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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
50/137

僕らのこと ゴゥ(ス)トダンス・ウィズ・ランピィキャット(4/8)

 首をふるふると横に振る。


「分からないです」 

「うん、きっと、そうだよね。――前、放課後に未咲さんと茅ヶ崎くんが、一緒に牛丼屋に来たことがあったでしょう。あの時の未咲さんの笑顔。それを見て、俺は君を好きになったんだ」

「え、み……見てたんですか……」


 思いもよらないカミングアウト。

 あれは何月だっただろう。龍介を強引に図書館から連れだし、馬鹿話をしながら一緒に牛丼を頬張ったのは。そういえばあの時、バスケ部の集団がいたようにも思う。でもまさか、悟さんに、あんなあられもない姿を見られていたなんて。この期に及んで恥ずかしくなり、極限までうつむいた。

 悟さんがぽつぽつと言葉を紡ぎだす。


「あの時の未咲さん、すごくいい顔してた。楽しそうだったし、幸せそうだった」

「……それはっ、好きなものを食べてたからで――」

「うん、でも、俺の前の未咲さんは、あんなに良い顔はしないよ」

「……っ」


 はっと顔を上げると、悟さんはほほえんでいた。僅かに、瞳を潤ませて。


「俺の前では、あんな風に喋ってくれない? あんな風に、笑ってくれない?」

「それは……だって、そんなの……無理です……」


 あんなに何も考えず話をしたり、思いきり笑い声をあげるなんて、悟さんの前でできるはずない。

 できるのは、そう、隣にいるのが龍介だからで――。


「そっか。そうだよな……ごめんね」


 ひとつの欠点もない完璧超人の彼が、はは、と力なく笑いをこぼす。


「俺じゃ、茅ヶ崎くんの代わりにはなれないよな」

「そん、な」

「ようやく分かったよ。俺は、茅ヶ崎くんの隣にいる未咲さんを好きになったんだって。ほんと今さら、馬鹿だよな」

「っ……わたし……、ごめんなさい……」

「いや、俺こそごめんね。……」


 わたしは彼を傷つけてしまった。

 それ以来、悟さんとは会っていない。

 急に店内の音が遠くなった。さざめき声が消え、足音や食器の音が消え、BGMがすうっと消えた。代わりに、なぜか潮騒しおさいのざわめきが耳に届いた。それを妙に思う余裕もなく、悲しみに心を塞がれ、その場でずっと涙を押し殺していると、不意におい、と聞き慣れた声が隣からかけられた。

 えっ、とそちらを振り仰げば、いつもの仏頂面をぶら下げた幼なじみが、鋭い目つきでわたしを見ている。


「りゅ、龍介? どうしてここに……」

「お前に言いたいことがある」

「え」


 何の脈絡もなく龍介が言い放つ。

 どくん、と心臓が大きく脈打つ。


「未咲。今まで言ってなかったけど、俺――」


 龍介の口が何かの言葉の形を作る。なのに、発音が聞き取れない。慌てて耳をそばだてる。


「な、何?」

「俺は――」

「――ちゃーん」

「え? 何、聞こえない――」

「みさっちゃーん!」


 部屋のドアが開けられた。

 ばちっと目を開ける。二段ベッドの上部の床材が視界を埋めている。ああ、そうか。わたしは、夢を見ていたんだ。途中までは現実にあったこと。途中からは、たぶん起きないこと。


「あ、みさっちゃん寝てた? 起こしてごめん」

「ううん、だいじょぶ」


 勉強合宿に一緒に来ている友達が、すまなそうな顔でひょっこりとドアからこちらを見ていた。

 どうやら、夕飯に大学生たちが作ってくれたカレーを食べたあと、ベッドで携帯を弄っているうち、うとうとして寝落ちしてしまったらしい。ずいぶん課題も進んだからな。やっぱり、頭を使うのは疲れるものだ。


「何か用だった?」


 問うと、彼女はにぱっと笑みを作った。


「外でみんなで花火やるって! 来る?」

「行く!」


 花火という単語が、私の底まで沈んでいた心を持ち上げる。布団をはね飛ばし、スリッパに足を押し込むのももどかしく、わたしはクラスメイトに続いて駆け出した。



 夢を見ているあいだに、すっかり夜になっていた。玄関の前の車止めでは、もういくつもの花火が鮮やかに咲き乱れている。わたしたちが加わると、メンバーは合宿参加者全員になった。みんなわあわあと歓声をあげながら、手持ち花火に火を点けている。

 普段は大概むっつりしている龍介も、頬を緩ませて輝と何か話していた。あいつは夜型だから、日が沈むと元気になるのかもしれない。

 その楽しげな横顔を見たとき、なぜだか胸のあたりがきゅう、と切なく締めつけられた。

 花火を大学生から貰い、また新たに花火へ点火しようとしている龍介へ、ととっ、と歩み寄る。


「龍介」

「ん、お前も来たのか」

「うん。ねえ……この合宿、誘ってくれてありがと」


 ありがとうだなんて、柄にもないなあと思いつつ声にする。

 でも今を逃すと、言えなくなりそうな気配があった。この合宿の時間で、今までのことに整理をつけられそうな気がする。だから、自分ぽくなくても、一言感謝を伝えておきたかった。

 案の定、龍介は不可解そうに眉根を寄せる。右手の人差し指が頬を掻いた。わたしから目を逸らして、蝋燭の前に腰を落とす。


「別に……あれだろ、お前のことだからどうせ、課題に手ェつけてなくてヤバかったんだろ」


 ――わあびっくり。この空気でそういうこと言えるとか。

 なぜこのぶっきらぼうな物言いしかできない幼なじみは、言わなくていいことばっかり言うのだろうか。

 幻滅。幻滅だ。

 わたしはそれには答えず、花火に火を移して、しゅううと小気味いい音をたてて輝く穂の先を、龍介の足先へと向けた。


「えい! これでも食らえ」

「は、おい馬鹿、何してんだよっ」

「女心が読めないあんたへの罰でーす!」

「なに訳わかんねーこと言って……だからこっちに向けるなって! 危ねえから!」


 両手に花火を持って龍介を追うわたし。

 そんなわたしからほうほうの体で逃げ惑う龍介。

 わたしたちを眺めてさんざめくみんな。

 実習所の夜は、心地のよい賑やかさとともに更けていった。


 * * * *

―茅ヶ崎龍介の話


 深更に差しかかっているのに、俺は二段ベッドの下段で、まんじりともせずに皆の寝息を聞いていた。

 さっきは散々な目に遭った。訳も分からず、花火を持った未咲に追いかけ回されたのだ。何なんだあいつ、と声に出さずに悪態を吐く。何か、俺のしたことがまずかったのだろうか。

 未咲と二人になる機会はなかなか訪れない。それどころか、真面目な話をする空気に自分から持っていくことすら、合宿中にできるか怪しかった。未咲相手だと、つい皮肉やら茶化した言葉やらが口を突いてしまうのだ。

 慣れないベッドの上で、今夜何度目か知れない寝返りを打つ。体は疲れているのに、目だけが変に冴えざえとしていた。枕が変わるとなかなか寝つけないたちで、こういう時に苦労する。同室のみんなの穏やかな寝息が、夜の静寂しじまを強調している。

 それから一時間ばかり経っただろうか、やっととろとろとまどろんできたところで、不意に緊張感が脳へと去来した。

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