬間、なんだか意識が遠くなってきた。


 このまま僕、気を失うんだな。情けない。


 最後にそう思って、トビーは目を閉じた。





「あなた……、もしかしてブルノ!?」


 荒れ狂う海に突然現れた藍色の女を見た瞬間、ヴァレリアは驚きに目を丸くする。

 だって彼女のことを、ヴァレリアは知っていたからだ。


 ブルノ。それが、彼女の名前。

 ブルノは昔、イルマーレ王城で召使として働いていた人魚だ。ヴァレリアが幼かった頃から近くにい続けていた。

 だが三年前、子供ができたとかで職を退き、長らく会っていなかった旧友だった。


「あっ、聞いたことのある声だっ。もしかしてヴァレリア姫様っ!?」


 こちらを向いた人魚、ブルノの表情が、パッと明るくなった。


「そうよ。ブルノ、どうしてここに!」


「暴海』を必死で泳ぎ、ヴァレリアはブルノたちの元へ。

 見ると、ブルノの両腕にはそれぞれオーロラとトビーが、首にはチェルナが引っかけられていた。


「ああ、無事でよかった。……トビー?」


 トビーの顔が蒼白なことに気づき、ヴァレリアは首を傾げる。

 彼女の疑問に答えるのは藍色の人魚だ。


「どうやら気を失っちゃってるだけみたいだよっ。心配いらないっ、男の子なんだからさっ」


「……そうなの。ところでブルノ、どうしてこんなところに」


 旧友との思わぬ再会。だが状況はそれを懐かしんでいることを許してはくれないらしい。

 いまだ暴風雨は吹き荒れ続け、鳴り止まぬ雷鳴が轟いている。


「とにかく今は嵐から逃れる方が先だよっ、姫様っ。さっ、ちょっと乱暴に泳ぐけどっ、腕の人間ちゃんと背中の動物ちゃんっ、大丈夫っ?」


 相変わらずブルノの腕に抱きかかえられたままのオーロラはこくりと頷いた。


「大丈夫です。遠慮なく泳いでください」


「ガルルルルルル」


「よし。じゃあ色々気になることはあるけれど今は集中。……西の大陸まで泳ぐわよ!」





 荒れ狂う海を、ブルノと一緒になって泳ぐ。

 大波がきてもなんのその、見事な泳法を見せて乗りきった。


「これこそ人魚の本領発揮よ!」


 ブルノから受け取り、背中に乗せたトビーもやがて目覚めた。

「あ、僕……」とかなんとか言いながら顔をもじもじしているが、構っている余裕はない。迫りくる発光から逃げなければならないのだ。


 泳ぐ。泳ぐ。暴雨の中を、吹き荒れる風の中を、泳ぎ続けた。


 そして――。


「見てください、あれ!」


 オーロラの叫び声でふと前を向いて、ヴァレリアは息を呑む。

 だってそこには、あんなに遠くにあったはずの西の大陸が広がっていたのだから。

 おまけに荒れ狂っていた海は鎮まり、空はすっかり晴れ渡っていた。


「抜けた……んだね」


 背上のトビーが呟く。――その直後、ヴァレリアが突然に海中へ潜ったので、彼は息ができなくなった。「ごぼっ、ごぼ」


 そんなのは知ったことかとばかりに、ヴァレリアは水中を矢のような速さで進む。

 そしてあっという間に、海岸へたどり着き、手をかけた。


「よいしょっ」


 腕に力をこめて思いきりのし上がる。海から上陸するのは、これで人生二度目だ。


「ふぅ」


「き、君。ひどいじゃないか、僕のこと無視して! また死ぬかと思ったよ!」


 背中の後から聞こえる抗議の声に、ヴァレリアはトビーを地面に下ろした。


「これでいいでしょう? さああなたも喜びなさいよ!」


「あ……う、ん」


 そこへ、背後から元気な声がかかった。


「ヴァレリア姫様っ、待ってよっ」


 そう言いながら、猛烈な勢いでブルノがやってくる。そして彼女はヴァレリアの傍に身を乗り上げた。


「はあ。ようやくですね。……到着しましたか」


 オーロラもチェルナも、ちゃんと無事だ。

 それだけ確認すると、ヴァレリアはそっと微笑んだのだった。





「じゃあ話をしましょう。ブルノ、どうして私たちを助けてくれたの?」


 場所は変わらず、やっとこさやってきた海岸。

 そこで赤い人魚と藍色の人魚が向かい合い、双子姉弟も座りこんで話している。

 もちろんチェルナも一緒だ。


「えっ? あっ、たまたま居合わせたんでっ。アタシっ、人間だとしても見放すことできない性格なんでっ」


 元気いっぱいにそう答えて短い藍色髪を激しく揺する人魚、ブルノ。

 年齢は二十歳ほどなのに、まるで少女のようだとヴァレリアは思った。


「あなたのそういう性格は好きよ。先ほどはありがとう。とても助かったわ。……けれど気になることがあるわ。あんな暴れ海にいたのはなぜ? イルマーレ王国にいたんじゃないの?」


「えっとっ、この前っ、すっごい血の惨劇があったじゃないっ。あのとき、アタシっ、避難したんだっ。でっ、戻ろうと思ってたけど怖いじゃんっ。だからっ、ここら辺の海でうろうろしてたんだっ。そしたらヴァレリア姫様たちとばったりっ。もうびっくりしちゃったっ!」


「……そういうことなのね。大丈夫そうで何よりだわ」


 紺色の鱗で覆われた尾っぽをくねらせて、「うんっ!」とブルノはなぜか大はしゃぎ。

 一方、話に取り残される形となったオーロラがそっと手を挙げた。


「改めて、ありがとうございました。何もお礼ができないことが残念です。……ところでですが、ブルノさんはこれからいかがなさるおつもりですか?」


「とっ、言うとっ?」


「つまり、わたくしたちに協力してくださるのですか? それとも海にお帰りになるのですか?」


 投げかけられる問いに、藍色の人魚は「うーんっ」と唸る。


「アタシは別にっ、どっちでもいいよっ? 姫様、どっちがいいっ?」


 ヴァレリアは本当は、ブルノと一緒に旅がしたいと思わないではなかった。

 親しかった旧友と再会できたのだ。ともにありたいという気持ちはある。けれど、旧友だからこそ、危険にはあわせられなかった。


「ブルノ、悪いけどあなたにはイルマーレに戻ってもらうわ。……お母様のこと、お願いね?」


「はいっ、わかったっ!! ならアタシっ、お役目任されたよっ。王国に帰るねっ!」


 濃紺色の瞳を輝かせて、ブルノが元気いっぱいに叫んだ。

 その様子を見て、ヴァレリアはほっと胸をなで下ろす。

 最悪、無理やり「連れてってっ!」とか言われて仲間にせざるを得ない――なんてことも考えていたのだ。


「じゃっ、早速っ、アタシ帰らせてもらうねっ。人間ちゃんと人間くん、豹ちゃんも元気でねっ!」


「はい。どうぞお元気で」

「……よくわからないけど、さっきは助けてくれてありがとう。気をつけて」


 双子姉妹に手を振られ、藍色の美貌が真っ青な海へ消えていく。

 その様子を見送りながら、ヴァレリアは呟いた。


「帰ったらきちんとお礼をしなくちゃ。話したいこともたくさんあるし、見せたものもいっぱいよ」


 だから――。


「待っててね。必ず戻るわ、ブルノ。そのときにまた会いましょう」





 ――それからしばらくして。

 黒豹にまたがる一行は、海を背にしてゆっくりと浜辺を進んでいた。


「今日は死ぬかと思ったよ、本気で」


「それは前も言ってたわよ? 私たち、これからどのくらい大変な目に遭うのかしらね」


 水に濡れた赤毛を揺らしながら、ヴァレリアがくすくすと笑う。

 笑いごとではないのだが、彼女の気分は非常に明るかった。……懐かしい友だちと会えた上、無事に『暴海季』の海を乗り越えたのだ。それだけで充分ではないか。


「そうですね。……さあ、そろそろ村ですね」


 オーロラの指差す方向、そこには小さな村がある。

 あそこが今日の目的地である海辺の漁村、アンドレだ。


「はあ。今日はたくさん泳いだから疲れたわ。……早く村へ言って眠りましょう」


「僕も大賛成だよ」

「わたくしも賛成です」


 そんなことを言いながら、村へ足を踏み入れる。

 そして直後――目にした光景を見て、一同は唖然となるしかない。





 ――そこに、血と肉の惨状が広がっていたからである。

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