カンヅメ
檸檬絵郎様主催企画
プロセニアム企画参加作品
森、イラスト使用
木々と崖とに囲まれた、ほんの少しだけ開けた場所。小屋がひとつ建っている。
重いリュックを背負い、ここに来てからどの位経ったのだろう。腹が減り過ぎてわからない。大きな木のまたが俺の住まい、目の下には荷物を放り込んだ小屋が見えている。
あの中に行けば、工場から持ち出した『缶詰』がある。謎の病がはびこる街から持てるだけ持ち、逃げ出した。ペットボトルの水も詰め込んだ。そしてここにたどり着いた。
木の上で俺はポケットの中の携帯を取り出す。もうすぐバッテリーが無くなる。スクロールして開いた。木の上ならばかろうじて電波が入っていた。
『カンヅメ』
先に逃げ出した同僚の一言メッセージ。カンヅメ、缶詰、まさかカンヅメに病の原因物質が?それをその時に見て、俺はその考えに取り憑かれた。重いリュックがモゾモゾモゾ蠢く気がした。
缶詰から何かが滲み出ている気がする……
「う、うわぁぁぁ!」
リュックを小屋の中に投げ出した。慌てて外に出て扉を閉めた。それから……小屋にはなるべく近づかない。
ああ……腹が減った。カンヅメと書いてあったので、ペットボトルは大丈夫だろうと、小屋に入り恐る恐るリュックの中からそれをあるだけ取り出すと外に出た。木陰になる場に置いている。
ああ……ああ……腹が減る。ペットボトルの水が尽きる前に動けなくなるのがわかってきた。時間の問題だろう、どうせ死ぬのなら、最後に缶詰を食うか、そもそもメッセージに、それが汚染されていると書かれてはいない……。
目の下の小屋をじっと見る。食うか食わないか、どうするか、奴にメッセージを送ったが返事はない。ならば缶詰を食って、もしや『感染』してしまったのか?もはやこの世には。
カンヅメ。カンヅメ、あの小屋には食い物がある。ああ……腹が減った。どうせならば食ってからと、俺は木から降りようとした時、
ピロリーンと電子音。奴からの返信が来た!俺は震える手でページを開く。
生きている、奴は生きている、俺より先に逃げ出した奴、缶詰を食っているんだろ。『食っても大丈夫か』そう送った返事が届いた!
きっと『大丈夫』と、お決まりの一言メッセージがそこにある、あるに違いない。俺は目をパチパチとさせて画面を見る。おそらくもうすぐバッテリーが無くなる。
「……は?」
それを読んで手から携帯がスルリと滑り落ちた。かしゃーんと軽い壊れた音がした。俺は大きな枝にもたれて、空を仰ぎ見る。く、ククク、ふフフフフ
そうか、そうだったのかよ……、もっと早くに知らせてくれよな。俺は何もかも諦めて目を閉じた。
―――、木々と崖とに囲まれた、ほんの少しだけ開けた場所。小屋がひとつ建っている。手前の大きな二股に枝を広げた木の上には、かつて男が独りいた。彼は小屋を力なく眺めていた。
男が最後に受け取ったメッセージ、そこには……
缶切り
そう、ひと言書いてあった。彼らが持ち出した缶詰は、缶切りが無いと開けられない代物だった。
カンヅメ、缶切り
男は小屋を眺めて、カンヅメに焦がれて焦がれて、夢見て……、ここに逃げ出し来たことを後悔し……、やがて飢えて弱る。木の上から動けなくなる。
木々と崖とに囲まれた、ほんの少しだけ開けた場所。小屋がひとつ建っている。
男はそこに閉じこもったまま、死んでからトサリと落ちた。誰も彼をここまで探しに来ることは無かった。
木の上には、誰もいない。
終。