第10話 冥界の主と主神アルカ
外伝にしようか、閑話にしようか、悩んで普通に行きました。
それではどうぞ
天藤伊織。天藤家に生まれた女の子。幼い頃からあらゆる武術を教えられ、一族の頭、姫巫女として育てられ生きていた。あの日、一族が滅びるまでは。
あの日は朝から村が騒がしかったのを鮮明に覚えている。村の男は全員帯刀、女も戦える者は刀や薙刀、弓や槍、各々の得物を持っていた。私は数人の護衛と共に村を離れ、隠れ里に向かっていた。
私には生まれつき奇妙な力があった。自覚したのは三歳の頃だったか。定かではないが、五歳になるころにはその力を制御できるようになった。この力は一族には知られていない。伝承によれば過去の姫は皆、奇妙な力を持っていた。私は先祖返りか何かだったのだろう。私の力は未来予知だった。その未来によれば隠れ里も・・・
「姫様、まもなく隠れ里に着きます。もうしばらく辛抱ください」
「わかりました。けど、隠れ里にはいかない方がいいですよ」
「姫様それは」
私の警告を聞いて訝しんだ護衛の一人が聞き返そうとしたとき、別の護衛が声を上げる。
「おい!里が!」
その言葉に里の方を見ると、
「里が燃えて!?」
未来予知通りの展開だ。
「澪、里桜、碧、榛葉、姫様を連れて遠くに逃げろ。俺は里を見てくる」
「怜音!しかしそれでは」
「いいからいけ!姫様は絶対死なせてはいけない!」
強い口調に、4人はゆっくりと頷いた。
「怜音」
私は怜音に呼びかける。
「なんですか?伊織様」
「少し屈んで」
「?はい」
屈んだ怜音の額に私は、そっと口を付けた。
「伊織様?」
その行動に固まる5人。
「怜音、貴方に神のご加護を。そして、ありがとう」
微笑んでから私は、森へと駆けていく。
「怜音!後でしっかり説明しなさい!」
澪が怒りながら言葉を残し、伊織を追って森に入る。他の3人も同様に、追いかける。
「後で説明ね・・・。説明することなんてないんだが」
ため息をつき、笑みを浮かべながら、怜音は燃え盛る隠れ里へと踏み込んだ。
あの後、怜音がどうなったかは知らない。あの場で死んだのか、生き残り、その後の人生を謳歌したのかわからない。だけど、冥界で再開した怜音はとてもうれしそうだった。
あの場から離れた私達だったが、私達一族を狙うものは多い。追手はしつこかった。接敵ぎりぎりになれば、必ず護衛の一人が囮となって消えていく。澪も里桜も碧も榛葉も怜音も一族皆。私を残して皆いなくなった。
私は力を使いながら、全てを欺き、生き抜いてきた。辿り着いた村でひっそりと暮らしながら。そんなとき、帝国での事件が起きた。王位継承権を持つあの人を殺すために躍起になった。いたるところに手配書が張られ、兵が町人がすべてが敵になったあの日。2度目の転機が訪れた。
私の村にあの人、アリオスがやってきた。アリオスが来てから村は活き活きしていた。村全体が明るくなり、幸せな暮らしを送っていた。
お互い一目惚れ、誰もいない森の中で互いの事情を話し合ったうえで、私たちは生涯を誓い合った。その時に私は柊を身籠った。二人で誓ったわ。なにがあってもこの子は守ると。でも、それには限りがある。町に行った時に知り合ったテミアや村の人の手を借りながら、出産し半年が過ぎたころ、再び魔の手が迫っていた。偶然帝国の兵士に顔を視られてしまったのが原因で、私もアリオスも再び追われることとなった。
アリオスは早い段階で、私を逃がすために囮になって殺された。私も道中、攻撃を受け負傷していた。自分の命が長くないことを悟った私は、テミアに柊を孤児院の前に置いておくよう頼んだ。なかなか納得してくれなくて、時間がかかってしまったけど。
その後私は、帝国近辺にある平原に一人佇み、敵を待った。簡単には死んでやらない。一族を、夫を殺した国に傷を残すまでは。数時間後には、数百の兵士が私を包囲していた。
「手負いの娘一人、この程度で十分ってこと?それとも、手負いの娘一人やるのにこんな兵力が必要なの?」
開口一番飛び出したのは挑発。こんな時まで、と思わずにはいられなかった。
「弓兵!魔術兵!撃て!」
挑発に乗ったかどうかはさておき、攻撃を仕掛けてくる兵に対して
「久しくこの子を握るな」
私は腰に吊るす刀を撫でる。そして、構え、息を整え、抜刀
「天藤流抜刀術天狐道爛」
天狐道爛・・・姫巫女である伊織にしか使えない抜刀術。自身と契約する神の力を顕現させ、その力を自在に操るもの。
「初めまして、天藤伊織。私はアルカ。天狐のアルカです」
初めて対面した神は美しかった。見惚れてしまうほどに。でもいつまでも惚けていられない。だって、敵の攻撃がそこまで迫っているから。だから、迎撃するために刀を振るう。
「天藤流刀術天狐ノ舞壱・連恍!」
迫りくる矢と魔術に向かって光が伸びる。その光は矢と魔術を打ち落とし、伊織の周りに滞空する。
連恍・・・相手の攻撃を、全て迎撃する技。その後、光は滞空し、次の攻撃へと活かされる。
「天狐ノ舞弐・恍剣・惨禍!」
恍剣・惨禍・・・惨禍の文字が示す通り、恍剣が縦横無尽に飛び回り、死体の山を積み上げる。
「天狐ノ舞参・天尾・拾!」
天尾・・・天狐の尾を召喚し薙ぎ払う。召喚できる数は最大で拾。この尾は防御にも転用できる。
弐回の攻撃で、帝国の兵士は半数が死亡。既に壊滅と言っていいほどの損害を与えていた。しかし、伊織は止まらない。
「天狐ノ舞肆・天爪・獣!」
天爪・・・天狐の爪を召喚、それを自身の刀と同じ軌道で斬り裂くか、天狐の配下を召喚し縦横無尽に斬り裂くか、その二択。獣なら配下を、刀なら刀を。
壊滅状態の軍の中を、一撃必殺の威力を秘めた狐が狼が、そして鳥も犬も猫までもが駆けまわり、被害を広げていく。
しかし、負傷した伊織にこの力は負担がかかりすぎた。
「伊織、そろそろ」
「わかった」
最後の力を振り絞り、最後の一撃を放つ。
「天雷」
伊織とアルカの周りを雷鳴が轟く。
「天狐ノ舞伍・終天」
終天・・・発動する属性によって、効果が変わる。今回の天雷が引き起こすは、天地を焦がす雷による蹂躙。
残る兵士も、周囲の魔物も森も空も、全てを焦がす天の裁き。
最初の攻撃の後、何もできずに死んでいく帝国兵。その残りが逃げようとするが、
「逃がさない」
天爪・獣で周囲を囲み逃げ場をなくす。
「焼き焦がせ終天」
「・・・伊織」
「ありがとう、アルカ」
一帯を焼き焦がし、その中心に横たわる伊織とそばに佇むアルカ。
伊織の体は限界を超え、今にもその人生を終えようとしていた。体の隅から消えるように、存在が崩れていく。
「ねぇアルカ、どうして主神自ら私と契約したの?」
「気付いていたんですね」
「まぁ、過去の巫女と比べて私の力が強すぎたからね」
アルカは困ったように微笑んで、答えを述べる。
「ただ、貴女が気になっただけ。それだけなの」
「そんなんでいいの?」
「神は自由なんです」
ほんの少し、話をして、やり残したことはたくさんあったけど、楽しい一時だった、思いながら私の意識は沈んでいった。
消えていく伊織を見つめながらアルカは
「貴女と貴女の子供に神の祝福と素敵な出会いを」
願いながら神域へと戻っていく。
「アルカ!冥界に死者が溢れて、大変なことになっています!」
戻ってすぐ、アルカはイリスに呼び止められた。
「いい加減、冥界の主を定めてください!」
「そういわれても、死者の中で敵性のある人なんて早々いな・・い・・・」
「アルカ?」
「あ」
アルカは至った。自身と契約し力を使いこなした存在を。
「イリス!今すぐ冥界に行きますよ!冥界の主の神権を持ってきて!」
「え?」
「早く!」
神権を取りに行ったイリスを見送りながら、アルカはその顔を綻ばせた。
「すごいことになってるわね」
「さっきよりひどいです」
二人の前には、何故かわからないが整列させられた死者たちが。
「なんでこんなことに?」
「アルカ、あの人」
イリスに言われ、ある人物を見つける。そして
「ねぇ伊織、何してるの?」
再開の挨拶ではなく、現状の説明を求めた。
「あ、アルカ。なんか皆騒がしかったから、鎮めただけ」
「鎮めたって、なにしたの」
伊織の後ろに倒れる数人をさしながら、イリスが尋ねる
「喧嘩売ってきた、買った、撃退した、そしたらみんな静かになって、こうなった」
「・・・」
「こっちみないでよ」
イリスがアルカに視線を向けるが、アルカ自身も驚いている。
冥界に来るまでに伊織の話はしてあった。だから、候補として考えてはいたが。
「想像以上に適任ね」
「なにが?」
「ねぇ伊織、冥界の主にならない?」
こうして、冥界の主が決められた。
この時に、天藤の一族とアリオスと再会。村を出てからのことを話しながら、アリオスは一族の者から色々言われていた。そのどちらもがうれしそうな表情で。
この数日後に柊が孤児院に届けられ、テミアがティアを身籠る。
テミアは夫に事情を説明し、了承を得たうえで帝国を離れた。ちなみに、テミアが狩猟の神になったのはつい最近の出来事。
おまけ
・さっきよりひどい・・・単純に、全ての死者が何かに怯えるようにして、整列していたから。
・天狐のアルカ・・・お分かりの通り、主神アルカ。狐が神性を受け、九尾や妖狐、最終的に天狐となった。アルカとしての自我は天狐になったときに獲得した物。それ以前の記憶はなく、自我があったかも覚えていない。
・この世界の神・・・アルカが初代主神なのは、アルカが天狐になるまで、この世界は神の存在しない世界だったから。アルカが誕生し、それに続く形でイリス、バハムート、フェンリル、ナズチ、闘神、が生まれ、そこからさらに増えていった。現在でも空席の座は存在する。
・喧嘩を売った男・・・帝国の兵士長です。武器がないから勝てると思ったら・・・
・天藤の一族とアリオスと帝国兵・・・一部の者は、アリオスを殺そうとしました。(冥界でまた死ぬとかあるのか?)しかし、多くの者がそれを祝福しました。そして、アルカが主神の権能で生まれたばかりの柊の姿を投影したため、全員の顔が崩れた。敵だったはずの者も、赤ちゃんの寝顔には勝てませんでした。あ、兵士長も例に漏れず。
結構端折りました。怜音が他の者と違い伊織様呼びなのは、世話役をしていた時に、姫巫女命令で名前呼びを命じられたからです。
それと、狐云々ですが、この世界の進化の順として、狐、妖狐、九尾、天狐になります。アルカという名前も、天狐になったときに自分で付けたものです。
次回は近衛対エレノア、ティア、オーデンです。流れによっては、元国王対マリア、レオニカもつくかもです。
それではまた次回!