つんつんリップ
僕は、朝のハプニングにより疲れ切った状態で学校の授業を受け、1日を終えた。そして、げっそりとした顔で電車に乗り、朝ハプニングがあった階段の前を通って帰ってきた。
帰り道は、一歩足を前に出すたびにため息が出た。どうしてこんなに疲れることが起きているのだろうか。やはり、夢ならば早く目覚めてほしい、とも思った。
家に帰ると、妹の友達のユカリちゃんが遊びに来ていた。お母さんはパートの仕事があるので、もう少ししてから帰ってくるだろう。
妹の部屋からは、キャッキャキャッキャと女の子が笑う賑やかな声が聞こえてきた。僕は、妹の部屋の前の廊下をそろりそろりと歩いて通り、自分の部屋の中に入った。
疲れていた僕は、ベッドに倒れ込んで目をつぶった。少しすると、すぐに眠くなってきた。僕がもう少しで寝るという瞬間に、まぶたの上から何か細いものでツンツン突かれた。
「たけしさん、寝ないでください。まだ夕方ですよ。」
目を開けると、僕のリップクリームを片手に持ち、かおるちゃんが立っていた。なんだ、リップクリームでつんつんしてきたのか。
「このリップクリーム、すごく可愛いですね。良い香りがするし。冬は乾燥しますもんね。それにしてもたけしさん、こんなに可愛いリップクリームを選ぶなんて、女子みたいですね。」
かおるちゃんは、僕の鞄の内ポケットに、リップクリームが入っているのを見つけたようだ。
そして、僕の頬っぺたや鼻、耳までもつんつんしてきた。
「おーきーてーくーだーさーい。 」
かおるちゃんは、つんつんしながらフフンと笑い、僕をからかって楽しんでいるようだった。
「やめろよ! ていうか勝手に取るなよ、それ。それしか売ってなかったんだよ。」
僕は少しだけかおるちゃんにイラッとしてしまい、とっさに怒ったような口調で答えてしまった。
するとかおるちゃんは、一瞬だけ悲しそうな顔をして、
「すみませんでした。」と言った。
それからしばらく沈黙の時間が続き、気がついた頃には日も暮れていた。
かおるちゃんと僕が気まずい雰囲気でいると、玄関の方から声が聞こえて来た。
「ただいまー。誰か来てるのー? 」
お母さんが帰ってきて、パタパタと二階に上がってきた。
「ユカリー! 」
妹がユカリちゃんが来ていると、ぶっきらぼうに返答した。
「あら、ユカリちゃん。久しぶりね。今、ジュース持って行くわね。」
僕は、妹たちの声とともにお母さんの声も合わさり、騒がしいなと感じてまた少しイライラしてしまった。
すると、
「たけしー! いるのー? 」と、お母さんが部屋の外から呼んできた。
僕は部屋の外から、
「なに? 」と、ひねくれた声で答えた。
「ユカリちゃん来てるから、お菓子でも買って来てよ。すぐそこに新しいケーキ屋さんができたのよ〜。前から食べたいと思ってたのよ〜。」
お母さんにお菓子を買って来いと頼まれた僕は、疲れているから後にしてくれと言わんばかりにブスッとした。
すると、かおるちゃんが、
「ケーキ! ケーキ食べたいです! 行きましょう! たけしさん! 」
と、張り切って僕の体を持ち上げようとした。
「うわぁ! 」
かおるちゃんのあまりの怪力に驚いた。僕の体はフワッと浮き、あっという間に直立していた。
「さぁ!行きましょう! 」
かおるちゃんに体を起こされて、これ以上強く押されたら宇宙の果てまで飛ばされてしまうのではないかと心配になった。臆病で心配性の僕は、なんだかそんな怪力なかおるちゃんが怖くなって、自力でピンっと背筋を伸ばし、
「わかった! わかった、行く! 行きます! 」
と答え、まるで魔法にかかったように慌てて部屋を出た。