ぎゅっとして
かおるちゃんの鞄の内ポケットの中では、
小さな姿のままで、一体どうやって学校生活を送ったらいいのか……と、僕は悩んでいた。
僕は、いくつか作戦を考えた。
一つ目の作戦は、
実は僕は、もともと女の子で、今までそのことを隠して学校に通っていた、ということにしよう。
いや待てよ、いくらなんでも僕とかおるちゃんでは、容姿が違いすぎるか。顔も髪型も体型も全く違う。もともと女の子で、この姿が本来の姿だと言っても、誰も信じてはくれないだろう。
では、二つ目の作戦ではどうだろうか。
昨日から僕は病気になってしまい、入院してしまっている。だから、妹が代わりに学校に来て勉強をして、その内容を入院中の僕に伝えようとしてくれている。
いや待てよ、妹にするにしても、容姿が違いすぎるから。兄妹だからって似ているわけではないと言ったとしても、かおるちゃんと僕の妹では、遺伝子的にも全く違う容姿である。この作戦も誰も信じてはくれないだろう。
それなら三つ目の作戦だ。
かおるちゃんは、実は妹ではなくて、お手伝いさんということにしようか。僕は病気になり入院中なので、代わりにお手伝いさんが学校に来てくれた。それにしよう。
いや待てよ、僕の家は、お手伝いさんを雇うほどの裕福な家ではない。僕の見た目も、御坊ちゃまと言うよりかは田舎の少年という感じである。お手伝いさんと言っても、きっとこれも誰も信じてくれないだろう。
どうしよう。
これでも、きちんと受験勉強をして、希望の高校に入った。まだ高校一年生なのに、もう退学しないといけないくらいの事態に陥るなんて、なんという悲劇なんだ。
退学なんてしたら、両親も残念がるだろう。高校に合格した時、両親はとても喜んでくれた。
なのに僕は何をしているんだ。可愛い女の子が突然目の前に現れて、気分が良くなって、ウハウハしている場合ではなかった。たけしは、暗闇の中で涙が出そうになるくらい悲しい気持ちになった。
そんな僕の気持ちは御構い無しに、鞄の外からは、かおるちゃんの明るい声が聞こえて来た。
「たけしさん! 出て来てください。」
鞄のチャックが開いて、鼻の穴の中が覗けるくらい近くに、かおるちゃんの顔が近づいて来た。
するとかおるちゃんは、
「はい。ここ、触ってください。」
と言って手を出して、もう一方の反対側の手でその手を指差していた。
僕は女の子の手を触るなんて、そんないかにもドキドキしそうなことは、人生で一度もしたことがなかった。
だから人形のように固まってしまった。
「早く触ってください。学校の時間に遅れてしまいます。」
と言ったかおるちゃんは、無理やり僕の腕を手に取って、ぎゅっと握った。
僕は、恥ずかしくなって頭の中が沸騰しそうになった。
かおるちゃんは、冷静な顔をしてこっちを見ていた。
「あれ? ダメですね。これではダメでした。私の手、たけしさんの方から握ってもらえますでしょうか? 」
と、かおるちゃんは僕の顔を覗き込んだ。
僕は目をそらして、顔を横に振った。なんだか顔が熱くなってきた。きっと真っ赤になっているに違いないと思って、顔を下に向けた。
「たけしさん。学校に行きましょう。私、たけしさんに触ってもらえないと、一生この体のままなんです。こんなに人間のように大きくては、妖精の世界の入り口には入れないので、元の世界に戻れなくなってしまいます。お願いですから私の手を握ってください。」
僕は、かおるちゃんの説明を聞いて、やっと状況が理解できた。かおるちゃんに触れることができれば、僕も元の姿に戻り、学校へ行けるということにやっと気が付いたのだ。
「お願いします。」
かおるちゃんのお願いに僕は、静かに頷いた。
そして、真っ赤な顔をして、目をつぶったまま、勇気を出して、かおるちゃんの白くて柔らかそうな可愛い手をギュッと握った。
すると、一瞬とてつもなく眩しい光がやってきて、その瞬間、元の姿の僕に戻っていた。それと同時に、かおるちゃんも小さな姿になっていた。
僕は、元の姿に戻った安心感と同時にとてつもない疲れを感じた。これから学校の授業が始まるというのに、この数分間で10歳くらい歳をとって、髭もボーボーになってしまったのではなかろうかと心配になった。
僕の鞄の内ポケットの中では、
「さぁて! 今日も学校、楽しみましょう! 」
と、とびっきりの笑顔を見せるかおるちゃんであった。