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まなと常若町の妖草紙  作者: 真鍋はじめ
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 孝を加えてのお泊まり会は、出だしから賑やかだった。

 まな達の朝ご飯が終わるころを見計らってまなと孝を迎えに来た九汰は、二人の手を取って嬉々として厳悟宅へ引っ張っていった。

 まなと孝がお泊りセットを今日の寝室となつ部屋へ納めると、九汰は厳悟の手伝いと称して、二人を畑へ連れ込んだ。畑で虫を捕ったり、そこら中に水を撒いたり、うっかり苗を踏んで叱られたり、厳悟の指示に従って野菜を収穫したり。

 まなは特に水撒きを喜んだ。水撒きで出来る虹がいたくお気に召したのだ。まながあまりに喜ぶので九汰と孝はつい水を撒きすぎて、気付けば三人ともずぶ濡れになっていた。

 呆れた厳悟に畑から連れ出された三人は風呂へ放り込まれたが、結局風呂でも水遊びになってしまった。ふらふらになって風呂からあがり、早めの昼ご飯を食べると、まず一番体力のないまなが船をこぎ出し、つられて孝ときゅうたもゆらゆらと体を傾けだし、三人ともぱたりと電池が切れたかのように仲良く眠りに付いた。

 厳悟に起こされるとすでに時計はニ時を過ぎていて。

「ねすぎた!」

 縁側でおやつのどら焼きと麦茶を頬張りながら九汰はしきりもったいない、もったいないと言い続けている。

「さわぎすぎました……」

「まな、たのしい」

 どら焼き一つを食べきれないまなは、半分をさらに半分にして九汰と孝へ渡しながらにこにことご満悦だ。

「夕ごはんまでは家の中ですごしましょう」

「えー」

「あんまり外であそびすぎると、またすぐねちゃいますよ」

「あー。それもやだな」

「まなさんと二人の時はどうやってあそんでたんですか?」

「たえんチのにわ、たんけんしたり、インカとジャスミンつれてサンポしたり、りくやつかまえて、やまいったり」

「だいたい外なんですね」

「オレはまなのアウトドアたんとうだから」

「なるほど」

 ふむ、と孝は首を傾けた。

「インカとジャスミンとさんぽはよさそうですね」

「じゃあ、よぼう!」

 どうやって、と孝が聞くより早く九汰はすくっと縁側に立ち上がり畑に向かった大きな声で

「インカ―、ジャスミーン! さんぽいくぞ!」

「ここからよんでも聞こえないと……」

 言いきる前に、のしっと柔らかな毛並みが孝の背中に負ぶさってきた。

「インカさん」

「おー、きたか」

「――さすが、とこわか町……」

 インカの重みに前のめりになりながら、孝はここが普段自分がいる場所とは違うのだとしみじみ思い知ったのだ。


 三人はインカとジャスミンを伴って散歩に出た。特に行先は決めていな。

「インカとジャスミンがいっしょならあぶないばしょに入りこむことはなさそうですね」

「だなー。じいちゃん、むかし、なんかのスにうっかりはいりこんで、しにかけたことあるって」

 九汰がけろっと恐ろしいことを口にした。

「なにかって、クマとかイノシシとかですか?」

 常若町で熊はいないと思われたが、なんせ常若町なので、油断ならない。

「そういうのもだけど、よーかい?」

「おなじとこわか町にすんでいてもあぶないんですか」

「おたがいをソンチョーするために、まもらなきゃいけないことがあるんだって」

 そう言われて、孝は妙が異界とは適切な距離感が大事だと言っていたことを思い出した。

「パーソナルスペースにみだりにふみこむのはたしかにしつれいですね」

「ぱ?」

 聞きなじみのない単語にまなが頭をかしげる。

「うーん、このばあい、かってに人のいえにはいりこんじゃダメってことでしょうか」

 まなにも分かりよう言い換えた孝に九汰はとても感心した。

「コウ、よくむずかしいことばつかうよなー。いろいろしってるし」

 九汰もよくまなに言葉の意味を聞かれるが、うまく説明できないことも多い。難しい言葉を使えるだけでなく、分かりやすい言葉に言い換えられる孝を、九汰は素直にすごいと思っている。

 ところが、孝は九汰の称賛に何故かひどく動揺した。

「す、すみません。よくないですね」

「え? なんで?」

 思いもよらぬ謝罪に、九汰が目を丸くする。

「いつもこんなふうにおしゃべりとちゅうで止まってしまって……」

 孝の態度を九汰と同じく目を丸くしていたまなが、首を傾げつつ、

「こうさん、すごい」

 九汰はまなに同意して大きく頷く。

「なあ? あったまいいよなあ」

「うん。まな、しらない、いっぱい。しってる、いっぱい、なる、うれしい。こうさん、おしゃべり、まな、しらない、の、しってる、なる。すごい」

「だよなー。じぶんもかしこくなったき、するよな」

「する」

 まなと九汰は笑いあう。孝は、そんな二人をぽかんと見返した。

「あの、ありがとう、ございます」

 どこか落ち着かないように、恥ずかしそうに言った孝に、九汰がさらに笑った。

「なんだそれ。へんなのー」

「だって、うれしかったので」

「うれしい。よかった」

「そうですね。――よかった」

 そう言って、孝はまなの手を取った。九汰も真似てまなの手を取る。まなを真ん中に、三人はまた散歩を再開させた。

「そうだ。まちのはしっこ、いってみようぜ」

「はしっこ?」

「そう」

「何かあるんですか?」

「さあ? なんもないかも。でも、とこわかちょうは、あるけどイカイなんだろ? はしっこはどうなってるのか、きにならないか?」

 九汰の言葉に、孝の目が輝く。知的好奇心が存分に刺激される内容だ。まなは、よく分からない様子で九汰と孝を見比べた。

「気になります」

「まなは?」

「まな、ふたり、いっしょ、いく」

「インカ、ジャスミン、はしっこはだいじょうぶか?」

 インカとジャスミンは、そろって肯定の声を発した。

「とおいですか?」

 これにも肯定の声。

「ちかみちで、いきなりはしっこにいくのはつまんねえ」

「とちゅうまでちかみちをしましょう」

 孝の妥協案に、しばし九汰は悩んだが、端っこへの好奇心が勝った。

「よし! じゃあそれで。はしっこまでいこう!」

 九汰の決定に、インカとジャスミンが、もはや見慣れた道をを開いてくれた。三人はインカとジャスミンに促され、意気揚々とその道に足を踏み入れた。


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