賑わいの街。
タイトル回収……漸く。
実は主人公はそっちかよ、的な。
やっと我に還った私を引き摺る必死な表情の慎。
それすらイケメン過ぎ……とキラキラした眼差しを送れば、いつも以上に大きな溜め息をつかれた。
「頼む、俺がイケメンなのは分かってるから、本当に頼むから戻ってきて」
「はい、喜んで!!」
「お前、どんだけ俺の顔好きなんだよ……」
失礼な、顔だけじゃないもん。慎の良さだったら、さっきのアビオ様より熱く語って聞かせてあげられるのに!
さすがに、片想いの相手にそこまで出来るほど、開き直るのはまだ無理だけど。
「瀬里香、お前がよく言ってた異世界転移モノにティルローランドはないのか?」
「私の知ってるのには出てこないけど……。それより、勇者様の帰還とか、慎に似合いすぎててどうしよう。さすがイケメン。異世界でも最強!」
「お前は一回イケメンから離れろ! 話が進まねぇ!!」
そうして。神殿の外に出た私たちを待っていたのは、羨望と好奇を全面に押し出した街の人々の熱烈な大歓迎だった――。
ティルローランドに伝わる伝説の勇者の名前は、ティリシア・ファレルというらしい。
元々、私たちの世界の人間で、同じように召喚されたのだそうだ。……水の巫女と呼ばれた、現在では水の女王としてティルローランドを守護しているティリカ様と共に。
勇者と巫女は、時間の流れが違う異世界――私たちの世界から召喚されるためか、そのまま留まり続けると長命になるらしい。実年齢よりも若く見えるのは魔力の影響が大きいようだが、時間の流れがどう作用しているかは解明されていないらしい。
ただ、召喚されて魔王を封印するまでは完全にティルローランドの時間の流れが緩やかになるそうで。アビオ様の話だと、もしあっちに今から戻れたとして、私たちが召喚されてからほんの数分しか経っていないようだ。いや、数秒って言ってたっけか。
そして、ここからが本題なのだが、そもそも、あちらの世界から勇者と巫女が召喚されるのは、ティルローランドに数百年に一度現れる【魔王】を倒す力を地球人が持っているからなのだそうだ。
魔王の力は、闇の力。それに対抗する光の力を持つ勇者――更に、このティルローランドの頂点に君臨する水の女王の後継者たる水の巫女。
魔王の配下である魔物たちを、仲間を増やしながら一掃し。難なく魔王を倒した2人……地球人であるティリシアとティリカは、この異世界で恋に落ち。やがて結ばれ、自然に子を成した。
だが、倒されたと思っていた瀕死の魔王が2人の子供を狙い、手に掛けようとしたとき……ティリシアは、魔王を自らの身体を犠牲に作った塔に封じ込めたのだという。
現存する光の塔には、今でもティリシアが眠っている。尽きようとする力を、世界を維持させることだけで精一杯なはずの女王を水輝宮に独り残して。
「魔王を封印したそのとき、女王様は2人の愛の結晶である王子様を、再び魔物たちに狙われることのないよう自分たちの故郷に転移させたのでございます。その王子様こそが――」
「慎なんですね!! やっぱり、ただのイケメンじゃなかったんだね、さすが史上最強イケメン。本当に王子様だったなんて、何なの、ゲームやラノベもビックリの素敵シナリオ! ありがとうございます、ほんっとに尊い……」
「瀬里香、黙ってろ。今は俺が突っ込まなきゃなんねーんだよ! 一から百までな!!」
感動した訳でも、驚いた訳でもなく。慎は静かに怒っていた……静かに? というか、ぶちギレてるのか。
「シ、シン様!! どうか、お怒りを治めて下さいませ。女王様は貴方様をお守りするために……」
「だったら、何で俺は今、この世界に戻された? 本当に守りたかったというなら、このままティルローランドのことなんか知らないまま、ただの鷹沢慎として生きて死なせて欲しかった」
慎の呟きは、事の成り行きを見守っていた周囲の人々にも聞こえたようで。みんな、悲痛な表情で慎から一斉に目線を逸らした。
先に聞いて、もう知っていることだが。私たちが召喚されたのは、女王様の力が尽きかけているために勇者の封印も弱まり、世界中の魔物たちも復活してしまったからなのだ。
それに対抗できる力を持つのは、水の楽園と呼ばれる異世界――ガーデンで、光と水の魔力を有した私たちだけだから。
「そんな心にもないこと言っちゃダメだよ、慎」
逸らした目線の中、私だけは真っ直ぐに慎の心の中まで暴いていく。
せっかく、もう二度と逢うことの叶わなかったご両親のいる世界に来られたというのに。そんなこと言っちゃうなんて、慎らしくもない。
私の大好きな慎は、心配性だけど正義感が強くて人一倍努力家で――。
「私たちが、慎のご両親を助けてあげられるんだよ? 今まで慎が、師範から……育てのお父さんから教わってきた剣技でご両親を救えるの! それって、運命的だよね。師範も喜ぶんじゃないかなぁ? 慎のこと、大好きだもん」
「瀬里香……」
「私が水のトラブルばっかりだったのも、水の魔力ってヤツのせいだったんでしょ? 要するに、いずれはティルローランドで力を発揮するための準備期間だったのかもしれないよね。っていうか、そもそも私たち、一緒に召喚される運命だったってことじゃない。家の隣に慎が貰われたのだって、運命通り越して必然的だったんじゃないかな!」
「何だ、そのポジティブシンキング」
あ、今の慎の笑い方……感情を取り戻していった頃の、私が恋してると自覚した頃の"ちょっと困ったような笑い方"だ。
「やっぱり好きだなぁ……」
「はいはい、分かってるって。お前が俺のイケメン顔がだーい好きだって」
「えっ!? あ、うん。そうだね! うん、大好きだよ!!」
思わず、うっかり素で好きだなぁ……とぼやいてしまったが。慎にはいつものイケメン好き発言に取られてしまったらしい。
ホッとしたらいいのやら、哀しむべきなのやら。乙女心は、ちょっとだけ複雑なようです――。
何だか、周囲にも生温い眼で見守られている気がする。
効果があるかは分からないが、自分に出来る限り最上級の微笑みを周囲に向けてみれば――卒倒してしまった男性が多数。眼がハートになってしまっている女性陣。
そんな中、最近見たばかりの、表情を失くした慎が視界に入ってきた。解せぬ――何でそんな顔になるんだ。
例え、魅了の魔法が発動しているにしたって、魅了されて欲しいのは隣に立つこの男だけだというのに。
「さーて。しょうがないから、いっちょ勇者様と巫女様始めよっか?」
「そうだな。後ろ向きなんて、俺らしくねぇ。ましてや、瀬里香にゃ一番似合わねぇ」
「うん! 前向きなことくらいが私の取り柄だもんね」
「……それだけじゃねぇけどな」
水の巫女を迎えるための神殿――ガーデンパレス。その神殿を護る人々が暮らす、ガーデニアの街。
私と慎の、ティルローランドでの旅が漸くここから始まったのだった。
やっと本編、はーじまーるよー!
長かった。
そして瀬里香の慎大好きは、ぶれなかった。
無自覚天然スマイル炸裂してますが、やっぱり本人気づかない。一生気づかないヤツですやん、コレ。