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三 惑い森の絆

「オーロラ、いたら返事して!」

「オーロラ! チェルナ!」


 それから半時間後、ヴァレリアとトビーは当てもなく、森の中を彷徨っていた。

「早くオーロラたちと合流しなくちゃ」ということで合意し、彼女らの名を呼んで歩いているのである。

 しかしどれほど行っても一向に相手からの返答はなく、依然としてあたりは暗く、何も見えないままだ。


「どうしたらいいのかしら……」


 歩きながら、ヴァレリアは思案する。

 このままでは何にもならない。早く森を出てみてはどうか、という考えが浮かんだ。

 しかしそれはできないと首を振る。……実は今、彼女たち自身もどちらの方向に歩いているのかわかっていないからだ。

 だから、とりあえず森を抜けるという手段も使えない。


「ねえ君、いるよね?」

「いるわよ」


 不安なのか、トビーがそう声をかけてくる。傍を歩いていながら相手の姿が見えないので、彼ははぐれてしまわないかと心配でたまらないのだろう。


「ああもう。考えても仕方ないわ。……オーロラ、チェルナ!」

「オーロラ、いたら返事して!」


 まっすぐ歩くのをやめて、方向転換。今度は右側に向かって歩き出す。


「ねえ君、いるよね?」

「いるわよ」


 歩く。叫び、呼び、歩く。長丈のドレスが下草に引っかかって邪魔だ。歩く、歩く。人間のように足があればいいのに、と意味のない思考に走りそうになる。歩く、歩く、歩き続ける。


「ねえ君、いるよね?」


 また、トビーの声がした。


「いるわよ! 執拗いわね!」


 いい加減にしろと、ヴァレリアの内心の怒りが爆発する。

 何度も何度も、孤独なのはこっちだって一緒だというのに。

 そのとき、ヴァレリアはひらめきを得た。

 

「――あ、そうだわ。トビー、そんなに不安なら、こうするといいわよ」


 そして彼のいるであろう方向を手で弄り――見つけると、彼の手を強く握りしめた。


「ちょ、な、何を」


「これならはぐれない。もう不安じゃないでしょう?」


「………………」


 トビーの手は柔らかく、指が細くてすべすべだ。温もりがあり、不安にささくれ立っていた心が少し癒された。


「……君の手、死人みたいに冷たいんだね」


「死人みたいとは失礼な。人魚は人間と違って海に生きるから、体温がやや低いだけよ」


「ふーん」


 トビーが気のない返事をした、その瞬間だった。


「ガルルルルルルル」

「ガルルルルルルル」

「ガルルルルルルル」

「ガルルルルルルル」

「ガルルルルルルル」


 無数の吠え声が重なり、周囲をぐるりと取り囲む五つの金色に光る瞳がこちらを睨みつけたのは。





「なかなか見つかりませんね。お二人とも、どこへ行ってしまったのでしょう?」


 はぐれてから三十分ほど。

 あれからずっと、オーロラは光の差さない密林の中を進み続けているが、仲間の姿は見あたらないままだ。


 二人のことが心配でならない。きっと大丈夫だとは信じているが、それでも不安になってしまう自分はなんと弱いのだろう、と、オーロラは唇を噛み締めた。


「帝国民たるもの、勇敢であれ。……こんなことで心細くなっていては、中将の娘の名が泣きますね」


『帝国民たるもの、勇敢であれ』。

 それは、オーロラが昔から父にそう繰り返し繰り返し言われ続けてきたことだ。

 このロンダ帝国は弱肉強食の国。

 だから将軍の座を狙う者は多く、その座を継ぐべく将軍の息子は、強くあらねばならない。

 だがトビーは弱かった。もちろん並の人間よりは力があったが、それでも、ごく普通の少年であった。だから彼の代わりに双子の姉として、オーロラは名乗り出たのだ。「わたくしが強くなります」


 争いごとは嫌いだった。でも強くあろうと自らを律し、努力して、彼女は強者となり得たのだ。


「けれど。わたくしの心はまだ脆い。……もっと強くあらねばいけないですのに」


 オーロラはまだまだ弱い。弱過ぎる。

 母の死に、父の死に、動揺を隠せなかった。そして今も、たった一人の森の中、胸は不安でいっぱいだ。


「トビー、ヴァレリアさん」


 呼ぶ。しかし答えは返ってこない。

 孤独。そんな言葉が、少女の脳裏に浮かんだ。


「わたくしは一体……」


 こんなところで何をしているのだろうか。

 そのまま負の思考に沈んでしまいそうだったオーロラの臀部を、柔らかな衝撃が走った。

 それは、黒き雌豹の永く美しい尾が成したことで――。


「ありがとうございますチェルナ。……わたくし、なんと勝手だったのでしょう。あなたがいながら孤独なんて。笑ってしまいますね」


 チェルナに嗜められて、オーロラは愚かな自分に苦笑した。

 この愛豹は、なんと優しいことだろうか。まるで友だち――いや、まるででも何でもない。チェルナはれっきとした素敵な相棒である。


 ――オーロラがチェルナと出会ったのは、六年ほど前のこと。

 十歳の誕生日、中将が双子姉弟にプレゼントをしてくれたのだ。

 包装紙で包まれた箱の中、そこに小さな黒豹がいた。そのときの驚きは、今も覚えている。

 父の話によると、仕事でたまたまこの『惑い森』に入ったときに赤ちゃん豹を見つけ、拾ったのだという。毛色は非常に珍しい漆黒で、森の中でたった一匹、親に見放されてお腹を空かせて鳴いていたとか。

 黒豹をもらい跳んで喜んだオーロラは黒豹をチェルナと命名し、双子で可愛がることに決めた。それから六年以上の間、邸で愛情をこめて育て、ときには乗馬の代わりに背中に乗せてもらい、すっかり仲よくなったのだ。


 相棒に励まされて、オーロラは普段の笑顔を取り戻し、魔を向く。


「さあ、凹んでいないではぐれた二人を一緒に見つけましょう。そしてあなたの故郷を全員で抜けますよ、チェルナ」


 愛豹が体を揺すり、了解の意を示したそのとき。

 オーロラの耳に、獣の声が届いた。


「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」


 闇を振り返り、そちらへ駆け出すチェルナ。そして――。


「オーロラ、助けてよ……」


 愛しい少年の震える声が、した。

 その瞬間、オーロラはすべてを理解する。なら、言うべきことは一つだけだ。


「大丈夫ですよ。わたくしがあなたたちを救って見せますから」


「オーロラ!」


 闇をきり裂くランプの光が照らす先、驚きに叫ぶ赤い少女の美声が、森に木霊したのだった。





 ――地上へきて、何度目になるのだろう。最悪だわ、と自分の不運を嘆くのは。

 四方を取り囲む五頭の猛獣。この状況は、最悪以外の何者でもない。


「ひ、ひぃっ!」


 隣で少年が小さく悲鳴を上げている。

 男のくせして情けない、そんなことを思いながらヴァレリアはバッグから紅色の短剣を取り出した。


「やあっ!」


 そして金色の瞳を目印に、巨獣の一頭へと鮮やかな斬撃を叩きこむ。

 血が飛び散り、悲鳴を上げて猛獣――豹が倒れこんだ。


「逃げるわよ!」


 叫び、ヴァレリアはトビーの手を引いて、倒れる豹を踏みつけにして走り出す。

 走る。走る。走り、走り、走る。

「ガァー!」と大声を上げながら、背後から四頭の豹が追ってくる気配。


 先の逃亡劇でわかっていたように、豹の足は速い。それにヴァレリアが人間よりもずっと足が遅いため、こちらと追手の距離はどんどん縮まっていく。

 息がきれる。なんとかしなくては、と思うのに、何も良案が浮かばない。


「トビー、これじゃ間に合わないわ、斧で応戦してちょうだい!」


「え?」


「いいから早く!」


「……わかったよ」


 立ち止まり、渋々といった様子でトビーが小斧を構える。ヴァレリアも同じく敵に向き直った。

 闇の中、どこまで戦えるかわからない。が、やるしかないのだ。


「いくわよ!」


「あまり豹とは戦いたくなかったんだけど、ね!」


「がルゥ!!」


 声が重なり、両者が衝突する。

 最初に動いたのはヴァレリア。彼女は獣の金色の瞳を宝剣で刺し貫き、そのまま縦に抜くことで頭を真っ二つに割った。


 ――しかし豹の方も負けてはいず、二匹がかりで赤い人魚へと襲いかかってくる。


「うおおおおおおお」


 雄叫びを上げながらトビーが割りこみ、小斧で猛獣たちを受け止めた、直後。

 彼の手に握られていた斧が、すっぽりと手から抜けてしまっていた。


「――え?」


 そのままなすすべもなくトビーは地面に引き倒される。

 それらの暴挙を行ったのは、残り一匹の特大の豹。横からぶんどった斧を口に咥え、金髪の少年にとどめを刺そうとしている。


「危なあいぃぃぃぃぃっ!」


 叫び、漆黒の闇に阻まれつつも、ヴァレリアはなんとかトビーの元へたどり着き――大豹の巨体に、自慢の尾を叩きつけた。


「ギャアン!」


 不意をつかれた大豹が悲鳴を上げ、吹っ飛ばされる。

 ヴァレリアはなんとか、トビーを助けることができたのだ。――しかしそれでは、どうやら終われないようだった。


 こちらを睨みつける四つの金色の瞳が、殺意に燃えたぎらせる。

 それに――。


「ガルルルル」

「ガルルルル」

「ガルルルル」


 大豹の悲鳴が、さらに三頭の仲間を呼び寄せてしまったらしい。

 立ち上がった大豹も含め、七匹がヴァレリアたちを包囲する。

 四面楚歌。そんな言葉が、ヴァレリアの脳裏をよぎった。


 早く逃げなくてはならない。……なのにトビーは、地面に座りこんでしまっていた。


「何をしているの! 戦うわよ、立ちなさい!」


「もう無理だよ」


 掠れる声で、トビーがそう呟いた瞬間。

 ヴァレリアの平手が、彼の頬に直撃した。


「諦めちゃだめよ! ここで諦めたら、あなたたちの仇討ちはどうなるの? プリアンナはどうなるの? 私はこれしきのことで折れたりしない。目的を遂げるまでは、絶対に下を向かないわ!」


 吠えて、ヴァレリアは宝剣を握りしめる。

 ヴァレリアだって、怖いと、無理だと、思っていないわけではない。しかしここで諦めてどうなる。死が待っているだけではないか。


 ぐるりと周囲に視線を走らせる。ずらりと並ぶ七つの金瞳が輝いている。

 彼女はそれの一つに向かって、まっすぐに駆け出した。


「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」

「ガオー――!!」


 獣の咆哮。

 瞬間、七頭の豹が宙へ跳び上がり、ヴァレリアを目がけて落ちてくる。

 そのまま、近づき、近づき、ぶつかる――。


「オーロラ、助けてよ……」


 背後のトビーがそんな声を漏らしたそのときだった。

 頭上に迫っていた豹たちが、高い悲鳴を上げて地面に激落したのである。

 そして、まばゆい光に照らされ――、


「大丈夫ですよ。わたくしがあなたたちを救って見せますから」


 光の方向、そこに緑色のドレスを揺らめかし、可憐に微笑む金髪の少女の姿があった。


「オーロラ!」


 嬉しさに叫び、ヴァレリアは思わず彼女へ飛びついたのだった。





 やはり彼女は、きてくれたのだ。

 姉の姿を目にした瞬間、トビーはそう思った。


 ――昔から、オーロラはそういう人だった。

 彼女とトビーは双子の姉弟。ともに中将の子供として生まれ、邸で育った。

 中将の息子として強くなくてはならない。それは幼い頃、トビーがよく父親に言われていたこと。

 しかしトビーは、強くあれなかった。

 色々なものが怖かった。

 馬が怖かった。最初に乗ったときに落馬してしまい、馬を見るだけで足がすくんでしまう。

 剣が怖かった。……だって、傷つくのが、傷つけるのが怖いから。


 そんな弱いトビーを支えてくれていたのが、オーロラだった。

 嫌だ嫌だと泣きじゃくるトビーに代わって強くなると宣言した彼女。

 彼女は何者も恐れず、ただただ武の頂点を目指してくれた。……トビーを守る、ただそれだけのために。


 ずっと彼女に憧れている。

 強く、穏やかで、優し過ぎるオーロラ。ときたま人がいいの度を越して人助けをしてしまう、そんな彼女が好きで、憧れ続けている。


 だから彼女とはぐれ、斧が奪われたときトビーは、終わりを覚悟した。

 なのに赤い人魚は『諦めない』と吠えて、無謀にもたった一人で飛びかかっていく。

 馬鹿だと思った。でもそんな彼女の姿が、はじめて勇ましく見えて。

 助けてあげたいと、そう思ったのだ。


「オーロラ、助けてよ……」


 自分では少女を助けられないから。このままでは、彼女が死んでしまうから。


 そして、やはりオーロラはきてくれた。

 オーロラが、こんな窮地に訪れないはずがないのである。


 地面に転がっていた愛用の小斧を拾い、構える。

 赤い人魚が吠え、オーロラが助けにきてくれたのだ。トビーだって縮こまってはいられないではないか。


「さあ、行くよ。……僕たちを散々困らせてくれたんだ、目にもの見せてやろうじゃないか!」





「さあ、行くよ。……僕たちを散々困らせてくれたんだ、目にもの見せてやろうじゃないか!」


 トビーの声で、ヴァレリアはオーロラから身を離し、武器を構えて獣に向き直る。

 地に落ち、四肢を伸ばしてうつ伏せになった獣たち。しかしそれが次々と立ち上がり、瞳に殺意を灯して、吠えた。


「ガァ――!!」


 ――戦闘、開始。


 暗闇の中を駆けて、ヴァレリアは敵の一頭の元へとやってきた。

 こちらに気がつき、突進してくる豹。


「のろいっ!」


 しかしヴァレリアは魚の尾を駆使し、赤いドレスを揺らしてぴょんと軽やかに跳躍。そのまま豹の背上に飛び乗ると、深紅の宝剣を突き立てた。


「ギャオーン!」


 苦鳴を漏らし、背中から血を撒き散らしながら豹が轟沈する。

 それを察知し、怒り狂った別の豹。それが赤い人魚の少女へ躍りかかろうとし――。


「お相手なら、わたくしがいたしますよ?」


 と笑う、長い金髪の少女に阻止された。

 よほど飢えているのだろうか、唸り声を上げる獣は相手が誰であろうと止まるところを知らず、闇の中を走り、走り、


「世の中は弱肉強食。ですから恨むなら、己の弱さを恨んでくださいね?」


 首から上がなくなっても、走り続けていた。

 豹の頭部は鉄球に潰され肉片となり、あたりを飛び散る。それを浴びた獣たちは、皆奇声を上げた。


「まったく、オーロラは乱暴ね」


 その間に最初の豹の背から飛び退いたヴァレリア。彼女はたじろぐ一頭の豹の背後に回ると、美しく微笑む。


「さっきのお返し、よ!」


 そして一瞬にして後脚を両方ともきり飛ばし、腹部を指し貫いた。

 豹は断末魔すら上げることなく、血の海に沈んで死す。


 ――残るは四匹だ。

 ヴァレリアがふたたび金色の瞳目がけて暗中を駆け出した――その瞬間だった。

 突然、目印の金光が消失したのは。


「――!?」


 そして瞬きの後、ヴァレリアの背中に強い衝撃が走った。

 木の葉のごとく吹き飛ばされる体は、地面に激落する寸前、柔らかな感触によって受け止められる。……チェルナだ。


「ありがとう、チェルナ」


 ヴァレリアを背に乗せたまま、チェルナは走り出す。どうやらすぐ後に、ヴァレリアを突き飛ばした張本人――豹たちが迫っているらしい。

 でもやはり、息遣いが聞こえるだけで、特徴的な金色の光は見えない。どうやら目を瞑り、己の居場所を隠して嗅覚と聴覚だけでこちらを追っているらしかった。


「野獣のくせして賢いわ。全然敵の居場所がわからない。……どうしたら」


「ねえ、僕にいい案があるんだけど」


 考え悩むヴァレリアの耳に、そんな声が届いた。


「……? トビー、一体どこにいるの?」


「そんなのはいいから。とにかく作戦の案だけどね……」


 それを聞いて、ヴァレリアの菫色の瞳が大きく見開かれる。


「それ、名案ね!」


「わたくしも、いいと思いますよ」


 いつの間に聞いていたのやら、遠くからオーロラも肯定した。地獄耳である。


「じゃあ早速。……君たちはちょっと離れてて。これは僕にとって、人生最大の大仕事かもだから」





 ランプの光がぼんやりと真っ暗な森の中を照らしている。

 そこにはところせましと身を寄せ合う無数の木々と、四頭の黄色の獣――豹たちの姿がある。

 そして、


「ガアアアアアアアア!!」


 暗黒の森の中を、漆黒の雌豹が優雅に駆けていた。


 ヴァレリアとオーロラは戦場からうまく避難し、少し遠くからその様子を傍観していた。

 では、トビーはどこへ行ったのか。そんなのは単純なことである。


 森の木の中でも特大サイズの広葉樹、それが突然ぐらりと揺れる。

 そのまま大木は大きく傾き――。

 チェルナを追うことに必死になっていた豹どもに倒れこみ、四匹まとめて押し潰した。


「ああ、怖かった。……チェルナ、ありがとう」


 そして倒れた木の向こうから、トビーが現れる。

 彼は愛用の小斧でなんと大樹をきり倒し、敵を丸ごとやっつけるという大仕事をやってのけたのだ。

 そしてその作戦に欠かせなかったのが、囮のチェルナ。チェルナに豹たちの注意を向けることで、円滑に作戦を実行に移せたわけである。


「すごかったわ!」

「トビーならできると思っていましたよ」


 黒豹と戯れる金髪の少年の元へ駆け寄り、ヴァレリアたちはそう言って勝利を喜んだ。


 ――木が倒されたことで真っ暗だった森に眩い光が差し、抱き合う少年少女を明るく照らしていたのだった。





 それから、森に差した光のおかげで方向がわかったので、もう道に迷わずに済んだ。

 そして『惑い森』を無事に抜け、街に着いた頃には、もう夕暮れどきになっていた。


 夜、街の宿屋にて。

 何度着ても着なれない『パジャマ』というものを身に纏い、ヴァレリアはベッドに潜りこんでいる。

 全身はもうへとへと。毛布が暖かく、あまりの心地よさに瞼が重い。


「……ああ、今日は疲れたね」


 トビーが、そう吐息を漏らす。


「そうですか? わたくしは、意外と余裕でしたよ?」


 何でもないことだったかのように微笑むオーロラはさておき、だ。

 確かに色々、命だって危うかった、これまでで最も危険な一日だっただろう。でもヴァレリアは、嫌な日だとは思っていない。

 だって、彼女ははじめて『友情』というものを感じられたのだから。


「今日は疲れたけれど、とても楽しかったわ。二人ともありがとう。明日からも頑張りましょう。……ふわぁ」


 あくびをし、ヴァレリアは静かに菫色の瞳を閉じた。


「おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみ」


 ――そうして、『惑い森』を乗り越えた三人は、きたるべき明日のために、ひとときの安らかな眠りに落ちるのだった。

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