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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
41/137

僕らのこと 記者倶楽部のおしごと(4/6)

 そして現在、わたしの隣には会長がいる。まだ、夢の続きを見ているかのよう。

 "それ、デートだと思っていいのかな"――会長はそう言ったけれど、実のところ、わたしは今日のことをどう捉えたらいいか判断しかねている。別に会長と付き合ってるわけじゃないし、好きだと言われたわけでもない。まずは友達からお願いします、ってところなのかな。

 わたしの格好を見て、学校とちょっと雰囲気が違うね、と会長は微笑みながら言った。

 う。やばいかも、と動揺する。気合いを入れて張り切りすぎたかもしれない。幼なじみの男子二人とか、女子同士で休日に会うときなんかは、こんなに頑張ったりしない。

 今日はお姉ちゃんに服のアドバイスを貰って、マスカラも貸してもらったのだ。


「え、えっと、変ですかね?」

「ああごめん、可愛いねって言いたかったんだ」

「か、かわ……っ」


 不意打ちに、ぼっと頬が熱くなる。可愛いなんて、今までの人生で数えるほどしか言われたことがない(※親兄姉からを除く)。わたしなんかより数段可愛い人をたくさん知っているはずの人に、そんな言葉をかけられたら、どうしていいか分からなくなってしまう。

 畳みかけるように言葉が連なる。


「服も可愛くて、似合ってるよ。あと、なんか俺とペアルックっぽいよね」

「え……ペア……?」

「うん。二人とも上が白いシャツかブラウスだし、下はデニムだし」


 わたしははっとして自分と会長の格好を交互に見やった。本当だ、示し合わせたみたいに揃っている。まずい、だだ被り。


「すみませんっ、今すぐ帰って着替えてきますね!」

「いや、いいよいいよ! 俺、そういうの嫌いじゃないし」


 会長に手首を掴まれ、引き留められた。彼に触れられたところだけ、熱を持ったように肌が熱くなる。

 うん、わたしはちょっと落ち着いた方がいい。

 ふー、と深呼吸してから改めて会長に向き直ると、微笑ましいものを見ている目がそこにはあった。まるで、自分の尻尾を追いかけ回して転げる子犬に向ける視線のような、あたたかく優しい目だ。

 そうして会長がわたしへ、何かを受けとる時みたいに、掌を上にして右手を差し出す。


「落ち着いた? それじゃ……はい」


 わたしは思わず目を見張り、そこに差しのべられた掌を眺める。何かを促されているようだけど、それが何なのか分からなかった。

 何だろう。何を求められているのだろう。


「えっと、わたし、何か会長に借りてましたっけ?」


 内心焦りつつ、小首を傾げながら尋ねると、会長は軽くぷっと噴きだした。本当に、心底愉快だという様子で。

 そして、両目を細めて、


「いや……手をね、繋ぎたいなあと思って」


 わたしはえ! と素っ頓狂な驚きの声を上げ、わたわたと手をからだの前で振り回した。

 あまりにも予想外だ。だって、それじゃ、まるで。


「って、手とかだって、デートみたいじゃないですか……っ」


 顔が絶対に真っ赤になっている自信があった。

 手を繋ぐなんて、会長はいいのだろうか。周りにたくさん人がいるこんなところで、うちの高校の生徒が何人もいたって全くおかしくないここで、わたしなんかに手を差し出して。休日が明けたら、きっと学校で噂が立つに決まってる。わたしは構わないけれど、会長は嫌じゃないのかな。相手が、わたしなんかで。

 会長は少しだけ首をひねり、口元は弓形ゆみなりにする。


「俺はそのつもりで来てたんだけどな」


 ちょっぴり、いたずらっぽい口調だった。

 息が詰まった。どきどきしすぎて、こんなの心臓に悪い。咄嗟に言葉が出てこず、もにょもにょと言いよどんでいると、会長は眉根を軽く寄せて寂しげに微笑んだ。


「もしかして今日のこと、無理に付き合わせたかな。俺が先輩だから、断りにくかった?」

「いえそんな……っ、そもそもわたしが言い出したんだし、そんなことないです……!」

「じゃあ、いい?」


 静かな、けれど確たる意志を感じる問い。

 ――会長、意外と肉食系だったんだ……。

 普段とのギャップにどきまぎしながら、わたしは震える喉を押さえつけ、はい、と弱々しく返事をした。まともに彼の顔は見られなかった。これ以上ときめいたら、死んじゃいそうだったから。

 会長の右手がそっと伸びてきて、わたしの手をふわりと掬い取った。それがとても大切なものにする仕草に思えて、心臓がきゅう、と切なく痛んだ。

 歩きだす前に、ふと会長がそれからさ、と呟く。

 無意識に、ずいぶん高い位置にある彼の顔を見上げる。


「いま学校関係ないし、会長って呼ばれるのはちょっと、抵抗あるんだよね」

「あ、それもそうですよね。えーとじゃあ、九条先輩……?」

「いや、さとるでいいよ。俺も未咲さんって呼んでいいかな?」


 何秒か、絶句する。その提案の破壊力に、もちろんです……、とか細い声で返すのが精いっぱいだった。

 わたしの小ぶりな手は、彼の掌にすっぽりと簡単に収まった。バスケをやっているからかもしれないけど、思いのほか厚くて男らしい手だった。彼のそのままの体温が、直接わたしに伝わってくる。

 手が汗でべたべたしてたりしませんように、とわたしはそれだけを願った。


 * * * *

―茅ヶ崎龍介の話


 空は見事な晴天だが、俺の心では嵐が吹き荒れている。

 もはや、世界が憎かった。かなり凄惨なしかめっ面をしていたのか、前方から歩いてきた何人かが、ぎょっとして俺に道を譲った。

 視界の中には、仲良く手を繋いで歩く未咲と九条の姿がある。完全に、どこからどう見ても立派なカップルだ。

 輝は、これ以上離されると見失う、というぎりぎりの距離を保ちながら二人の後に続く。俺は彼の半歩後をただ着いていっているだけで、完全に金魚の糞と化している。一体こいつは何者なんだ。

 だがそんなことも、幼なじみの浮かれた姿の前ではどうでもよい些事だった。


「軽々しく手とか繋いでんじゃねーよ……気安く名前で呼んでんじゃねーよ……爽やかすぎてムカつく……」

「"それは俺だけの特権だ"って言いたい?」

「は? 別に……俺のはそんなんじゃねえし……手を繋いでるっつーか、無理やり引っ張り回されてるだけだし」

「そうだよねえ、龍介のは牛とか馬がかれていくようなものだもんねえ」

「例えがひでぇんだよ」


 輝はだいぶ失礼なことをさらりと口にする。

 二人が歩いていく先は、複合ビルが何棟も並ぶ、市内一栄えていると言っていい一帯だ。ビルにはシネコンも入っているから、そこに向かうのに違いない。

 とりあえず、男二人が連れだって来るような場所ではないので、俺たち男二人組はなんとなく浮いている。周りはカップルか、夫婦(と子供)か、女子同士のグループがほとんどだ。


「俺ら、ちょっと目立ってるよな。もし見つかったらなんて言おう」


 ぼそぼそした俺の呟きにも、輝はあやまつことなく反応してくれる。


「そうだねえ、昨日龍介の誕生日だったから、僕がプレゼントを選びにきたとでも言えばいいんじゃない」

「なんで男が男にプレゼントなんか選ぶんだよ。彼氏か」

「なら腕でも組む? 雰囲気出るように」

「ふざけんな」


 ぴしゃりとはねつけると、輝はジョークだよジョーク、と言いつつ肩をすくめた。

 確かにそうすれば雰囲気は出るかもしれないが、あらぬ誤解を受けるのはまっぴらだ。もしそんな場面を未咲に見られたら、と思うとぞっとしてしまう。あいつのことだから、"わたしは、恋愛って自由だと思うし!"とか無邪気に言ってきそうだ。そうなれば、俺はもう立ち直れない。


「そういや、あいつらが映画観てるあいだどうすんだ? 暇だろ」

「うん、暇だから映画観よう。同じやつ」

「マジで?」

「マジで」


 輝の返答は軽やかだったが、俺の気持ちは石を投げこまれたように重くなった。何が悲しくて、休日に男二人で映画を観なくてはいけないのか。

 案の定、先行する二人が行き着いた場所はシネコンだった。未咲と九条が、照明を絞ったシネコンのチケット売り場へと吸い込まれていく。

 しばし間をおき、タイミングを見計らって俺たちも続いた。スクリーンは既に開場していて、二人の姿はチケット売り場からは消えている。

 輝が俺を振り返り見る。


「龍介、映画始まる前にトイレ行っておく?」

「あー、そうするわ」

「じゃあ行ってらっしゃい」


 輝の提案に従い、用を済ませて戻ってくると、にこやかな笑みをたたえながら、チケットと二対のドリンク、ポップコーンをトレイに乗せた彼が待っていた。


「はい、チケット買っておいたよ。ドリンクは同じやつ、ポップコーンはキャラメルとチーズとどっちがいい?」

「……チーズ」

「だよね。はい」

「お前……彼氏力(たけ)ぇな……」

「そう?」


 紙のカップを受け取りながら、半ば呆れて言う。対する輝の顔はまんざらでもなさそうだった。その顔やめろ。

 俺と輝はシアターへと足を向ける。そういえば、尾行するのにここが一番の難関なのではないか。もし二人に見つかったら言い逃れもできまい。偶然に来たにしてはできすぎだ。俺たちが仮にカップルだったとしても。はあ。言ってて寒い。


「なんか、中に入るときに見つかりそうじゃね? 大丈夫なのかよ」

「一人ずつ別れよう。目の前の人の後ろに着いていって。なるべく目立たないように」

「不安だな……」

「堂々としてて。人間の意識は動く最初のものに集中する傾向があるから。大丈夫、けっこうばれないよ」


 まるで何回も経験があるかのように輝が言うので、俺はうへえとげんなりしてみせた。

 輝の言葉通り、俺たちは発見されることもないまま、無事に席にたどり着いた。やがて場内の照度がじわっと下がり、騒々しい効果音に彩られためまぐるしい宣伝映像のあと、映画本編が始まる。それからニ時間は特にすることもないので、スクリーンを見つめ続け、時おりドリンクを含み、ポップコーンを咀嚼した。

 映画は面白かった。感動さえした。長大なエンドロールをぼんやり眺めながら、この気持ちのまま帰れたらいいのに、と思った。

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