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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
39/137

僕らのこと 記者倶楽部のおしごと(2/6)

「あのー、何か言いたいことがあるなら、わたしに直接言ったらどうですか」


 言い放つと、左右の二人は腰が引けたのか、不安げな様子で真ん中の人を見た。彼女がリーダー格ということだろう。眉がきりりとしていて、吊り目ぎみの眼はアイシャドウとマスカラで縁取られている。見るからに気が強そうだ。

 彼女が腕を組み、臨戦態勢になる。敵を迎え撃つ騎馬武者さながらに。


「それじゃ言わせてもらうけど。あなた、一年の篠村さん、よね。もう九条くんと話すのやめてくれないかしら」


 やはり、会長の名前が出てきたか。にしても高飛車な言い方だ。むっとして言い返す。


「どうしてですか」

「あのね、九条くんはあなたと話すのに疲れてるの。あなたみたいにがさつで、可愛くもない女子と話してるのが苦痛なのよ」

「……それ、会長が言ってたんですか?」

「そうじゃないけど、少し考えれば分かるでしょ。九条くんは優しいから、そういうこと言わないだけ」


 わたしの心に言葉という矢が刺さる。ダメージはゼロではない。悔しいけど、彼女の言葉はもっともだ。でも、どうして何の関係もない先輩に、会長との関係をぶった切られなければいけないのか。

 そりゃ、会長に好意を持っていないわけじゃないし、話せれば嬉しい。けど、それだけだ。進展なんて望んでない。それとも、わたしみたいな人間には、会長と話すことさえ許されないのか。会長本人に言われたなら受け入れるしかないけど、こんな陰湿な人たちの忠告に、聞き分けよくほいほい従うなんてわたしにはできない。したくない。絶対に。


「会長が言ってたならやめますけど。なんでそれを他人に言われなきゃいけないんですか?」


 わたしたちは睨み合う。陸の源氏と沖の平家に分かれたみたいに。

 たぶん一分にも満たない時間だったけれど、途方もなく長く感じられた。相手は引く様子がない。わたしは軽く息を吐き、分かりました、と呟く。三人が色めきたつのを、声をあげて制止する。

 

「じゃあ、これから会長に聞きに行きましょう。一緒に」

「……え?」


 三人が揃って、きょとんとした表情になる。



 会長に会うため、生徒会室の扉を開ける。なぜここなのか、根拠はない。わたしの野生の勘だ。ただ、その勘はよく当たる。

 生徒会室は普通の教室の半分くらいの広さで、背の高い棚には議事録や広報誌がぎっしり詰められている。部屋の中央には長机が四つ、大きな平面になるよう置かれていて、会長が一人机に向かい、何ごとかノートに書き付けていた。

 わたしと先輩三人がぞろぞろと入ってくるのを見て、会長は目を丸くする。

 ここに来た趣旨をわたしが手短に説明すると、会長は笑みを潜め、難しい顔をした。居心地の悪い沈黙のあと、会長が重い口を開く。


「……それじゃあ君たちは、俺が篠村さんと話すのを苦痛に思ってるって、そう言ったのか?」


 会長が同級生たちの顔を順ぐりに見回す。口調は穏やかだが、声音にはしっかりとした凄みがある。それに目つきが全然笑ってない。ああ、怒っているのだ、と分かる。

 見たことのない会長の様子に、先輩たちは凍りついていた。


「自分の気持ちを、勝手に解釈されるのは好きじゃない。そういうことは、もうしないでほしい。――分かってもらえたら、出ていってくれないかな」


 静かな語り口の中に、抑えた怒気が滲んでいる。三人はこくこくと頷くと、蜘蛛の子を散らすごとく、あっという間に部屋から出ていった。

 会長が、長い溜め息を吐きながら椅子に深々ともたれかかる。わたしも出ていくべきなのか迷ったが、なんとなくこのまま会長を一人にするのも気が引けて、足が動かない。

 そのうち彼が、突っ立っているわたしを見上げた。泣きたいのに無理やり笑っている、そんな苦しい顔だった。


「はは……久しぶりに怒ったら疲れたよ」

「会長、すみません。わたしのせいで、あの人たちに嫌われたかも……」


 会長がううん、と首を横に振りながら、自分の横の椅子を引き出す。座るのを促される理由を考える前に、体が勝手に動いてそこに収まる。


「別にいいんだ、篠村さんは気にしないで。元はと言えば向こうの責任なんだし。でも、良かった。彼女たちに言われて、篠村さんが俺と話すのをやめなくて」

「え」

「もしそうなってたら、きっと悲しかったと思う」


 至近距離から、会長に見つめられる。こんなに近くで、目線を合わせて、向き合ったのは初めてだった。全身が強張って、自然な動作ができなくなる。あれ、どうしよう。呼吸って、どうすればできるんだっけ。

 今までにない覇気の欠けた調子で、ぽつぽつと彼が喋りだす。


「みんな、俺と仲良くしようともしてくれないのに、勝手にイメージを作り上げて、俺の気持ちを決めつけるんだ。そういうのは慣れてるつもりだけど……でも実際、凹むよ」


 完璧な超人であるはずの彼の弱みを見た気がして、心臓が締めつけられた。篝火かがりびに群がる夏の虫のように、秘めた傷にどうしようもなく惹かれるのはなぜだろう。


「それはきっと、みんな会長に憧れてるからですよ。会長がかっこよすぎて、近寄れないんじゃないですか」

「俺はそんなんじゃない。憧れるのに相応ふさわしい男じゃないよ」


 首を弱々しく振って、会長は寂しげに笑う。


「俺だって馬鹿なこと言ったりして、みんなでふざけたいんだけどな……みんな俺を一歩ひいて見てるっていうか、腫れ物を扱うような態度っていうか。何なんだろうな。誰かと腹を割って話したこともそんなに無いし、女友達全然いないんだよ、俺」


 意外だ、すごく。クラス中の、いや学年中の女子と友達だと明かされても驚かないのに。

 彼が膝をこちらに向ける。膝同士がくっつきそうな距離。息づかいさえ聞こえそうな距離。


「君は他の女の子と違うね。自分から踏み込んできてくれるっていうか……なんだか、すごく新鮮だ」


 真摯な眼差まなざしがじっと注がれる。

 会長の瞳はすごく綺麗だった。

 わたしは恥ずかしくなって俯く。自分の顔があまり可愛くないのは自分が誰より知っている。こんなかっこいい人の視界に映ってごめんなさい。ああ、どうせならもっと美人に生まれてきたかった。いたたまれない。慣れない雰囲気になってきた。

 ──この空気をなんとかしないと。

 生徒会室に漂うラブコメの気配を変えるべく、足りない頭をフル回転させて考える。

 そこでふと、下がった視線の先、会長のスラックスのポケットから、某夢の国のキャラクターがこんにちはしているのに気がついた。十中八九、携帯のストラップだろう。わたしはそれを指で示して、そのクマの名前を口にする。


「あの会長、それ好きなんですか?」

「ああ、これ?」


 会長がポケットの中身を取り出す。カバーも何もない白い無機質な携帯に、愛らしいマスコットがぶらさがっている。なんとも絶妙なバランスだ。


「やっぱり、男がこういうの付けてるのって変かな」

「いえ、ただ好きなのかな? ってちょっと気になって……あ、彼女さんの趣味とか、ですか?」


 口が滑る。しまった。ラブコメ的空気に自分が戻してどうする、わたし。彼女さんの話なんて聞きたくないぞ。


「いや、彼女なんていないよ。姉貴が好きでね、その影響だよ」


 目の前の人は、眉尻を下げ、苦笑いをする。

 嘘みたいだ。こんな格好いい人に、彼女の一人もいないなんて。そして、彼のように爽やかな人が、"姉貴"というなかなか男前な呼び方をすることに、なんだかきゅんとした。


「きょうだいで仲がいいんですね」

「いいというか、ただ押し付けられてるだけかな。最近新作が公開されたでしょ? あれも、早く観に行けとか急かされてて」

「あ、あれ面白そうですよね。もう観たんですか?」

「いや、まだ行ってないんだ」

「じゃあ一緒に行きます?」


 軽く言ってしまってから、さーっと顔から血の気が引いた。わたしはノリでなんてことを口走ってるのだ。困惑されるか、露骨に嫌な顔をされるか、どっちかに決まってるのに。断られて傷つくのがオチだ。

 想像どおり、会長は目をぱちくりさせている。今に言葉を濁されるだろう。否定の言葉でざっくり傷つけられるのを回避するため、なーんて、と軽い調子で誤魔化そうとしたら、


「それ、デートだと思っていいのかな」


 先に口を開いたのは彼だった。

 目をまたたかせて、彼の顔を見返す。今なんて?

 会長は真面目な顔つきになっていた。全校生徒の前で見せる顔とも違う、とても、真剣な表情。

 どうして。どうしてわたし相手に、そんな顔をするんだろう。

 突然のことに対応できず硬直していると、会長は表情を緩め、わたしに笑いかけた。

 

「ごめん、いきなりで驚かせたよね。でも俺、本気で言ったんだ。篠村さんと、二人で映画を観に行きたいな」


 え、え、と到底言葉にならない。思考がホイップされ、もったりしたクリームで頭の中が覆われる。目の前が真っ白になる。何、これ。何が起きてるのか、理解がついていかない。


「え、あの、あの、わたし――」

「混乱させたかな。今すぐ返事してくれなくてもいいんだ。もし俺と一緒に行くのが嫌じゃなかったら、いつでもいいから、連絡くれないかな?」


 今に、生徒会室の外から、じゃじゃーん! ドッキリでした!、とネタばらしの集団が入ってくるのではないかと身構える。しかしその気配はまったく無い。

 一切からかいを含まない会長の言葉に圧倒され、わたしは壊れた人形みたいに、何度も小刻みに頷いた。急がなくていいからね、と言い残して、会長が部屋から出ていく。

 わたしはその場に釘付けにされたように、椅子から立ち上がれない。わたしの脳は熱さでゆだってしまったのだろうか。この熱気に当てられて、自分に都合のよい幻でも見ているのだろうか。

 窓の外ではわたしの心情を映したかのように、熱せられた空気がゆらゆらと揺れている。

 これがぜんぶ真夏の白昼夢でも驚きはしない。その方が遥かに自然に思える。けれど、はっきり分かるこの胸の高鳴りは、確かにわたしのものだ。

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