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まなと常若町の妖草紙  作者: 真鍋はじめ
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 まなが砂糖掛けのグレープフルーツの房を三つ、食べきった時だった。

「たーえーさーん」

 玄関から、気の抜けた若い男の声がした。

「ああ、来たか。まなはそのまま座っておいで」

 妙は玄関へ声の主を迎えに出て行った。まなが言われたとおりに、朝食を食べたときと同じ場所に座っていると、妙は両手に紙袋を一つずつ提げた背の高いひょろりとした男を伴って戻ってきた。明るい髪の色をしたその男は、まなを見つけるとふにゃりと笑いかけてきた。

「こんにちは、はじめましてー」

「こ、こ、こ、ここ、」

「あはははは。うん。こんにちは」

「まな。こいつは陸也(りくや)。ちょいちょいうちに顔を出すから覚えておくれ。今日はお前さんの洋服なんかを持ってきてくれたんだよ」

「お、よ、ふく」

「そうだよー。他にも、いろいろ持ってきたからね。気にいるのがあるといいんだけど」

 陸也はまなの横に座り、持ってきた紙袋をさかさまにして中身を広げた。紙袋の中からは、陸也の言うように洋服以外にも靴、帽子、靴下、下着、パジャマ、歯ブラシと言った日用品から、人形、ぬいぐるみ、積み木、おもちゃのピアノ、パズルといった玩具まで入っていた。

「どう? 気にいったのある?」

 どれもこれもぴかぴかの新品でまなにとっては全てが魅力的だったが、それ以上に気になることがあって広げられた洋服やおもちゃを選ぶより、それらを入れていた紙袋にばかり目がいった。

 紙袋は特別大きなものではない。どこにでもある、茶色い無地の紙袋だ。空になった紙袋は二枚とも、どこにも皺もひしゃげた個所もなくピシリときれいな状態だ。それが尚更まなには不思議だった。

 広げられた荷物は、どう見ても紙袋に収まる量ではないのだ。荷物の中にくまのぬいぐるみがあるのだが、そのくまはまなが抱えたらよろめきそうな大きさがある。これ一つで、紙袋はいっぱいになってしまっておかしくない。

 まなは、そろそろと紙袋に触れてみたが手触りはいたって普通。中をのぞいてみても、変わったところはない。不思議に思うまま、紙袋を撫でさすり、逆さにしたりしているのを見ながら陸也は感心そうに

「目の前の分りやすい楽しみよりそっちが気になるなんて、小さい子にしては珍しいね。気付かれないと思ったのに」

「良い目をしてるんだよ」

「それだけじゃなくてさ、洞察力っていうのかな。観察力かな。惑わされず見極める力があるんだね」

 自分の事を言われているのに気付いたまなが、不安そうにたえと陸也を見比べてそっと紙袋を手放そうとした。

 陸也はそれを制し、

「好きなだけどうぞ。何か分ったら教えて、ね?」

「うん!」

 許しを得たまなは嬉々として紙袋の解明にとりかかった。妙と陸也はそんなまなの姿に思わず笑いがこぼれた。

「さて、じゃあ持ってきてもらった物は私が確認させてもらおうかね」

「持ってきすぎたかな」

「いや、助かるよ。あちらから持ってこられたものはこれだけでねえ」

 妙が昨日、男から渡されたリュックを陸也に渡す。中には、子供服が二枚と小さな手帳が一つ入っているきりだった。

「これだけ?」

「あと、今着ているやつだね。詳しくは聞かなかったが、他は到底使い物にならなかったようだよ」

「あれ持ってきたものなんだ。てっきり妙さんがタンスの奥から自分の昔の服を引っ張り出してきたのかと思ったよ」

「自分の子供時代の服なんて取ってあるもんか。手帳の方もひどいもんだよ」

 どれ、と陸也は手帳を開き何度も手帳をばらばらめくって、しかし、望むものは見てとれなくて。

「これって、こういうもの?」

「経験がないから何とも言えないが、違うんじゃないかね」

「意味ないね」

「この手帳を取ってあっただけ良かったと思うことにしてるよ。さ、買い足す必要のあるものの相談にのっとくれ」

「手当たり次第買っちゃっていいんじゃない?」

 妙は苦笑して、

「確かにそれが一番早そうだ」


「まーなちゃーん」

 どれほどそうしていただろうか。飽きずに紙袋を観察しているまなを、陸也がのんびりとした口調で呼びかけた。まなが顔を向けると手招きをしてみせる。紙袋を丁寧に床に置き、まなは呼ばれるままに陸也の傍へ寄った。

「紙袋、何か分った?」

「ううん」

「あれはね、特別な紙袋なんだよ。見た目は普通だけどね」

「とくべつ。……まほう?」

「ふふ」

 陸也ははっきりとは答えなかったが、まなは魔法か、もしくはそれに近いものなのだろうと納得した。

「まなちゃんは、この中ならどれが好き?」

 床に広げられたたくさんの洋服。

「これからお出かけするから着替えないと。好きなの選んで」

「おでかけ?」

「そう。妙さんとね。僕も着いて行くよ」

「どこ?」

「お隣さんと商店街と行きつけのお店。ご挨拶しに行くんだって。さ、どれがいい? これなんか可愛いと思うんだ」

 陸也が選んだのは、ピンク色の全体に白や赤の花があしらわれたシャツだ。

「確かに可愛いけど、可愛すぎやしないかい?」

「きっと似合うよ?」

「似合うだろうけどね」

「じゃあ、こっちは?」

 次に陸也が選んだのは、白い無地の長そでTシャツと胸元にピンクのリボンが付いた黒地のピコフリルのミニキャミワンピ、裾がフリルになった七分丈のデニム。

「結構少女趣味だね、あんた」

「まなちゃんに似合いそうなのを選んでるだけです」

「さっきも言ったが、似合うと思うよ。けどねえ。分ってて言ってるのかい?」

「分ってますよ? まなちゃん、こう言うの嫌い?」

 陸也は今度は首元でリボンを結わく白のフリルシャツと、襟繰りが大きく開いたスカート部分が花柄のピンクのジャンパースカートをまなの前に広げて見せた。

「おはな、すき」

「だって、妙さん」

「――まあ、まなが良いなら」

 きらきらと目を輝かせ服をみるまなを見ては、妙もそれ以上は言えなかった。

「じゃあこれにしようか。お着替えお着替え。あ、僕が着替えさせて良いのかな」

「まな。陸也に着替えを手伝ってもらうので良いかい?」

「うん」

「じゃあ頼むよ。あたしは片づけものしてくる」

「はーい」

「はーい」

 仲良く返事をした二人に、グレープフルーツが入っていた器を手に取りながら妙は思わず笑ってしまった。


「おお。可愛い」

「可愛い可愛い。やっぱり似合うね、妙さん」

 褒められ、まなははにかみながらも上機嫌だ。フリルのシャツとピンクのジャンパースカートに着替えたまなは、それはそれは可愛らしかった。もとより顔立ちは大きな薄茶の目が印象的な愛らしい作りであるし、色白で、雰囲気も可憐だ。それらと相まって、やせっぽっちであることを差し引ても非常に絵になる仕上がりになっている。

「けど、あれだねえ」

「ん? なに?」

「全然普段着じゃないねえ」

「ああ、本当だ。持ってきたのはどれもあまり普段着っぽくないや」

「今日は挨拶回りだし、よそ行きでちょうど良いかね?」

「そう言うことにしておこうよ」

「よし、じゃあ出かけるよ、まな」

「うん」

 玄関でレースの白い靴下をはいた足に、赤い靴を履かせて貰ったまなはさらにご機嫌で興奮に頬を紅潮させていた。

「まなちゃん、ほっぺ真っ赤」

「興奮し過ぎて熱出したりしなきゃ良いんだけど」

「大丈夫でしょう。さ、手を繋ごうね。もう片方は妙さんと繋いでね」

「うん」

「まず、お隣に行くからね。(げん)()さんって言う人のところだよ」

「ゲンゴさん」

「そう。こんにちはって言ってお辞儀しなさい」

「お、じぎ」

「こう頭を下げるんだ」

 妙がやってみせると、まなはすぐに真似をした。

「そうそう。その調子」

 玄関から煉瓦の石畳を踏みながら草木の生い茂る庭を通り、石畳と同じ煉瓦で造られた門柱の扉を抜けるとさらに生い茂る草木が鬱蒼とどこまでも続いていた。

 舗装されていない道が茶色く延び、道の両脇には春の野草がそよそよと風に揺れている。右を見ても左を見ても同じような風景。見渡す限り、家らしきものはない。

「おとなり?」

「ああ、こっちの道だよ。道が左に折れて見えなくなってるその先にあるんだ。ここからじゃ見えない」

「……おとなり?」

 まなの知っているお隣とは、壁一枚隔てただけの距離だ。家と家がこれほど離れていてそれでもお隣と言うことが今一つピンとこなく、困ったように妙と陸也をみる。

「妙さんの家の次にある家だからね。お隣だよ。たとえこれだけ離れていてもね」

「うちは時々やかましい事をすることがあるからねえ。このくらい離れたお隣がちょうどいいよ」

「騒音の苦情とかまずありえないもんね」

「まあ常若町でなら商店街に居たって、ちょっとやそっとじゃ苦情なんて出ないだろうけどねえ」

「はは、確かに。そうだ、まなちゃん。ぶらーんてしてあげようか」

「ぶらーん?」

「しっかり手を握っててね。妙さん」

「あー、はいはい」

 たえと陸也が少し強く、まなの手を握った。

「ほらぶらーん」

「ひぃゃあああ」

 二人がそれぞれまなの手を握ってまなの体を宙に浮かせ、ブランコのようにまなの体が宙で前後に一度揺らすと、そっと地面にまなを着地させた。

「ほぉああ」

「びっくりした?」

 まなは自分の胸に手を当て

「どっどっどって」

「怖かったかな?」

「ううん」

「なら良かった。もう一回する?」

「うん」

「だって、妙さん」

「はいはい」

 結局三人は、お隣に着くまで十回近く同じことを繰り返しながら歩いて行った。


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