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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
35/137

彼らのこと・回想 The Bird doesn't sing a Aubade. (3/4)

 やわらかい唇。あまやかな、花にも似た肌の匂い。幸せを具象化した香りが、鼻腔をいっぱいに埋める。条件反射で腰に腕を回し抱き寄せると、シャーロットが首に手を絡め、いっそう深く口づけてくる。彼女の意図がわからないながら、体の内側が熱を帯びてくるのを感じた。

 さらに腰を引き寄せ、体を密着させる。舌を入れようとしたら、存外強い力で突き放された。

 俺を見上げるシャーロットの双眸には、何の情感もこもっていなかった。

 仕事を前にした業務遂行者の目。取引の勘定をしている計算者の目。

 シャーロットは俺ではなく、俺のもっと向こうにいる、誰でもない誰かを見ている。


「どうしたの」

「お願いがあるの」


 俺の懐にとす、と体を預けたシャーロットは、抱いてほしいの、と囁いた。

 俺は彼女を抱擁したままで、数秒押し黙った。これが他の女性なら二つ返事で誘いに乗るところだが、思慮深いシャーロットのことだ。何かしら事情があるに違いない。


「理由を聞いても?」

「……この前、話をされたの。影の任務で、色仕掛けを使って情報を集める必要が出てくるかもしれないって」

「ハニートラップってやつか」

「ええ。でも私まだ――経験がなくて。きっと練習なしじゃうまくできない。あなた、そういうことは詳しいでしょう。だから、色々教えてほしいの」

「……初めての相手が俺でいいのかい」

「こんなこと、他の誰かに頼めると思うの?」


 至近距離から、青い目に宿った強い光に射抜かれる。美しい瞳だ。雪を頂く険しい独立峰のように、気高く、孤独で、他人を寄せつけない瞳だ。その瞳の中に凍りつく雪を、融かすことができたらいいのに。

 それだけの情熱が、俺のなかにあるだろうか。


「分かった。俺を練習台にしていいよ。何でも言って」

 

 シャーロットがほっとした表情をする。俺たちはドアの前で、もう一度唇を重ねあった。



 シャワーを浴びながら、どうしてこんなことになったのだろうとぼんやり考える。

 そりゃ、シャーロットと合意の上で一夜を共にできるなんて、俺には願ってもないシチュエーションだ。夢みたいだ。けれど、俺は他の男に抱かせるために、今夜彼女を抱くのだ。本当はそんなの想像したくもない。しかしそれをシャーロットが望むなら、俺には止める権利がない。

 シャーロットは先にシャワーを浴び終えている。湯上がりにバスローブを纏った姿は、とてもあでやかだった。胸元の服のあわせから、深い胸の谷間が覗いていた。以前は彼女のスタイルをあまり意識したことがなかったなと思う。シャーロットは可愛い女の子から、美しい女性になっていた。たった二年で。

 緊張がそろりそろりと足先から這い登ってくる。初めてのときですら、こんなに生唾は出てこなかっただろう。

 お湯の栓をひねり、タオルで体を拭き、下着を穿く。そこでいきなり、浴室の扉が開かれた。反射的に武器を探してしまうのは職業病だ。上下の下着しか身に着けていないシャーロットが、そこに立っている。


「鍵をかけないなんて不用心ね。もう終わったかしら?」

「えっ待って、まだパンツしか穿いてな──」

「要らないでしょう、どうせ脱ぐんだもの。早く来て」


 にべもなく言う。体の線を隠そうとすらせず。

 ロイヤルブルーの下着に彩られた、白く透明感のある、なめらかでつややかな肌。下着のレースに飾られて、一種の芸術品とさえ見える、たわわでやわらかそうな胸。見事なくびれと、引き締まったおなか。魅惑的な腰つき。夢にまで見た肢体だ。この世界中でシャーロットが一番綺麗だ。疑いもなく、ためらいもなく、俺はそう確信した。

 シャーロットに手を引かれるまま、隣りあってベッドに腰かける。苦笑いがこみあげてくる。


「ああ、やばいな。すげえ緊張する」

「あなたが緊張してどうするの。……始めましょう」


 ベッドの上で抱きあう。キスを交わす。今度は舌も絡めて。シャーロットの肌はさらさらなのに、しっとりともしていて、最高に気持ちいい。ずっと溺れていたくなる。そのうちに堪えきれなくなって、押し倒す。あくまで優しく、だ。

 下着の上から、シャーロットの体のすみずみまで、くぼみから盛り上がりまで、貪るように口づけをする。こんな状況でも、嬉しいという気持ちを抑えられなかった。どんな形であれ、シャーロットに尽くせることが俺の喜びだった。

 シャーロットもぎこちないながら、口づけを返してくれる。時おり抑えた甘い吐息を漏らしながら。それだけで俺の本能はどんどん剥き出しになっていった。理性は遥か下方に置き去りにされ、動物の本能だけがぐんぐんと高みに昇っていく。

 下着の内側の、豊かな双丘に触れた。あっ、と驚く声があがるが、頓着せずに続ける。

 さらさらとした素肌に触れていると、シャーロットの吐息が、隠せずに漏れる声が、熱く、甘くなってくる。耳のそばで生まれるその音が、俺の野性を激しく呼び覚ます。


「今まで誰かに触られたことある?」


 訊くと、シャーロットが弱々しく首を横に振る。

 俺の体温がまたぶわっと上がった。こんなに綺麗な体に、誰も触れたことがないなんて。その初めての男になれるなんて。嬉しい。とても嬉しい。

 どれくらい経っただろう。俺はとうとう、シャーロットの体の一番柔らかい部分に手を伸ばした。あ、ああ、と漏れる上擦った猫みたいな声が、脳の雄の部分を引っ掻きまわす。もうとっくに理性なんか焼き切れている。

 この指が、俺のあそこだったら。そう考えるだけでやばかった。俺のものは痛いくらい硬くなっていた。

 一際高い喘ぎ声が上がって、シャーロットがぎゅううと俺に縋りつく。まるで全身が落下していくことに逆らうみたいに。荒い息をたてて、シャーロットが脱力する。

 気持ちよかった、と問うと、潤んだ目が俺を見つめ、小さな頷きが返ってくる。


「そっか、良かった」


 軽く汗ばんだシャーロットの額にキスをした。

 彼女はもうぐったりしている。俺のはこれ以上無理なほどっているし、最後までしたかったが、彼女は何もかも初めての経験なのだ。このへんで止めておいた方がいいかもしれない。


「今日はもうよそうか」

「……馬鹿言わないで。最後まで続けるわ」

「ロッティちゃん……君に無理をさせたくないんだ」

「何を言ってるの? あなたが気を遣う必要ないじゃない。私が頼んだことなのよ」

「そうだけど……」

「私とするのは嫌?」


 きっと睨まれる。それが精一杯の虚勢だと、分かってしまう。俺はシャーロットを抱きしめて、頭を撫でた。


「そんなわけないだろ。俺もロッティちゃんと一緒に気持ちよくなりたい。でも君を大切にしたいんだ。君が好きだから」

「やめて……」

「大好き」

「やめてよ……」


 俺は無言で、熱くなった下半身のたかぶりをシャーロットの太腿あたりに押しつけた。相手がびくりと小さく身を震わせる。


「ほら、怖いんだろ。強がらなくていいんだよ」

「強がってなんかいない」


 シャーロットが身を離し、俺の下着を下ろそうと手をかける。その両手はあからさまに震えていた。こちらが申し訳なくなるほどだった。口では平気な素振りをしていても、気持ちはいっぱいいっぱいなのだ。

 彼女が知らないことを、これからもっとたくさんするというのに。


「ロッティちゃん……やっぱりもうやめておかない?」

「馬鹿にしないでよ、これくらい私にだってできるんだから」


 俺は再び強く、シャーロットを抱き寄せた。


「本当に、続けていいの?」


 肩口あたりに、首肯の気配を感じる。

 俺は覚悟を決めた。

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