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まなと常若町の妖草紙  作者: 真鍋はじめ
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8

 帰り道は、陸也に背負われての道のりとなった。さすがに、まだ歩けるとはまなも言わなかった。

 妙は、道を開こうかとびいに聞かれて断っていた。せっかくまなが頑張ったのだからと。まなには道を開くの意味が分からなかったが、商店街まで歩き切ったことを妙が褒めてくれているのはなんとなく分かった。

 陸也の背にゆられ、時折眠気に意識を飛ばしかけながらも妙と陸也にまなはあれこれと話しかけた。商店街のどの店が面白かったとか、お土産にもらったイチゴを食べるのが楽しみだとか、インカとジャスミンがふかふかで気持ちよかったとか。とにかく今日あった、嬉しかったこと楽しかったことをまなは喋り続けた。

 まなの乏しい語彙では同じような表現の繰り返しであったが、妙にも陸也にも十分にまなの喜びは伝わった。二人とも、ほとんど口を挟むことはなく時折「良かったね」「そうだね」と短く相槌を打つに留めていたが、まなもその事に不満を感じることはなかった。短い相槌だけでも、妙と陸也がきちんとまなの話を聞いてくれている事は分っていたし、優しい声音に安堵さえ覚えるほどだった。


 妙の家に帰りつき、妙と陸也と三人でおやつのイチゴを食べたところで、まなの記憶は途切れた。次にまなが気がついた時、まなは居間でクッションを枕にタオルケットを掛けられて横になっていた。

 窓の向こうは既に日が傾きほとんど明るさを失っている。

 ソファで本を読んでいた陸也が目を覚ましたまなに気付き笑いかけた。

「おはよう。良く寝てたね」

 陸也はソファを離れまなの横に膝をつき、乱れたまなの髪を優しく梳いた。

「朝まで起きないかと思ったよ。今日は良く歩いたし、たくさんの人と会って喋って疲れたろうから」

「ねてた?」

「うん。イチゴを食べ終わったところでパタンって」

「ぱたん」

「そう。後ろにパタンと倒れてそのまま寝ちゃったんだよ。頭、打ったと思うんだけど痛いところない?」

 まなは、ぺたぺたと己の頭を触りまわり

「ない」

「カーペットの上だったのがよかったかな。フローリングだったらこぶになってたかも」

「かあぺっと、ふおーいんぐ」

「カーペットと、フローリング。この敷いてあるのがカーペット、木の床の部分がフローリング」

「ふろおりんぐ」

「うん、良く言えました。もうすぐご飯だよ。お腹すいてる?」

「おなか」

 まなは自分の腹を両手で押さえてみると、見計らったかのように腹の虫が鳴いた。

「すいた」

「みたいだね」

「そりゃあ良かった」

「たえさん」

 妙が大皿と深皿をそれぞれの手に持って現れた。大皿には絹さやの卵とじ、深皿にはヒジキとツナと野菜のサラダが盛られている。

「夕飯にしよう。二人とも手伝っておくれ」

「はーい」

「はあい」

 まなと陸也は仲良く返事をし、手を繋いで妙の後に従い台所へと向かった。

「箸と取り皿を出しとくれ。あと、そこの小鉢とアジの開きもも持って行って」

「じゃあまなちゃん、お皿とお箸持ってくれる?」

「うん」

「はい、お願い。行こう」

 まなに小皿を箸を渡し、小鉢と焼き魚を乗せた盆を持った陸也はリビングへと戻ることを促す。小皿の上に箸を置き、真剣な顔つきでまなはそれを運んだ。

 無事運び終えると、陸也はまなにそれぞれどこに置くのかや、箸の組み合わせや向きをまなに教えながら小皿と箸、小鉢と焼き魚をテーブルにセットをした。セットし終えると、妙がご飯とみそ汁を持ってきた。

 商店街で貰ったまな用の小さなお茶碗とみそ汁椀が、まなの前に置かれる。

「さ。食べようか。いただきます」

「いただきます」

「い、いただき、ます」

 まなの隣に座った陸也が、まなの焼き魚の身をほぐしてくれた。焼き魚は、まな用に半身になっていた。

「いずれは自分でほぐせるようになるんだよ?」

「うん」

「それにはもうちょっと箸が上手にならないとねえ。あ、フォークとスプーンを出し忘れた」

「ううん」

「ん? いらないのかい?」

「おはし、する」

「そうかい」

 陸也に箸の持ち方を直されながら、まなは時間をかけて箸で食事を進めた。スプーンとフォークを使った方が簡単なのは分っていたが、自分のために用意さえた箸や茶碗、半身にされた焼き魚がとても嬉しくて。だから、箸が使いたかった。

 まなは何度も箸でつまんだ物を溢したり箸自体を落としたりと悪戦苦闘したが、長い時間をかけて箸だけで食事を食べ終えた。その間に妙も陸也もとっくに食事を終えていたが、まなを急かすことも箸を落としたことを叱ることもせず、時折、まなの意思を確認しまなの気持ちを尊重した。

 最後に残った一口のご飯を口に入れ、箸を置くとまなは思わず大きく息をついた。

「ご、ちそうさまでし、た!」

「はい。お粗末さま」

「お箸だけで頑張ったねえ」

「……うーん」

 納得いかなそうなまなの返事に、陸也は

「どうしたの?」

「だめ」

「なにが?」

「まな。おはし、カロコロ。ごはん、も」

「最初のうちは仕方ないさ。みんなそうやって少しずつ上手になっていくんだ。まなだけがダメなわけじゃない」

「みんな?」

「そう。わたしも、陸也も。最初は落としたり溢したり、上手に使えなくて癇癪起こしたり。でも、今はちゃんと使えてるだろ?」

「うん」

「だから、まなちゃんもちゃんと使えるようになるよ。毎日使ってればね」

「うん!」

 三人で夕食の片づけを終えると、陸也は帰って行った。


 やたらと分厚い本を読む妙の隣で麦茶を飲んでいたまなは、睡魔に襲われだしていた。

「まな? 眠いのかい?」

「うん……」

「もうちょっと我慢しておくれ。お風呂にはいっちまおう。すぐ焚けるから」

「うん……」

 妙は慌てて風呂の支度を整え、まなと一緒に風呂へ入った。風呂で体が温められたらそのまま湯船でまなが寝てしまうのではないかと危惧したが、逆にまなは目がさえたようだった。

「熱くないかい?」

「きもちー」

「良かった。足の調子はどうだい?」

「へーき」

「貼り薬が効いたね」

「うん」

「明日の朝はご飯と今日の残りのみそ汁だけど良いかい?」

「おみそしう、すき」

「そうか。さ、そろそろ体と頭洗おうか?」

「ん?」

「あー……、一回お湯から出るよ」

「ん? うん」

 妙はまなを湯船から引き上げ、風呂椅子に座らせるとまず頭を洗い始めた。

「いいかい? 良いよって言うまで目と口を開けちゃあだめだよ」

「ん」

 妙は手早くまなの頭を洗い一気に泡をすすぎ落とし、丁寧にコンディショナーを髪に塗りこめもう一度まんべんなく髪をすすいだ。髪をすすがれている間、息を止めているように言われたまなは髪が洗い終えると若干酸欠気味になっていた。

「はい。良いよ」

「はあああ」

「こりゃ、シャンプーハットがいるねえ。顔は一人で洗えるかい?」

「うん?」

「もう一回目をつむって」

「はあい……」

 なんとなく、また同じような事になると理解したまなは力なく答えた。そして、やはり同じように息を止めることになった。

「次は、体だね」

「いき、とめる?」

「今度は止めなくていいよ」

 笑い混じりに妙が答えると、まなは明らかにほっとした顔をした。

「そのうち、全部一人で出来るようになるんだよ」

「うん」

 まなの体を洗ってやり、先に湯船に戻すとたえは急いで己の事を済ませた。二人でもう一度ゆっくり湯船につかり、一緒に十を数えてから風呂を上がった。

 新しいパジャマに着替えさせられ、歯を磨いてもらい、髪を乾かしてもらっているうちに、覚めたはずのまなの目がまた徐々に重たくなり始めていた。

「もう寝ちまっても良いよ」

「んー……」

「髪が乾いたら後はもうベッドに行くだけだ」

「うん……。たえさん」

「なんだい」

「お、かさん、は」

 まなの髪を乾かしていた妙の手が止まる。

「今日は来ないよ」

「うん……」

「心配ないよ」

「うん……」

「明日もきっと楽しい事がたくさんあるよ」

「う……ん……」

 きっと妙の言う通りになるだろう。そう思いながら、まなは眠りの淵へと落ちて行った。


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