彼らのこと・回想 The Bird doesn't sing a Aubade. (3/4)
やわらかい唇。あまやかな、花にも似た肌の匂い。幸せを具象化した香りが、鼻腔をいっぱいに埋める。条件反射で腰に腕を回し抱き寄せると、シャーロットが首に手を絡め、いっそう深く口づけてくる。彼女の意図がわからないながら、体の内側が熱を帯びてくるのを感じた。
さらに腰を引き寄せ、体を密着させる。舌を入れようとしたら、存外強い力で突き放された。
俺を見上げるシャーロットの双眸には、何の情感もこもっていなかった。
仕事を前にした業務遂行者の目。取引の勘定をしている計算者の目。
シャーロットは俺ではなく、俺のもっと向こうにいる、誰でもない誰かを見ている。
「どうしたの」
「お願いがあるの」
俺の懐にとす、と体を預けたシャーロットは、抱いてほしいの、と囁いた。
俺は彼女を抱擁したままで、数秒押し黙った。これが他の女性なら二つ返事で誘いに乗るところだが、思慮深いシャーロットのことだ。何かしら事情があるに違いない。
「理由を聞いても?」
「……この前、話をされたの。影の任務で、色仕掛けを使って情報を集める必要が出てくるかもしれないって」
「ハニートラップってやつか」
「ええ。でも私まだ――経験がなくて。きっと練習なしじゃうまくできない。あなた、そういうことは詳しいでしょう。だから、色々教えてほしいの」
「……初めての相手が俺でいいのかい」
「こんなこと、他の誰かに頼めると思うの?」
至近距離から、青い目に宿った強い光に射抜かれる。美しい瞳だ。雪を頂く険しい独立峰のように、気高く、孤独で、他人を寄せつけない瞳だ。その瞳の中に凍りつく雪を、融かすことができたらいいのに。
それだけの情熱が、俺のなかにあるだろうか。
「分かった。俺を練習台にしていいよ。何でも言って」
シャーロットがほっとした表情をする。俺たちはドアの前で、もう一度唇を重ねあった。
シャワーを浴びながら、どうしてこんなことになったのだろうとぼんやり考える。
そりゃ、シャーロットと合意の上で一夜を共にできるなんて、俺には願ってもないシチュエーションだ。夢みたいだ。けれど、俺は他の男に抱かせるために、今夜彼女を抱くのだ。本当はそんなの想像したくもない。しかしそれをシャーロットが望むなら、俺には止める権利がない。
シャーロットは先にシャワーを浴び終えている。湯上がりにバスローブを纏った姿は、とてもあでやかだった。胸元の服の袷から、深い胸の谷間が覗いていた。以前は彼女のスタイルをあまり意識したことがなかったなと思う。シャーロットは可愛い女の子から、美しい女性になっていた。たった二年で。
緊張がそろりそろりと足先から這い登ってくる。初めてのときですら、こんなに生唾は出てこなかっただろう。
お湯の栓をひねり、タオルで体を拭き、下着を穿く。そこでいきなり、浴室の扉が開かれた。反射的に武器を探してしまうのは職業病だ。上下の下着しか身に着けていないシャーロットが、そこに立っている。
「鍵をかけないなんて不用心ね。もう終わったかしら?」
「えっ待って、まだパンツしか穿いてな──」
「要らないでしょう、どうせ脱ぐんだもの。早く来て」
にべもなく言う。体の線を隠そうとすらせず。
ロイヤルブルーの下着に彩られた、白く透明感のある、なめらかでつややかな肌。下着のレースに飾られて、一種の芸術品とさえ見える、たわわでやわらかそうな胸。見事なくびれと、引き締まったおなか。魅惑的な腰つき。夢にまで見た肢体だ。この世界中でシャーロットが一番綺麗だ。疑いもなく、ためらいもなく、俺はそう確信した。
シャーロットに手を引かれるまま、隣りあってベッドに腰かける。苦笑いがこみあげてくる。
「ああ、やばいな。すげえ緊張する」
「あなたが緊張してどうするの。……始めましょう」
ベッドの上で抱きあう。キスを交わす。今度は舌も絡めて。シャーロットの肌はさらさらなのに、しっとりともしていて、最高に気持ちいい。ずっと溺れていたくなる。そのうちに堪えきれなくなって、押し倒す。あくまで優しく、だ。
下着の上から、シャーロットの体のすみずみまで、くぼみから盛り上がりまで、貪るように口づけをする。こんな状況でも、嬉しいという気持ちを抑えられなかった。どんな形であれ、シャーロットに尽くせることが俺の喜びだった。
シャーロットもぎこちないながら、口づけを返してくれる。時おり抑えた甘い吐息を漏らしながら。それだけで俺の本能はどんどん剥き出しになっていった。理性は遥か下方に置き去りにされ、動物の本能だけがぐんぐんと高みに昇っていく。
下着の内側の、豊かな双丘に触れた。あっ、と驚く声があがるが、頓着せずに続ける。
さらさらとした素肌に触れていると、シャーロットの吐息が、隠せずに漏れる声が、熱く、甘くなってくる。耳のそばで生まれるその音が、俺の野性を激しく呼び覚ます。
「今まで誰かに触られたことある?」
訊くと、シャーロットが弱々しく首を横に振る。
俺の体温がまたぶわっと上がった。こんなに綺麗な体に、誰も触れたことがないなんて。その初めての男になれるなんて。嬉しい。とても嬉しい。
どれくらい経っただろう。俺はとうとう、シャーロットの体の一番柔らかい部分に手を伸ばした。あ、ああ、と漏れる上擦った猫みたいな声が、脳の雄の部分を引っ掻きまわす。もうとっくに理性なんか焼き切れている。
この指が、俺のあそこだったら。そう考えるだけでやばかった。俺のものは痛いくらい硬くなっていた。
一際高い喘ぎ声が上がって、シャーロットがぎゅううと俺に縋りつく。まるで全身が落下していくことに逆らうみたいに。荒い息をたてて、シャーロットが脱力する。
気持ちよかった、と問うと、潤んだ目が俺を見つめ、小さな頷きが返ってくる。
「そっか、良かった」
軽く汗ばんだシャーロットの額にキスをした。
彼女はもうぐったりしている。俺のはこれ以上無理なほど起っているし、最後までしたかったが、彼女は何もかも初めての経験なのだ。このへんで止めておいた方がいいかもしれない。
「今日はもうよそうか」
「……馬鹿言わないで。最後まで続けるわ」
「ロッティちゃん……君に無理をさせたくないんだ」
「何を言ってるの? あなたが気を遣う必要ないじゃない。私が頼んだことなのよ」
「そうだけど……」
「私とするのは嫌?」
きっと睨まれる。それが精一杯の虚勢だと、分かってしまう。俺はシャーロットを抱きしめて、頭を撫でた。
「そんなわけないだろ。俺もロッティちゃんと一緒に気持ちよくなりたい。でも君を大切にしたいんだ。君が好きだから」
「やめて……」
「大好き」
「やめてよ……」
俺は無言で、熱くなった下半身の昂りをシャーロットの太腿あたりに押しつけた。相手がびくりと小さく身を震わせる。
「ほら、怖いんだろ。強がらなくていいんだよ」
「強がってなんかいない」
シャーロットが身を離し、俺の下着を下ろそうと手をかける。その両手はあからさまに震えていた。こちらが申し訳なくなるほどだった。口では平気な素振りをしていても、気持ちはいっぱいいっぱいなのだ。
彼女が知らないことを、これからもっとたくさんするというのに。
「ロッティちゃん……やっぱりもうやめておかない?」
「馬鹿にしないでよ、これくらい私にだってできるんだから」
俺は再び強く、シャーロットを抱き寄せた。
「本当に、続けていいの?」
肩口あたりに、首肯の気配を感じる。
俺は覚悟を決めた。




