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いつかの君を、救いたい――  作者: 三日月 和樹
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「……へ?」

「ですから、あなたに助けを求めているんです!この施設にいるはずのお姉ちゃんを助けてください。急がないと……時間がないんです!」

「お姉ちゃん?」

「はい」

「誰の?」

 ボクが目の前の少女を指差すと、彼女は首を縦に振った。

「……え、あ……なんで、かな?」

「それは、私一人だけでは何もできない、そう自覚しているからです。見ての通り、私は誰がどう見てもひ弱なただのガキです」

 だけど、と彼女は言う。

「私が唯一、力になれることは共有するための情報をかき集めること。今まで、私は彼らに協力するフリをして、彼らの信頼……とは大分違いますが、それと同じようなものを得ました」

「じゃあ、何を得たって?」

「……服従という形です。私は彼らに洗脳されたように演じてきました。彼らは純粋な子供ならば簡単に出来ると考えたのでしょう」

(それか、自分たちが人智を超えたものを創ったという奢りからでしょうか)

 こんな小さな子の口から聞きなれない言葉が出てきたからか、その時久しぶりにとある感情に目覚めた、少女の言う“彼ら”に”憎しみ”という感情が湧いたきた。いままで、ボクは良い人を目指して生きてきた。じいちゃんがそう出会ったように、生き様をコピーするかのように、それが正義かは分からないけど、そうだと信じて生きてきた。だから余計、ボクには許せないのだろう。

「ですが、私は学校にいるときも家に帰ってからも、様々なジャンルのお姉ちゃんの本を読み漁っていましたから、他の同年代の子たちよりいろいろなことを覚えていた。そのせいか、最初に受けた洗脳はすぐに解け、これが逆に利用できると考えることが出来ました」

 思い切り、ストレッチャーを叩いてやりたかった。が、音で何か問題が起きたのかと思われてかねない。ボクは、自分の気持ちを落ち着かせて言った。

「任せてくれ、ボクが君のお姉さんを助け出して見せるよ」

「ありがとうございます。では――」


 装飾のない壁、ただ淡々と並べられた照明。その下をボクは走っていた。だが、闇雲に走っているわけではない。瑠璃と名乗る少女の、この施設のことを知っている彼女だから練ることの出来た作戦を実行へと移しているのだ。

(ボクは教えられた道を、教えられたとおりに走って目的の部屋に向かえばいい)

 曲がり角の奥から、研究員たちの話し声が聞こえてきたその時、どこにあるのか分からないスピーカーから放送が流れた。

『全職員へ。被験者の逃亡を確認。至急、全ての隔壁を下ろし、ドアをロックしたのち、施設内のスキャンを開始する。』

 予想通りの出来事。


 数分前――。

「スキャンが開始されると、研究員たちは近くの部屋に飛び込むはずです。ですので、あなたは誰もいない廊下を突っ走ることができます」

「? でもそれじゃあ、逃げる側は簡単だろ。1人や2人が逃げても、研究員たちの身の安全の方が大事だっていうのか?」

 それはそれでいい判断ではあるが……これだけ特殊な研究をしている奴らにしてはビビりすぎじゃないか?

「いいえ、死ぬよりは全然マシでしょう?研究員にとっても、施設にとっても」

「だけどさ、ボクは別にそんな武器とか持ってないし……」

 武器を持っていたとしても、確実に没収されているだろう。

「あっ……すみません。そうでしたね」

「何が、そうでしたなんだ?」

「この施設は他にも様々な研究をおこなっているんです。それこそ、現在到達してはならないであろう『再生』の研究から、筋力増強の研究まで。さらには生物の概念を一度壊し、もう一度作り直す『変身』というものもあります」

「そ、それはすごいな……」

 ボクが引き気味にそう言うと、感心してはいけないと彼女は言う。

「彼らのやっていることは、紛うことなき人体実験。完全に違法の研究です。……話が逸れてしまいましたね。要するに、どんな実験の被検体が脱走したか分からない以上、研究員たちは逃げるしかありません。中でも、『再生』と『変身』は特に恐れられているので先に説明しました」

「へぇ、『変身』っていうのはどんな特殊な力を持っているかどうか分からないからだってのは予想できるけど、なんで生き返るだけの『再生』が恐れられてるんだ?」

 すると彼女は少しの間を置いて、

「あなたには、教えてもいいでしょう。加納さんのこともありますし――。……理由は簡単です。彼ら自身が『再生』という研究に着手して、未だ百年と少しの年月しか掛けられていないからです。彼らがしているのは、まさしく神の所業。万能でない私たち人間が到達してはいけない領域です。……少なくとも、今のところは」

 彼女は続けた。

「彼らには『再生』の被検体が逃げたと報告します。間違いなく、研究員の過半数は隠れ、姉は安全な場所に移されるでしょう」


「お願いします。喧嘩ばかりだったけど、大切なお姉ちゃんを助けてください!」


 ――時は戻り、現在。ボクはロックされたいくつものドアを通り過ぎ、走っていた。

 アナウンスの効果は絶大だった。映画のようにロボットや警備員が巡回していると思っていたのだが、そんなことはなかった。ボクは、彼女の姉がストレッチャーに乗せられて運ばれている現場に簡単に着くことが出来た。

 やはりと言っていいのか、運んでいる人数は少なかった。

 脳裏で、彼女の言った言葉が再生される。

『姉はすでに手術を受けているはずです。あなたが私の部屋へ来た時のようにストレッチャーに乗せられて運ばれてきます。廊下で襲うことが出来れば、研究ばかりな華奢な体躯の彼らにならきっとただの男子高校生でも勝てるでしょう』

 彼女の言った通り、ストレッチャーを運ぶ人数は三人と少ない数だった。

 ストレッチャーのカタカタという音で自分の足音をうまく消し、ボクはゆっくりと、気づかれぬように近づいていく。

 そして、ボクはストレッチャーを後ろから押す男に襲い掛かった。

 口を塞ぎ、足を掛け、倒した。目の前に彼女からもらった注射器を出す。これは確かに注射器だったが、男からはどう見えていたのか分からない。ナイフに見えたのか、それとも先端のとがった鉄パイプに見えたのか。とにかく、男は全く眼球を動かすことなく固まってしまった。

 上手く一人を行動不能にしたとしても、その手腕は経験皆無な男子高校生に対する評価であって、有名なスパイ映画のように上手くはできない。つまり、ストレッチャーを押していた他の二人にも気づかれてしまっていた。

 こうなっては仕方ないので、ボクは華奢な男二人を相手にすることを決める。

(片方には注射器が使えるとして、もう片方はどうしようか……)

 ボクが考えていると、男の一人が警戒しながらも話しかけてきた。

「……き、君は…!あの子に預けたはずだが」

(ちっ、コイツ、ボクのことを知っているのか)

 ボクも警戒を緩めずに二人を交互に見ていると、

「――し、仕方ないなぁ。この施設から出たいんだろ?だったら、ほら、私が出口を教えてあげよう」

 研究員は惜しそうにストレッチャー上の人物を見て、拘束を解いてくれた。

「解いたからね。逃げた瞬間後ろから、とかは無しだからね」

「そんなことはしません。早く、ボクの前からマジックみたいにさっさと消えてください」

 研究員が去った後、ボクはストレッチャーに乗せられた人物をおぶっていこうと近づいた。

「…………うそ、だろ……?」

 その人物を見て、ボクは驚愕した。いや、予想はしていた。ボクの出せる選択肢にはこの人しかいないはずだった。だが、こうして見てみるとなるほど、と。驚愕を肯定が上塗りしていく。

 ストレッチャーで寝ていたのは、夢さんと仲が良く、その妹の加納さんを罠に嵌め、ボクをここに来る前に廃墟に連れて行った人物。

 瑠璃ちゃんのお姉さんは――


 ――長谷川恵美子先生だった。

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