波の音と呼ぶ声。
なろう、では初めて投稿します。
マイペース投稿になると思いますが、よろしくお願いします。
物心ついた頃から、私の周りではやたらと水に関するトラブルが絶えなかったと記憶している。
例えば、初めてのプールで悪ガキに足を引っ張られて溺れかけたとき。溺れかけた、といっても実際には危なくもなんともなく、足を引っ張った相手の方が何故か急に意味不明の悲鳴を上げながら謝り倒して逃げ出しただけだったのだが。
水族館では、訪れる度に何かしら魚や動物たちが問題行動を起こした。冬のお散歩中だったペンギンたちが、一斉に私に群がって求愛行動に出たと知ったときは、何の冗談かと頭が真っ白になったっけ。巨大水槽の前に張り付けば、何故か全ての泳いでいた魚たちが私の前に我先にと集まってくる始末。
イルカショーでは、百発百中で立候補しなくても観客の中から選ばれる。水飛沫を浴びるかな、と警戒すればどういう訳かイルカたちがコースを替えて他の観客が犠牲になっている。……まあ、喜んでいいのか、これは。
大雨や嵐、台風などは、ある程度の規模以上は回避しているのではないだろうか。修学旅行だの家族旅行は事前に中止かと思うレベルの台風が近づいていても、必ず進路が逸れたり規模が小さくなったり。その代わり、雨女じゃないかと疑われるくらいには、普通の雨にはよく降られてしまうのだが。
そういえば、大震災の起きた日は、朝から原因不明の高熱でそれから三日三晩寝込んだのだ。
詳しい被害を知ったのはテレビで、幼いながらに物凄くショックを受けたのを覚えている。津波の音なんて聴いたこともないのに、押し寄せてくる波の轟音が襲ってくる感覚。余震が頻発している間は気が休まらなかった。
今では、その波の音は只のさざ波になってしまっているが、不意に聴こえてくる波の音……なんて誰にも信じてもらえないと思って、今まで話した相手は1人しかいない。
「何、今日は朝からザーザー鳴ってんの?」
「雑音みたいに言うな、こら」
波の音が聴こえるときの癖で耳を塞いだり外したりを繰り返していたせいか、すぐに気づかれて朝から鳴りまくっていることを打ち明けたところ、あまりにアッサリ返されて文句を言わずにいられなかった。
「何もこんな日に……。お姉ちゃんの結婚式だっていうのにっ!」
「何かの前触れじゃなきゃいいんだけどな。震災のときは、高熱だけだったんだろ?」
「それまでは、波の音は聴いたことなかった。定期的に、思い出した頃に来るんだけど……朝からずっと、なんて初めてかもしんない。何か、間隔も短くなってきてるような気がするし」
今日は、7歳上の大好きな姉の晴れの日。3年のお付き合いを経て、漸く結婚式を上げるのだ。
入籍は一週間前の姉の誕生日に済ませてはいるし、ダンナさんになった義兄とは、私も両親も含めて1年は同棲……同居済みではあるけれど。そんな姉の大事な日に、不吉とも言える波の音が鳴りまくるだなんて。
大丈夫と思いたいが、何かあったらどうしよう、という気持ちの方が強い。
「一応、教会の見回りでもしておくか? 何もしないよりはいいだろ」
「見回りかぁ……」
「この教会、海辺だしな。それこそ津波とか起きたら」
「コラ。縁起でもないこと言うな!」
海に面した、小さな教会。それが姉の選んだ、身内と親しい人だけを呼ぶのに相応しい場所だ。
呼ばれたのは、お互いの家族の他には姉と義兄の親しい友人と恩師ぐらい。ちなみに、私の目の前にいるヤツも家族以外の1人――義兄の友人枠兼隣人兼幼なじみだ。
「そういや……結局、結婚式出ることにしたんだね。最後まで迷ってたのに」
「あー、剣道の大会が中止になったからな」
「別に今さら大会なんか出なくたって、全国一なのは分かりきってんだから、最初から素直に結婚式出るって言えばよかったじゃん」
そういう訳にはいかないんだ、とか何とか。世の女の子たちを虜にしている王子様とも言われている美しい顔をほんの少し歪める。
そんな彼が素直に結婚式に出たくなかったことを、幼なじみであり……長年片想いしている私だけは知っている。彼の想い人が、今日結婚式を上げる姉その人であるからだと。
「そういや瀬里香、見回り行かねーの? もたもたしてたら、あっという間に集合時間になるぞ」
「行く。言い出しっぺなんだから、責任取って慎も一緒に来てよね」
「はいはい、分かってますよお姫様」
誰が姫だ。自分は王子様って言われてるくせに。何の嫌がらせだ、全く。
確かに私の片想い相手は超絶イケメンであるが、別に私は面食いな訳じゃない。顔面偏差値が高いから好きになった訳ではなく、好きになった幼なじみがたまたま他を圧倒するブッチギリのイケメンなだけだ。
言い訳っぽいけど、そこは気にしない。
そして、見回りの結果。
教会の中にも周囲にも、当然何の異常もなく。相も変わらずザーザー鳴り響く波の音だけはどうにもならなかったが、どうにか結婚式は無事に終わり、併設している小さなレストランでガーデンパーティーが開かれるため、移動し始めた。
「良かったぁ……無事に終わって」
「まだ鳴ってんの?」
「絶賛、大合奏中。讃美歌のとき邪魔でしょうがなかったよ、マジで」
「うわぁ……」
憐れむ眼で見るな、頼むから。
「ってか、さっきから何か波の音に混ざって誰かに話しかけられてるような気がするんだけど……誰も呼んでなかったよね?」
「まさかの心霊現象も起きてんのか?」
「やーめーてー!!」
だって、何か(お願い、助けて、応えて)ってリアルタイムでダイレクトに耳元で囁かれてるような――。
「瀬里香!?」
「えっ、何? どうかした?」
「お前、今一瞬だけど透けてたぞ!?」
「へっ……?」
いつも飄々としているイメージの慎が、珍しく取り乱した様子で私の手首を慌てて握り、真っ直ぐに眼を覗き込んでくる。
待て、何か距離感がおかしくないか? ってか、近い。顔が近いんですけど!
絶賛波の音に耳がおかしくなっている中、目の方は顔面偏差値ブッチギリの男が至近距離で迫ってくる始末。ナニコレ、どんな拷問?
プチパニックに陥り、意識が遠くに行きかけたが、気を失わなかっただけでも褒めてもらいたい。いや、いっそ気絶していいんじゃないかな、コレ。
「……瀬里香っ、」
慎の声が至近距離から響く。声までイケメン、あ、イケボだっけ?
心配そうなバリトンボイスに腰砕けになりながら、更に涙目になりかけた私だったが――。
(お願いします、この世界を助けて――この声が届いていますか?)
眼前の景色が、突如真っ青な水に変わる。
あれ、水って、透明じゃなかったっけ? とボヤッと考えるくらいには余裕があったのか。水中のはずなのに普通に息が出来てるなぁ、とか。ただ単に現実逃避していただけかもしれないが、私と慎の周りだけ不可思議な光に包まれていくのを見たのを最後に。
今度こそ、何が何だか分からないままに意識を失ってしまったのだった――。
説明長くてテンポ悪いです。
導入部なのでご容赦下さい。
現代側にもまだまだ設定の説明が足りてません。転移後に、色々明かしていく予定。
敢えて説明しない設定もありますが。