始まりは島。
自分が異世界転移したらどうするのか考えたことがありますかー?異世界転生でも可。
私の家の隣には、割と有名な剣道の道場がある。
そこの師範は早くに奥様を亡くし、独身を貫く愛妻家としても知られている。50代半ばだとはとても思えないダンディーイケメンなので、それはそれはモテまくりなのにも関わらず。
私は、その師範――鷹沢京一郎の愛弟子を自負している。
ちなみに、一番弟子は息子である鷹沢慎である。ただし、慎は息子といっても血の繋がりはない。
まだ奥様が生きていた頃、子供の出来なかった夫婦は養子を求めて孤児院から慎を引き取ったらしい。私がそれを知ったのは、奥様の葬儀の日で表情を替えない慎の代わりに泣き喚いた後のことだった。
師範も奥様も文句なしの美形で、息子の慎も幼い頃から既に近所で評判の美少年だから、似ていないとはいえ養子だなんて思ってもみなくて大層驚いて涙も引っ込んでしまったのを思い出す。更に、血の繋がりがないから泣かないのかと見当違いの質問をして、感情表現が下手なだけだった慎を困らせてしまったことも。
……思えば、私は慎とは逆に感情の降り幅が激しく、よく言えば天真爛漫。悪く言えばめんどくさい子供だった。
両親にも姉にも甘やかされ、素直というか馬鹿正直というか、何でもストレートに考えずに物を言う。慎と幼なじみとして付き合っていくうちに、お互いの良さや悪さを理解して、一定レベルの良識ある人間にはなれたと思っている。……多分。
師範に鍛えられ、慎には敵わないながらも、練習相手になれるぐらいにはなったはず。
だから、こんなどう見ても異世界としか言い様のない場所に放り出されたとしても、死なない程度には戦えると思いたい。現実逃避して、ちょっと過去を思い出してしまいはしたけれど。
「おーい、瀬里香。そろそろ戻って来い」
「ハッ。ここは何処、私は誰!?」
「はいはい、もう現実逃避はいいから」
救いなのは、私一人ではなく、慎が一緒にいてくれているということか。
周囲を改めて見回してみれば、明らかに無人島っぽい場所で、海の色は気を失う前に見た……あの青い水だ。
綺麗なんだけど、明らかに私の知っているどんな海とも違う。テレビで見る南の海とも違い、どう考えても地球ではないのが分かる異質さ。
気を失わなかった慎は既にそれに気づいていたのか、全く取り乱した様子もない。さすがに、私の意識が戻る前は多少なりとも動揺はしただろうが。
「誰か……いる訳ないよね?」
「一応、声は上げてみたが何の反応もなし」
「やっぱりかぁ」
「ただ、転移陣っぽい紋章はあるぜ。歩けるなら行ってみるか?」
転移陣っぽい? うわぁ、ますます異世界そのものだ。
ということは、私を呼んでいたあの声は、異世界からのものだったってことになるのか。
波の音はこの海の――ああ、そうだ。やっぱり聞き覚えのある波の音だ。何だろう、ちょっと懐かしいとすら感じてしまう優しい音。体内から、力が沸き上がってくるような。
10分くらいも歩いただろうか。慎に案内されてたどり着いた転移陣っぽい紋章は、不自然に宙に浮いて光っていた。
コレ、何てファンタジー?
まだ、私の意識が戻る前。慎はこの光を遠目に見つけて、転移陣っぽいと判断したらしい。
「しかも、何か水の膜……? 覆われてない?」
「入れるのかも謎だよな」
「だから、どうしてあんたはそんなに冷静なのよ」
適応能力が高いんだろう、羨ましいことだ。私は色々動転しまくって逃避したくなるというのに。
「2人で逃避してたら、どうにもならんだろ。良かったな、俺が冷静で」
「ソウデスネー」
棒読みで呟きながら、覚悟を決めて紋章に手を翳してみる。
女は度胸。私だって、やれば出来る子なのだ。
「うーん。手じゃダメなのかな?」
「焦るなよ、まだ反応しないだけかもしれない」
心配性の慎らしく、翳した手のもう一方を握り込んで軽く力を入れてきた。
手を握ったことなんて初めてではないんだけど、何だか胸がざわつく。
普段から憎まれ口ばっかり叩いてるけど、慎は私の好きな人……なんだと、こんなときに考えてる場合じゃないのに感じてしまった。
(――聴こえますか? 巫女様、ですか?)
「っ!!」
「瀬里香、今の声!」
――間違いない。教会で聴こえたあの声だ。どうやら、男の人っぽいが。
(良かった! 無事に召喚できたのですね! さあ、その転送装置からこちらへ――)
「はっ? 無事に召喚? 勝手に人をこんな異世界に呼びつけといて何なの、あんたは!? ってか誰よ、そもそも」
「瀬里香、興奮しすぎだ。ちょっと落ち着こうか?」
「慎は黙って。文句でも言わなきゃやってらんないじゃないの! しかも、今さらだけど、こいつさっき私のこと巫女様って言ってたんだよ。巫女様って、アレでしょ? よくある乙女ゲームとかの世界を救って、的なヤツ! 私にやらせる気なんだよ、そんなめんどくさいの!!」
「巫女様がめんどくさい言ってんだけど。いいんかな、召喚した人ー?」
ギャーギャー喚く私を抑えつつ、転送装置に向かって慎は笑いながら話しかけている。
笑いごとじゃないから。慎だって、巻き込まれ転移ってヤツじゃないのコレ。
一回でもいいから、慌てふためく姿を私に見せてみろよ。そんなの最早、慎の偽物でしかないだろうけど。
(申し訳ありません……巫女様のお怒りは覚悟しておりました。しかし、私共の事情もございます。まずは、こちらへおいで下さい。改めて謝罪でも何でも致しますので!)
だってさ、と慎は私の頭をポンポンと軽く叩く。
分かってるわよ、怒ったところでどうせ帰れないんでしょう? 楽しみにしてた、ガーデンパーティーの料理やスイーツたちが食べられなくても文句言っちゃダメなんでしょ!?
目を潤ませながら、無言で睨んでやると。慎はグッと息を飲んだ様子で、珍しく目を泳がせた後、大きくため息をついて見せた。
「……向こうに戻れたら、あのレストラン連れてってやるから。取り敢えず泣くな、頼むから」
「……スイーツバイキング、週末やってるんだって」
「奢れって言うんだろ? 分かってるって、お姫様。いや、巫女様」
よし、言質は取った!!
途端に機嫌を直した私を見て、慎は柔らかい微笑みを浮かべる。
……うわ、反則! 何、その殺傷力全開のスマイル!!(私限定)
「い、行くわよ! 行ってやろうじゃないのっ!」
動揺は隠せていないが、転送装置に向かって歩き始める。
繋がれたままの左手が熱くて仕方がないけれど、手汗をかいてないだけマシだと思うことにしよう。
繋いでいた手が、何故だか恋人繋ぎに変わっていたことには気づかないフリだ……考えたら負けな気がするから。
転移したときの、あの光に包まれながら――ああ、本当に異世界転移しちゃったんだなぁ、と。今度は気絶せずに考えながら、眩しさに目をぎゅっと瞑るしかできなかったのだった。
やっぱり説明長くてすんません。
簡潔に纏めるって。どうしたらいいんでしょう?(現実逃避)