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曇、大穴、役所にて。

作者: 若松ユウ

 えっ? その話は、よしましょうよ。もう、過去の話ですから。

 どうしても聞きたい? そこまで言われたら、お話しするしかありませんね。


  *


 あれは、禍々しいくらいにドンヨリ曇った日のことでした。

 当時は不景気で、新卒でも易々とは採用されないような就職難でした。

 そんなときに、いや、そんなときだからこそ、リストラに遭いましてね。

 来月からこなくて良いと言われたものだから、自暴自棄になりまして。


 それからは、毎日が真っ暗闇でしたね。

 パートに出ている妻からは、小言の連続。 

 アルバイトをしている高校生の息子は、あからさまな無視。

 居たたまれなくなった私は、用も無いのに外出したんです。


 いざとなったら家を売るか生命保険を解約するかと考えていると、イライラしてきましてね。

 まぁ、世間の風潮に合わせるかのようなパッとしない空模様も手伝ってのことでしょうけど。

 それで、憂さ晴らしに競馬に行こうとしたんですよ。

 えぇ。おっしゃる通り、現実逃避って奴です。


 ブラブラと歩いていると、突然、街路樹にポッカリと開いた大穴を通り抜け、無愛想な少女が現れましてね。

 非常識な事態に驚いていると、そのセーラー服で眼鏡をかけた少女が言うんです。

 「私は未来の世界からやってきた」ってね。

 それから動揺して何も言えずにいると、むんずと腕を掴まれて、大穴に引きずり込まれました。


 真っ暗な大穴を抜けると、そこは一つの未来の世界でした。

 そして少女は「そこにいるホームレスの老人が、やけになって競馬に行った場合の自分だ」というのです。

 そんな馬鹿なと思っていると、前歯が二本しか残っていない濡れた犬のような臭いがする老人が近付いてきました。

 そして、ボロボロになりながらも大切に扱っている様子の一枚の写真を見せられて、私は納得しました。


 どこを見てるのか分からない薄笑いの老人が立ち去ったあと、私は切り株に開いた大穴を通り抜けました。

 そこにあったのは、また一つ別の未来の世界でした。

 少女は「そこで家族に囲まれて幸せそうにしてる老人は、冷静になって再就職した場合の自分だ」といいました。

 安楽椅子に座って、ゆったりと寛いでいる老人の側にある暖炉のマントルピースの上には、やはり同じ写真がありました。 


 そのあとは、花盛りの大樹に開いた大穴を通り抜け、元の世界へ戻りました。

 戻ってすぐに「どちらを選ぶかは、あなた次第だ」といって、少女は街路樹の向こうへ姿を消しました。

 少女がいなくなったあとの街路樹は、元通りに艶のある樹皮に覆われ、節穴ひとつありませんでした。

 これでは、まるでクリスマスキャロルだと思いつつ、しばし沈思黙考した末に、私は役所へ向けて歩き出しました。


  *


 空を見上げれば、雲間から一筋の光が差し込んでいました。これで話は、おしまい。

 えっ? 少女の正体と、写真の詳細ですか? それは、説明するだけ野暮でしょう。

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― 新着の感想 ―
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