26~終~
細々とした呼吸をしているボク以外、その場にいた誰もが唖然としている。
身体が熱い。何かが込み上げてくるような感覚があり、とても気持ち悪い。
(うっ、この感覚は……二回目だな)
「ゴハッ」気が付くと、ボクの口からは血が溢れだしていた。
「才川さん!?」
ボクの目の前には、目を見開いて涙を流す瑠璃ちゃんがいた。
ああ、二人を助けないといけないのに、身体の感覚がない。
それに、このまま眠ってしまいそうだ。
「なんで、才川くんが……」
銃を向けられていた千穂さんが、先ほど目の前で撃たれた男に駆け寄る。
殺すはずだった姉妹が自分の横を通り過ぎていくのだが先生は動かない。いや、動けない。今までに人道的ではない所業をしておきながら、いざ目の前で誰かが苦しむのを見れば、恐怖で体が固まっていた。
そして、撃たれたボクを見て、愕然としているだけだった。
「……そんな、なぜ才川さんが守ったんですか!!」
瑠璃ちゃんが必死にボクの体を抱く。揺すられると気持ち悪くなるのでやめてほしいが……どうしても、血を吐いた口であっても伝えたいことがある。
「ダメ、だよ……おね、さん…を、撃、ったら」
そう、夢さんと千穂さんに銃が向けられていたとき、ボクは見た。今にも泣きだしそうな顔をしながら、姉と同じく人に銃を向けている瑠璃ちゃんを。撃とうとしている相手が自分の姉である長谷川先生だと分かり、ボクは妹が姉を撃とうとしている現場を全力で止めた。
三人の女子に心配されながら、ボクは目を閉じた。はぁ、これを幸せって言うんなら、幸せってのは意外と欲しくないかも。でも……
結局、ボクは良い人になれたのかな?まぁ、姉を撃ってしまった悲しい妹の表情を見る前に止められてよかったんだとは思う。だけど、もう少しボクは、格好よく終われないもんかなぁ。
二年後――
一台の車がとある高校の前に停まった。
「もうすぐ着くよ。ほら瑠璃起きて、早くしないと見つかっちゃう」
「ん、んん。着くの早くない?お姉ちゃん、ちゃんと速度守った?」
「しっかりと守ったわよ。これでも教師だったんだからね」
運転席に座る姉は、後部座席をベッドとして使っていた妹を起こし、とある高校を指差した。
「……ここが、そうなの?」
「ええ。私の仕事場“だった”ところ」
「じゃあ、あの人たちも……」
「ここに通ってるよ。ま、今は受験で急いでる頃だと思うよ」
姉がそう言うと、妹は少し寂しそうに高校を見た。
「私も、来るかも知れなかったんだよね」
「う~ん、ここは遠いし、通うとしても別のところだったんじゃないかな?」
「……そっか。うん、もういいよ」
「よっし、じゃあ行こうか!」
すぐに出す予定だったので、車のエンジンは切っていなかった。姉はブレーキペダルを離して、車を発進させる。
あれから二年経った。今、あの人達はどういう生活を送っているんだろうか。
『再生』と、どういうふうに向き合っているのだろうか。
「お姉ちゃん、やっぱり何かしらの手段であの人たちに謝りたい……」
「瑠璃。それはダメだよ。あの子たちはもう、関係ないんだからね。あの子たちが問題を起こさなければ、施設の奴らは何もしない。って、瑠璃が言ったんでしょ」
「……そう、だけど」
二年前、倉庫内であの事件が起きた時、私は薬を届けていた女の子に最後の薬を渡して、言った。
『手術はもう、終わってしまったの……』
あのお兄ちゃんが気づいていたかどうかは分からない。だけど、お兄ちゃんはもう『再生』出来る体になっていた。
そしてさらに、彼女にだけは伝えておいた。
施設の奴らが私たちを簡単に逃がしたのは、手術後の被検体にはとても小さな発信機が取り付けられていて、いつでも確保しに行けるからなのだと。
そして、彼女は言った。
『分かった。……才川くんは、私が絶対に守って見せる』
その心強い言葉が、はっきりとした声が、決意をした目が、今でも私の頭から離れない。
私と初めて会ったときとは、別人のように思えた。
四限目が終わり、本当は立ち入り禁止の屋上で私と才川君は高校前に停まっていた怪しげな車を見下ろしていた。
だが、その車はさっさと行ってしまった。少し停まりたかっただけなのだと思う。
「ねぇ、君にはボクがどう見える?」
唐突に彼にそう聞かれ、咄嗟に私はこう答えた。
「どうって……まぁ、普通…なんじゃないの?」
彼は少し安心したように、優しい笑顔を見せる。
「そうか……ありがとうな。千穂」
「……うん」
この物語に勝者はいない。むしろ、全員が全員敗者となってしまった。
いや、でも、たった二人の姉妹を助けることが出来た。
良い人というのは、結局他人の評価なんだ。でも、その人が良い人か悪い人かなんて、実際は分からない。だから、考えても考えても、良い人というのにはなれない。
さて、この力はあの薬がないと使えない。だから、ボクたちは好き勝手には『再生』できない。
予想ではあるけど、あんな謎に満ちた施設から逃げ出してきたんだから、ボクたちはきっと奴らから逃げ切ることは出来ない。でも、希望なら、まだある。
「もしかして、怖いの?」
「まさか、ボクには君がいるからね」
彼女は……ボクに出来た生まれて初めての彼女は、笑っていた。
「もちろんよ。私を救ってくれた、私の」
「――偽善者さん」
やっとのこと、この話を書き切ることが出来ました。
一話目を投稿した時には、とりあえず完結させようということしか考えていませんでした。当初予定していた2018年中の目標も達成できはしませんでした。
しかし、書いているうちに様々な設定漏れが見つかったり、キャラクターへの熱が入ってしまったりして、以外に時間が掛かってしまいました。
結局、私から言えることは、ここまで私の拙い文章力で出来た初めての完結作品を読んでくださった方々、本当にありがとうございます。




