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青とエスケペイド  作者: 冬野瞠
第一部
11/137

僕らのこと 邂逅、秘密(2/3)

「さてと、じゃあ本題に入ろうか」


 俺が食べ終わるのを見計らって、先に皿を空にしていたヴェルナーが切り出した。テーブルに両肘をつき、顔の前で指を組んだ彼の赤い視線が俺を射抜く。


「単刀直入に言うとだね、シュウスケくん」

「龍介だ」


 横からの即座の訂正。


「あー失敬、どうも男の名前を覚えるのは苦手でね。で、龍介くん。単刀直入に言おう」


 ヴェルナーが僅かに目を細めた。一呼吸置いてから口を開く。


「君は、命を狙われる可能性がある」


 その言葉の響きは、冷たかった。

 一瞬、何を言われたか理解できない。脳の奥までその言葉が辿り着くまで数瞬を要した。彼の言葉をそのまま反芻する。

 いのちをねらわれるかのうせいがある。

 命を、狙われる。

 誰かが、自分を、殺そうとしている。

 ――ひどく、現実感の無い話だった。


「……心当たりがないんですけど。言う相手が違うんじゃないですか」


 そうきっぱりと告げると、ヴェルナーが虚を突かれた顔をする。


「あれれ、あんまり驚かないねえ」

「だって俺、そこまで人に恨まれるようなことなんかしてないし……命を狙われるなんて、あり得ない」


 ちらりと先生の方を見る。こんなのはあまりにも荒唐無稽だ。話をやめさせてほしかった。

 しかしそこにあるのは、こちらを見返す真剣な瞳。

 本気かよ、と内心で呟く。


「人違いなんかじゃないさ。確かに君は今のところ何もしちゃいないが、君が将来やり遂げることで不利益を被る奴らがいる。そいつらに狙われかねないってわけ」


 ヴェルナーが噛んで含めるように言う。引っ掛かりを覚える言い方だ。さも未来のことが分かっているような言いぐさではないか。


「なんで、これから俺がやることが分かってるみたいな言い方なんだよ」

「分かってるみたいな、というか、実際分かってるんだけどねえ。まあ、一つ一つ説明していこう。君が知らない世界のことだよ」


 意味深な台詞のあとで、ヴェルナーがばちんとウインクを決めた。


「まず何から話すべきかなあ……予見について話した方がいいかな」

「よけん?」


 思案げに顎を撫でるヴェルナーから発せられたのは、聞き馴染みの薄い言葉だった。

 俺の鸚鵡オウム返しに、そ、とヴェルナーが軽く肯定して、滔々と説明を始める。

 彼曰く。

 "未来"と"現在"は、方程式の左辺と右辺のように、一対一で対応している。左辺が現在、右辺が未来とすると、未来に影響を及ぼす現在の要素を全て挙げることができれば、方程式の解を求めるがごとく、おのずと未来が見えてくる。

 未来は、予め知ることができる。それを俺たちは予見と呼んでいるんだ、とヴェルナーは言った。

 いきなり突拍子もない話をされて困惑したが、どうやら超常現象の類いについて話しているわけではないらしい。確かに理屈は通っている気はするし、どちらかといえば科学的な内容に感じた。

 ヴェルナーはその先を続ける。


「ただし、未来を予見すると口で言うのは簡単だが、実用にはかなりの困難を伴う。未来に影響を及ぼす要素なんて、それこそ数えきれないほどあるからな。コンピュータで計算しようにも、未来像が弾き出される前にその未来が来ちまうだろう。んで、ここで情報の取捨選択に長けた人間の登場ってわけだ」


 ヴェルナーの口は滑らかだ。


「豊富な知識と、類いまれな記憶力と、そしてこれが一番重要なんだが──第六感ともいえる直感を持ち合わせた人間がいる。ある条件下で特定の何種類かの遺伝子が発現するとそうなるらしいけど、あ、遺伝子って分かるかな? ……詳しい話は俺も完全には理解できてないけど、要するにそいつらは未来をある確率で予想することができるんだ。俺たちは彼らを予見士と呼んでる。で、さっきの話に戻るけど、そいつらが君の未来を見たってわけ。ここまではいいかい」


 いやいや、待てよ、と俺はヴェルナーの話を遮った。


「納得できないな。その予見士って奴は、スーパーコンピューターよりも計算が速いってわけか? 化け物かよ。そんなん信じられねえ」

「計算してるわけじゃないよ。見えるんだよ、文字通り」

「なんだそれ。ますます納得できねえって」

「あのね、未来予測で大切なのは、演算速度よりもむしろ、どの情報を捨てるかってことなんだよ」

「っつったってなあ……」

「もー、ごねるねえ。そんな文句言われたってできるもんはできるんだから仕方ねえだろ」


 ヴェルナーは子供がするように口を尖らせて言う。

 でも、となお食い下がろうとすると、それまで口を閉ざしていた桐原先生に、茅ヶ崎、と呼び止められる。先生の目は真剣さに満ち、その視線はこちらに突き刺さってくるようだった。


「申し訳ないが、信じてもらうしかないんだ。とにかく、こいつの話を最後まで聞いてやってくれないか」


 先生の言葉には、嘆願するような響きさえある。桐原先生にそこまで言われては、俺としては了承するしかない。渋々首肯すると、ヴェルナーはふーん、と俺と先生を交互に見た。


「……まあいいや。じゃあ話を先に進めよう。お次は一番大事な、誰が君の命を狙ってるかと、俺が何者かについて説明するね。君の命を狙いかねない奴ら──とりあえずそいつらを悪者ワルモノということにしとこう。俺たちはそいつらの敵だ。つまり、君にとっては味方ってこった」

「……そいつら、俺たち、ってことは、複数人なんだな。その敵も、あんたらも」


 赤髪の男が、よくできました、とでも言うように、にこっと笑う。


「察しがいいな。その通り。俺たちはその悪者集団に対抗して作られた組織の一員でね、便宜的に影と名乗ってる。まあちょっと色々な事情で正式名称がないもんでね。で、敵さんの名前は"ペッカートゥム"。ラテン語で"罪"って意味の、国際的なテロ組織だよ」


 ヴェルナーの最後の言葉に、思わず目を剥いた。国際的なテロ組織だと? どうしてそんな物騒な奴らに自分が狙われないといけないのか。


「それは言えないんだ」


 ヴェルナーが少し残念そうな表情を作る。


「未来は自分で確かめてくれ。もっとも、それまで君が生きていればの話だけどね」

「ヴェル、冗談がすぎるぞ。言葉に気を遣え」


 堪えきれないという風に口を開いた先生は、いたくご立腹の様子だった。対してヴェルナーはぺろりと舌を出し、ごめんごめん、と反省しているのか疑わしい謝罪をする。


「ま、そうだな……ヒントを出すとしたら、君が"ペッカートゥム"の活動に支障を与える存在に後々なるだろう、ってことまでは言えるかな。影にも"罪"にも、さっき説明したような予見士がいてね、君が"罪"の脅威になるって予見した。その上で俺たちは、"罪"の連中が君を狙うかもしれないと予想したんだ。脅威の芽は早く摘んでおくに限るからね。それで、俺が君の護衛として影から派遣されたってわけさ」

「護衛?」

「あれ? 言ってなかったっけ」


 ヴェルナーの口調はとぼけるような調子だった。護衛なんて、俺にとっては初耳だ。

 先生がそこでなぜか、刃物にも似た鋭い視線を横に向ける。その視線に気づいているのかいないのか、ヴェルナーは飄々と言葉を続けた。


「影のお偉いさんから言われたんだよ。いつ"罪"の奴らが襲ってきてもいいように、君の周辺を監視しろ、ってね。いざというときは俺が君を守るよ」


 そこまで言って、ヴェルナーはやれやれと言わんばかりに首をすくめた。


「こういう台詞は君みたいに根暗そうなお坊っちゃんよりも、可愛い女の子に言いたかったけどね」

「……ヴェル」

「あーはいはい、うるさいなお前はいちいち」


 桐原先生のたしなめる声に、ヴェルナーはちょっと頬を膨らまして応えた。

 俺はそこで、先ほどから気になっていることを問うてみることにした。


「なあ……ちょっといいか。その……ペッカーなんとか? って奴らは、国際的なテロ組織なんだよな。でもそんな名前、聞いたことねえぞ。その話、本当なのかよ」

「うん、その疑問はもっともだ。"罪"の存在をほとんどの人間は知らない。報道されることはおろか、全世界的にその存在が秘匿されているからな」

「秘匿? どうして……」

「君はクローンというものを知っているかい?」


 急に真面目な顔をして、ヴェルナーがこちらを見据えた。話の展開についていけず少々動揺する。

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