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「おやまあ。そんなことになったのかい」
「おやまあ、じゃないです!」
「まなひとりじゃアブナイだろ! たえ、なんといってやってくれ」
帰って来た九汰と孝は真っ先に妙の元へ向かった。妙がダメだと言えばまな止まるだろうと、二人は結論付けたのだ。
「好きにさせておやり」
九汰と孝の思いもむなしく、妙の口から出たのは肯定の言葉。
「たえさん!」
「当のまなは? どうした」
孝の抗議の声も取り合わない妙に、孝はやや恨みがましい声で、
「さっそくインカとジャスミンをつれてプレゼントさがしに出かけました……」
「即実行とは大したもんだ」
「かんしんすんな!」
「感心するところだろう」
九汰と孝は、焦りのあまり苛立ちだしている。二人の焦りが手に取るように分り、妙は呆れて一つ息をついた。
「あんたら結構過保護だねえ」
「まなはちっちゃいし、よくころぶし、一人はダメだろう!」
「そうです。いろいろあぶなっかしいです。どうして妙さんもおかあさんたちもそんなにおちついているんですか」
こう言われると、確かに大人たちの対応の方に問題がある。しかし、何といってもここは常若町。まなは魔女である妙の保護下にあり、臨時とはいえ常若町の一員として認められてもいる。常若町は、町民には優しい場所だ。
「インカとジャスミンが付いてるんだろ?」
「オレらもついてくっていったのに……」
当然と言えば当然で、まなは了承しなかった。九汰と孝のプレゼントを探しに行くのに当の本人たちがついてきては意味がない。
「あんたらはあんたらで、お互いのプレゼント考えなきゃダメなんじゃないかい?」
「かんがえますよ。でも、まなさん、あんなにいろいろしらないのに」
「だから、経験させるんじゃないか」
九汰と孝ははっとした。
「まなが、誰に言われたわけでもないのにあんたたちのプレゼントを自分で探しに行った。これはまなにとって、とっても凄いことなんだ。もし、ここが常若町でなければ私だってインカとジャスミンが一緒なだけじゃあ許可しないよ。でも、ここならまなに危ない事はないよ。ほとんどね」
「すこしはあるんじゃないか……」
九汰が言い返すが、妙の言い分が理解できたため、その声は小さい。
「ゼロってこたあないさ。何事もね」
「それも、けいけんですか?」
「そう思うよ」
九汰と孝は黙り込み、そして、しぶしぶ自分たちの意見を取り下げた。まさに、しぶしぶと言った態度に妙は笑った。九汰はまだしも、孝のその態度は予想していないものだったから。
「良かったねえ、孝」
「よかった、ですか? ぼくが?」
妙からの思いもよらない言葉に孝の表情は怪訝だ。
「だって、まなと九汰と友達になったってことだろう?」
「あら。そうね。」
「え?」
孝は、ぽかんと妙と沙和を見た。言われた意味が理解できていな顔だ。妙は苦笑した。沙和もまた。
ともだち、と、孝は口の中で小さく繰り返す。繰り返してみたが、ピンとは来なかった。
孝には友達らしい友達がいない。幼稚園で親しく付き合える相手を作ることができなかった。できなかった原因を、孝はまだ特定できていない。
孝は幼稚園ではいつも通りにしていた。先生方の言う事をきちんと聞き、他の園児たちと分け隔てなく付き合う。それが通じないとは思わなかった。通じない、どころではなかった。──孝は、幼稚園での事で沙和にも話していないことがあった。
「まなは、あんたたちを喜ばせたくて勇んで出て行った。あんたたちはまなが大事で心配して私の処に駆け込んできた。お互いがお互いを大事にしているんだから、それは友達だろう」
「それは……」
妙の言い分は間違っていない。なのに、孝は素直に受け取れずにいる。他ならぬ孝自身の問題で。
「なんだよ。コウはオレとまながともだちじゃいやなのか」
「まさか!」
恐ろしいことを言われ、孝は反射の勢いで否定した。
「そんなこと、あるわけないじゃないですかっ」
「だって、だまるから」
口をとがらせる九汰に、孝は眉を八の字にした。
「きゅうたくんは、ぼくが友だちでいいんですか?」
「あたりまえだろ? まなだってコウのこと、すきだっていってただろ」
九汰の答えに、孝はますます眉を下げた。九汰はそんな孝の様子に同じように眉を下げた。
「コウ。いやならいやでいいんだぞ。ただオレが」
「ちがうんです。いやじゃない。うれしい。すごく、うれしいです。ただ、ぼく、その、ちょっとあって。だから」
曖昧なことしか言えない自分に、孝は思わずうなだれた。孝には自分の身にあったことを全てさらけ出せる勇気が、まだない。
「ごめんなさい。ぼく」
「いーよ。うれしいんなら、それで」
何の気負いもない声と言葉が、うつむいた孝の上にもたらされた。孝は、目線だけ九汰に向けると、いつも通りの屈託のない笑顔の九汰がいる。
「オレも、まなにめのことキレーっていわれたとき、うまくわらえなかったし。びっくりしたし」
だから、嬉しいならいいのだと、九汰はもう一度言った。
「それに、いまはまなだ」
「そ、そうですね。まなさんがしんぱいです」
当初の話題に戻し、九汰と孝は妙を見た。妙は、見上げてくる二人に苦笑を向ける。元々事情持ちの子供たちに心労を増やすのはいただけないと思いなおしながら。
「そうだねえ。あんたらの気持ちも汲んでやらないとだね」
「それなら、僕がまなちゃんのお目付け役をしますよ」
「陸也」
いつの間にか、陸也はリビングまで侵入を果たしていた。毎回の事となりつつあるが、その気配のなさは普通ではない。
「なんでさいきんいつも、ふほーしんにゅーなんだ」
「フリーパスになったんだよ」
「そんな許可したかね」
妙はそう言うが、なんらかの許容がされていなければこうして陸也が勝手に入ってくることは不可能だ。妙宅に不法侵入など、よほど実力差がない限り自殺行為でしかない。
「事情は把握してるのかい」
「まなちゃんがプレゼント探ししてるんでしょ? 九汰君と孝君の心配も理解できます。なんせまなちゃんは小さいから」
「耳が早い」
「情報提供はびいさんです」
「なるほど」
「陸也さん、まなちゃんについて行ってくれるの? あ、陸也さんもお誕生会、いらしてね」
「もちろん参加させてもらいます。どうですか、妙さん、僕のお目付け役は」
「ふむ……」
思案する妙に、子供達の視線が突き刺さる。そこへダメ押しとばかりに陸也は言い募る。
「まなちゃん一人では、何をプレゼントにしたら良いのかとか、どこに探しに行けばいいのかとか分からないと思いますよ。大人の相談役は必要です。これは、インカとジャスミンでもさすがに無理でしょう」
降参、と妙は両手を上げた。
「わかった。陸也にまかせるよ。九汰も孝もそれでいいね?」
「おう!」
「はい!」
元気な子供達の声に陸也は、こぶしにした右手でとんっと己の胸を叩き
「おまかせあれ」