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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
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僕らのこと ゴゥ(ス)トダンス・ウィズ・ランピィキャット(2/8)

「いや。そうじゃないが……我々はね、君自身のことを、君よりもよく知っているんだよ」

「え……?」


 噛んで含めるような語調。その意味がさっぱり分からず、ずいぶん高いところにある彼の顔をぽかんと見つめる。薄い茶色の理知的な瞳が、俺のことをじっと見ていた。


「まあ、今すぐには分からんだろうがな。そのうち分かる日も来るかもしれんよ」

「……?」

「少年よ、この道をまっすぐ行くとよい。お主のお友達がじきに迎えに来てくれる。そうそう、わしらのことは誰にも言わないでくれると助かるのう」


 内心で首をひねっている俺に、少年が話しかけてきた。これから起こることが既に分かっていて、しかもそれが当然のような話しぶりだった。

 もやもやと渦をなす俺の疑念は意に介さない様子で、白い少年が大袈裟に重ねた服の懐からごそごそと何かを取り出す。


「お友達を待つあいだ、これを食べているとよい。少年はこの菓子は嫌いでないかの?」


 掌に乗った箱は、きのこのお菓子のパッケージだった。

 思わず目をしばたかせる。あまりに雰囲気にそぐわないそれの登場に。


「えと……うん」

「それは良かった。わしは日本の菓子が好きでの。ただのう、わしはたけのこ派じゃと何度言ってもこの男が覚えんのじゃ。いつも両方とも買ってきよる。これは戦争だと言うのに、嘆かわしいのう」

「戦争って、大袈裟な……どっちも小麦とチョコレートには変わりないだろう」


 男性の呆れ声に、少年はふんと鼻を鳴らして答える。どうも信じられないが、少年の方が地位が上のようだった。


「まったく。そんなことじゃからいつまで経っても彼女の一人見つからんのじゃ」

「子供の前でそれを言ってどうするんだ……」

「甲斐性を身に付けよということじゃ。……まあそれは、今はどうでもよいことか」


 おほんとひとつ咳払いして、少年はまともに俺の目を覗きこむ。整いすぎた顔立ちにはある種の凄みがあり、俺は猛々しい獣にでも遭遇したかのように、そこから一歩たりとも動けない。


「茅ヶ崎少年よ。運が良ければ……いや、運が悪ければ、と言うべきか。また相見あいまみえることもあろう。さらばだ、少年」

「できたら、我々のことは秘密にしておいてくれると助かる。それじゃあな、茅ヶ崎くん」


 不思議な二人組だった。うん、とこくりと頷いたあと、ありがとう、と慌てて付け足す。その小さい感謝は二人に届いたかどうか、分からなかった。車のエンジン音が遠退いていく。

 車の走り去っていった方へ向かうと、そこには確かに道があった。舗装されていない砂利道だ。言われたとおり、お菓子を食べながら道をたどっていたところ、果たして途中で未咲と鉢合わせた。未咲は泣きじゃくっていて、服から膝からみんな泥んこだった。自分を探すためにそんな身なりになったのだ、と考えると申し訳なかった。


「龍介くーんっ!」


 俺の顔を認めた未咲がぱっと走りよってくる。俺の胸に体を預けてえぐえぐ泣くから、ぎこちなく手を上げて、頭を撫でてあげた。これではどちらが慰めているのやら、分かったものではない。

 腕の中で震えている彼女の体は温かく、俺は心から安心できた。

 その夜から、俺はきのこ派になった。

 そして俺は、いまだに山羊が苦手である。



 夏の朝は好きじゃない。明るくなるのが早すぎるし、暑さで目が覚めてしまって、目覚めが最悪だからだ。

 繰り返す幼い夏の一夜。

 またあの夢か、とげんなりしながら携帯を手繰り寄せ、時刻を確認する。まだ七時前だ。それなのに、カーテンの隙間から差す日射しは白く眩しく、室温はおそらく既に二十五℃を超えている。ジイジイという蝉の鳴き声も聞こえる。

 携帯の通知欄には、メッセージの到着を報せるアイコンが点っていた。ベッドの上で起き上がり、画面を操作する。クラスメイトの太田からのものだった。

 期末試験の勉強会の後、しつこく彼に勧められ、仕方なしにダウンロードしたアプリだったが、これがなかなかに便利だった。つまらない意地を張っていた自分が、阿呆だと思えるほどに。未咲や輝ともIDを交換した今では、むしろメールをほとんど使わなくなっていた。それはいいのだが、未咲から変なスタンプだけが脈絡なく送られてくることがあり、対応に困っている。どうにかしてほしい。

 画面を操作して見ると、太田からのメッセージは夜の零時過ぎのものだった。何やら、勉強合宿なるものへの誘いらしい。


 "いきなりだけど、茅ヶ崎は勉強合宿とか興味ない? 日程はお盆前で、BBQ付きなんだけど"

 "二泊三日で、大学生が勉強教えてくれるんだ。他に何人か呼んでもオーケー。俺の方は前に茅ヶ崎に数学教わった女子部員二人と行くつもり"

 "興味あったら、詳細送るよ"


 ふうむ、と考える。もう八月の頭だけれど、俺はまるで夏らしいことをしていない。補講のために学校と家を往復してばかりで、正直夏休み前とそんなに変わらない生活を送っている。未咲は部活と補修、輝は記者倶楽部の取材に駆け回っており、捕まえる暇もない。

 ただ、お盆前となれば部活も補修も俺の補講もいったん休みになるだろう。夏休みの課題を大学生に教わるのも悪くない話だし、太田組も大体人柄が分かっているし、幼なじみの二人を誘って参加するのもありかもしれない。

 返事を打ちながら、ふっと笑いがこみ上げてきた。俺も変わった。以前の自分なら、こんな誘いに乗るなんて考えられなかったろう。

 あの軽佻浮薄けいちょうふはくな赤髪の男――ヴェルナーと話して、そんなに怖がらなくていいんじゃない、と言われてから、俺は少し積極的になれたと思う。何か新しいことをするのにもうあまり恐怖はない。関わってみて駄目だったら、元からそれだけの関係だったというだけだ。彼のおかげで変われたなどと、声を大にして言う気はさらさらないが。

 興味はちょっとあるかな、と送信すると、返事は二時間ほど経って返ってきた。


 "茅ヶ崎、早起きだな! じゃあ詳細送るわ"

 "一日目

お昼食べてから駅前に集合、大学生が車持ってるからそれで移動。合宿場所に着いたら勉強見てもらって、夜は仕出し弁当かなんかとる予定"

 "二日目

自由に勉強見てもらう日。海近いから、息抜きに泳いでも釣りしてもよし。夜はBBQ。買い出しは大学生がしてくれるって"

 "三日目

 帰る準備して、昼までに帰る"

 "ざっとこんな感じ。俺の兄貴が夏休みに施設管理のバイトしてて、格安で使ってもいいことになってるんだと。上宮かみやとか篠村さんもどうかなーって。返事は明後日までにくれると助かる"


 文面を脳内で整理しながら、なかなか良さそうだと考える。幼なじみ二人は俺が誘わねばなるまい。

 未咲に送る文面を打っていると、そういえばあの一件から自分から連絡取るのは初めてだな、と気がついた。

 あの一件。未咲と、生徒会長・九条悟くじょうさとるのデート。

 夕陽で茜に染められた、公園の場面がふっと頭をよぎる。二人きりの公園、見つめ合う男女、徐々に近づく双方の顔。俺が言うのもなんだが、完璧にロマンチックなムードだったはずだ。

 なのに、未咲はそれを避けた。

 見ていられない、と目を逸らした俺を我に返らせたのは、ごめんなさいっ、という鋭く空気を打つ未咲の声だった。あの時、未咲が拒絶したのはなぜだろう。単に初めてのデートで恥ずかしかったからか。それとも、屋外でキスするなんてとんでもないという古風な考えを持っているのか。

 ひかるからは何も聞かされていないが、二人があれからまたデートを重ねている可能性もある。そして今度こそは、顔を背けずに、唇を――。

 手の中の携帯をぐっと握りしめる。

 別に、それならそれで、いいじゃないか。あいつが笑っていられるなら。未咲のあの、真夏の太陽のような笑顔が向かう先が、俺でなくても。何も外野が騒ぎ立てることじゃない。

 俺は諦めるつもりでいた。

 そこまで滔々と思考して、己の決心のうすら寒さにぶるぶると頭を振るう。

 ――諦めるって、なんだよ。それじゃまるで、俺が未咲を好きみたいじゃねーか。

 気を取り直し、雑念を滅して携帯と向き合う。修行僧みたいに、完全なる無を念じながら。

 二人からは一日と経たず返事が来た。答えは、どちらもイエスだった。

 それを見て、俺は無意識的に拳を握りかけた。

 俺は決めていたのだ。この合宿に二人が参加したら、詳しく言えない隠し事がある、と伝えることを。もうこれ以上関係がぎくしゃくするのはごめんだった。それと同時に、吐いて楽になりたい思いもあった。

 そしてもう、二人に依存するような生活は終わりにするのだ。

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