僕らのこと 記者倶楽部のおしごと(4/6)
そして現在、わたしの隣には会長がいる。まだ、夢の続きを見ているかのよう。
"それ、デートだと思っていいのかな"――会長はそう言ったけれど、実のところ、わたしは今日のことをどう捉えたらいいか判断しかねている。別に会長と付き合ってるわけじゃないし、好きだと言われたわけでもない。まずは友達からお願いします、ってところなのかな。
わたしの格好を見て、学校とちょっと雰囲気が違うね、と会長は微笑みながら言った。
う。やばいかも、と動揺する。気合いを入れて張り切りすぎたかもしれない。幼なじみの男子二人とか、女子同士で休日に会うときなんかは、こんなに頑張ったりしない。
今日はお姉ちゃんに服のアドバイスを貰って、マスカラも貸してもらったのだ。
「え、えっと、変ですかね?」
「ああごめん、可愛いねって言いたかったんだ」
「か、かわ……っ」
不意打ちに、ぼっと頬が熱くなる。可愛いなんて、今までの人生で数えるほどしか言われたことがない(※親兄姉からを除く)。わたしなんかより数段可愛い人をたくさん知っているはずの人に、そんな言葉をかけられたら、どうしていいか分からなくなってしまう。
畳みかけるように言葉が連なる。
「服も可愛くて、似合ってるよ。あと、なんか俺とペアルックっぽいよね」
「え……ペア……?」
「うん。二人とも上が白いシャツかブラウスだし、下はデニムだし」
わたしははっとして自分と会長の格好を交互に見やった。本当だ、示し合わせたみたいに揃っている。まずい、だだ被り。
「すみませんっ、今すぐ帰って着替えてきますね!」
「いや、いいよいいよ! 俺、そういうの嫌いじゃないし」
会長に手首を掴まれ、引き留められた。彼に触れられたところだけ、熱を持ったように肌が熱くなる。
うん、わたしはちょっと落ち着いた方がいい。
ふー、と深呼吸してから改めて会長に向き直ると、微笑ましいものを見ている目がそこにはあった。まるで、自分の尻尾を追いかけ回して転げる子犬に向ける視線のような、あたたかく優しい目だ。
そうして会長がわたしへ、何かを受けとる時みたいに、掌を上にして右手を差し出す。
「落ち着いた? それじゃ……はい」
わたしは思わず目を見張り、そこに差しのべられた掌を眺める。何かを促されているようだけど、それが何なのか分からなかった。
何だろう。何を求められているのだろう。
「えっと、わたし、何か会長に借りてましたっけ?」
内心焦りつつ、小首を傾げながら尋ねると、会長は軽くぷっと噴きだした。本当に、心底愉快だという様子で。
そして、両目を細めて、
「いや……手をね、繋ぎたいなあと思って」
わたしはえ! と素っ頓狂な驚きの声を上げ、わたわたと手をからだの前で振り回した。
あまりにも予想外だ。だって、それじゃ、まるで。
「って、手とかだって、デートみたいじゃないですか……っ」
顔が絶対に真っ赤になっている自信があった。
手を繋ぐなんて、会長はいいのだろうか。周りにたくさん人がいるこんなところで、うちの高校の生徒が何人もいたって全くおかしくないここで、わたしなんかに手を差し出して。休日が明けたら、きっと学校で噂が立つに決まってる。わたしは構わないけれど、会長は嫌じゃないのかな。相手が、わたしなんかで。
会長は少しだけ首をひねり、口元は弓形にする。
「俺はそのつもりで来てたんだけどな」
ちょっぴり、いたずらっぽい口調だった。
息が詰まった。どきどきしすぎて、こんなの心臓に悪い。咄嗟に言葉が出てこず、もにょもにょと言いよどんでいると、会長は眉根を軽く寄せて寂しげに微笑んだ。
「もしかして今日のこと、無理に付き合わせたかな。俺が先輩だから、断りにくかった?」
「いえそんな……っ、そもそもわたしが言い出したんだし、そんなことないです……!」
「じゃあ、いい?」
静かな、けれど確たる意志を感じる問い。
――会長、意外と肉食系だったんだ……。
普段とのギャップにどきまぎしながら、わたしは震える喉を押さえつけ、はい、と弱々しく返事をした。まともに彼の顔は見られなかった。これ以上ときめいたら、死んじゃいそうだったから。
会長の右手がそっと伸びてきて、わたしの手をふわりと掬い取った。それがとても大切なものにする仕草に思えて、心臓がきゅう、と切なく痛んだ。
歩きだす前に、ふと会長がそれからさ、と呟く。
無意識に、ずいぶん高い位置にある彼の顔を見上げる。
「いま学校関係ないし、会長って呼ばれるのはちょっと、抵抗あるんだよね」
「あ、それもそうですよね。えーとじゃあ、九条先輩……?」
「いや、悟でいいよ。俺も未咲さんって呼んでいいかな?」
何秒か、絶句する。その提案の破壊力に、もちろんです……、とか細い声で返すのが精いっぱいだった。
わたしの小ぶりな手は、彼の掌にすっぽりと簡単に収まった。バスケをやっているからかもしれないけど、思いのほか厚くて男らしい手だった。彼のそのままの体温が、直接わたしに伝わってくる。
手が汗でべたべたしてたりしませんように、とわたしはそれだけを願った。
* * * *
―茅ヶ崎龍介の話
空は見事な晴天だが、俺の心では嵐が吹き荒れている。
もはや、世界が憎かった。かなり凄惨なしかめっ面をしていたのか、前方から歩いてきた何人かが、ぎょっとして俺に道を譲った。
視界の中には、仲良く手を繋いで歩く未咲と九条の姿がある。完全に、どこからどう見ても立派なカップルだ。
輝は、これ以上離されると見失う、というぎりぎりの距離を保ちながら二人の後に続く。俺は彼の半歩後をただ着いていっているだけで、完全に金魚の糞と化している。一体こいつは何者なんだ。
だがそんなことも、幼なじみの浮かれた姿の前ではどうでもよい些事だった。
「軽々しく手とか繋いでんじゃねーよ……気安く名前で呼んでんじゃねーよ……爽やかすぎてムカつく……」
「"それは俺だけの特権だ"って言いたい?」
「は? 別に……俺のはそんなんじゃねえし……手を繋いでるっつーか、無理やり引っ張り回されてるだけだし」
「そうだよねえ、龍介のは牛とか馬が牽かれていくようなものだもんねえ」
「例えがひでぇんだよ」
輝はだいぶ失礼なことをさらりと口にする。
二人が歩いていく先は、複合ビルが何棟も並ぶ、市内一栄えていると言っていい一帯だ。ビルにはシネコンも入っているから、そこに向かうのに違いない。
とりあえず、男二人が連れだって来るような場所ではないので、俺たち男二人組はなんとなく浮いている。周りはカップルか、夫婦(と子供)か、女子同士のグループがほとんどだ。
「俺ら、ちょっと目立ってるよな。もし見つかったらなんて言おう」
ぼそぼそした俺の呟きにも、輝は過つことなく反応してくれる。
「そうだねえ、昨日龍介の誕生日だったから、僕がプレゼントを選びにきたとでも言えばいいんじゃない」
「なんで男が男にプレゼントなんか選ぶんだよ。彼氏か」
「なら腕でも組む? 雰囲気出るように」
「ふざけんな」
ぴしゃりとはねつけると、輝はジョークだよジョーク、と言いつつ肩をすくめた。
確かにそうすれば雰囲気は出るかもしれないが、あらぬ誤解を受けるのはまっぴらだ。もしそんな場面を未咲に見られたら、と思うとぞっとしてしまう。あいつのことだから、"わたしは、恋愛って自由だと思うし!"とか無邪気に言ってきそうだ。そうなれば、俺はもう立ち直れない。
「そういや、あいつらが映画観てるあいだどうすんだ? 暇だろ」
「うん、暇だから映画観よう。同じやつ」
「マジで?」
「マジで」
輝の返答は軽やかだったが、俺の気持ちは石を投げこまれたように重くなった。何が悲しくて、休日に男二人で映画を観なくてはいけないのか。
案の定、先行する二人が行き着いた場所はシネコンだった。未咲と九条が、照明を絞ったシネコンのチケット売り場へと吸い込まれていく。
しばし間をおき、タイミングを見計らって俺たちも続いた。スクリーンは既に開場していて、二人の姿はチケット売り場からは消えている。
輝が俺を振り返り見る。
「龍介、映画始まる前にトイレ行っておく?」
「あー、そうするわ」
「じゃあ行ってらっしゃい」
輝の提案に従い、用を済ませて戻ってくると、にこやかな笑みをたたえながら、チケットと二対のドリンク、ポップコーンをトレイに乗せた彼が待っていた。
「はい、チケット買っておいたよ。ドリンクは同じやつ、ポップコーンはキャラメルとチーズとどっちがいい?」
「……チーズ」
「だよね。はい」
「お前……彼氏力高ぇな……」
「そう?」
紙のカップを受け取りながら、半ば呆れて言う。対する輝の顔はまんざらでもなさそうだった。その顔やめろ。
俺と輝はシアターへと足を向ける。そういえば、尾行するのにここが一番の難関なのではないか。もし二人に見つかったら言い逃れもできまい。偶然に来たにしてはできすぎだ。俺たちが仮にカップルだったとしても。はあ。言ってて寒い。
「なんか、中に入るときに見つかりそうじゃね? 大丈夫なのかよ」
「一人ずつ別れよう。目の前の人の後ろに着いていって。なるべく目立たないように」
「不安だな……」
「堂々としてて。人間の意識は動く最初のものに集中する傾向があるから。大丈夫、けっこうばれないよ」
まるで何回も経験があるかのように輝が言うので、俺はうへえとげんなりしてみせた。
輝の言葉通り、俺たちは発見されることもないまま、無事に席にたどり着いた。やがて場内の照度がじわっと下がり、騒々しい効果音に彩られためまぐるしい宣伝映像のあと、映画本編が始まる。それからニ時間は特にすることもないので、スクリーンを見つめ続け、時おりドリンクを含み、ポップコーンを咀嚼した。
映画は面白かった。感動さえした。長大なエンドロールをぼんやり眺めながら、この気持ちのまま帰れたらいいのに、と思った。




